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現場しか知らないホテリエが、フリーランスになった理由

丸5年勤めた株式会社水星を卒業し、フリーランスのホテリエになりました。今は日本中をあちこち飛び回りながら仕事をしています。
今回は、なぜ10年現場に立ち続けた私が会社員を辞め、新しい挑戦に踏み出したのか。備忘録として、正直に書き残しておきたいと思います。

「現場しかやってこなかった、自分は何も成し遂げていないんじゃないか」
そう悩んだことのあるホテリエに読んでもらえたら嬉しいです。


◎業界のリアル:需要は戻ったのに、人は去っていく

まずは、宿泊業界が今どんな感じかさらっとお伝えします。
ご存知の通り、宿泊業界はインバウンド・観光需要の回復でコロナ前を大きく上回る忙しさになっています。観光庁の調査によれば、東京都の宿泊施設の平均稼働率は75〜80%で推移。業界では80%を超えると清掃・フロントのオペレーションがギリギリになると言われているので、つまり現場は毎日ほぼ限界の状態が「日常」になっているんですよね。

さらに宿泊業界の離職率は25%〜30%で10人雇ったら3人辞める計算です。
需要は回復したが人がは去っていく、業界はまさしくこんな状態にあります。
私も、同期・先輩・後輩など優秀なホテリエが様々な理由で辞めていくのをたくさん見てきました。
・忙しさは増したのに給与は上がらない
・慢性的な人員不足で連勤が続き、磨り減って退職
・ライフステージの変化のタイミングで、働きやすい他業界へ
...etc

正直、私自身も何度も辞めようと思いましたし、彼らの理由は痛いほど共感できます。
だからこそ、ホテリエの働き方にもっと選択肢はないのかと自然と考えるようになっていきました。

◎現場愛の正体

いきなりですが、私は現場が大好きです。
ホテルは生き物だと思っています。1日として同じ日はないし、刺激的だから。綺麗事に聞こえるかもですが、ゲストと宿泊を共に作ることができたなと感じた時はものすごく幸せです。
そしてイレギュラーが起こると少しだけワクワクしちゃう(変態ですよね笑)。
チェックインのラッシュ時ラウンジは満卓だけど、誰1人待たせずにご案内完了した時、目配せで指示が伝わった時、オペレーションがカチッとはまった時の快感は、ちょっと麻薬的なところがあるなとも思う。
そして10年間、新人時代の客室清掃から支配人経験まで、現場のオペレーション構築に全力でやってきました。ホテルのコンセプトや世界観をどうスタッフを通してお客様に届けるか。そこへのこだわりと、それを実現するためのチーム作りは、自分の強みだと思っています。

香林居の開業当初、アルバイト含めた全員で決めた心構え

そんな中、現場のリアルな話を社内でよく聞いてくださる方達がいました。開発の方たちです。
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「チェックインより前に荷物を預ける人って、実際どのくらいいるの?」
「この部屋数のホテルなら、シフトに何人いればいい?」
「シーツ1枚を洗うと、コストはどのくらい?」
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現場にいた私としてはどれも小さな当たり前の事実で、特別なことは何もない返答。

そして毎回「それが知りたかった!またぜひ教えてください」って言われる。
こんなことでよければいつでも話しますよ。むしろ現場のことを知ろうとしてくれてありがとうございます!
と当時はそう思っていました。

後に自分が開発側に回ってから、ようやくその理由がわかったんです。現場にとっての「当たり前」は、開発側にとって、場合によってはめちゃくちゃ重要な情報だったんです。

この広さの部屋にこのFFEなら、清掃に何分かかるか。それがわかれば必要な清掃スタッフの人数がわかって、月の人件費が見えてくる。この広さにこのサイズのベッドを入れるとベッドメイクに余計な時間がかかる、ということも開発段階で知っておけば収支計画の精度が上がります。

大小さまざまなホテルを経験してきましたが、現場への愛と知識は、後に具体的な収入になるほどの武器だったと気づきました。

◎なぜ「フリーランス」という形を選んだか

思い切った決断だったと、今でも思います。来月の収入を毎月気にする生活、正直めちゃくちゃヒリヒリします笑。

それでもフリーランスという形を選んだのは、ホテリエの新しい働き方の選択肢に、自分自身が挑戦したかったからです。

ひとつのホテルにいてそこに愛を注ぐことは私自身大好きだし、「あなたに会いに来ました」という自分の顧客をもつ経験も素晴らしいことだと思います。
その上で、私は培った「現場のリアルな知識」をひとつのホテルだけでなくもっと広くに還元したいと考えました。(とても烏滸がましいけど)私に会いに来てくれていたお客様が、もしかしたら今度は私が関わった違うホテルに顔を出しに来てくださるかもしれない。

フリーランスであれば、複数のホテルやプロジェクトを横断しながら、オペレーション構築や開発サポートという自分の武器を、より多くの場所で活かせる。業界が抱える人手不足や、開発と現場のミスマッチにも、少しは貢献できるんじゃないかって。

実際に今は、開発チームと図面を見ながら「ここにリネン庫を置くと動線が悪くなるので、こちらの方がいいと思います」といった議論をする仕事もしています。現場目線がそのまま仕事になっている感覚、不思議で面白いと感じています。

とはいえ私はチームが好き。チームで作るホテルが好き!1人で寂しくなったら、またチームを作っちゃうかもしれませんけどね😊

◎これからの挑戦

直近の目標は2つです。

① 祖母の旅館を再開させる
両親ともに熊本出身(実は私も)で、阿蘇から少し下った山奥に小さな旅館(祖母の家)があります。子どもの頃は「そっちはお客さんの場所だから入っちゃダメよ」とよく言われていたのを覚えています。定期的に薬売りのおじさんが来て、紙風船をくれるのが楽しみだったな。
今は営業していませんが、どうにかして再開させたいと思っています。動き始めてはいるものの、たくさんの壁がありそうです。でも、それがまた燃えるんですよね笑。
あと、開業したら絶対にCHILLNN使う。

戦後すぐの「遊興飲食税」のポスターを客室で発見してテンション上がった。

② 開業伴走・業務改善で安定した収入を得る
フロントに立つ以外の方法で、現場出身のホテリエが働ける。この数ヶ月でそれが少しずつ見えてきました。特に立ち上げ期のゼロイチは馬力もいるし、勉強になることばかりで楽しいです。
目の前のお客様が何を求めているかを読む力は、フロントで何百人何千人もの方と話してきたからこそ身についたものだと思っていて。その力を今度は開業伴走や業務改善に活かしながら、「山野が関わるホテルは、仲間とゲストへの愛がある」と言ってもらえるような仕事がしたいです。

◎さいごに

自分の備忘録にもかかわらず、ここまでお付き合いくださりありがとうございます。まだまだ未熟者ではありますが、今自分にできる挑戦をしてみようと思います。
新しくした名刺の肩書きは、いつまでも現場の気持ちやお客様のお顔を忘れないよう「ホテリエ」にしました。

とても尊敬する方に制作いただきました

すでに様々なホテルや企業様からお声かけいただいており嬉しい限りです。
「現場しか知らない、何もやってこなかった」と迷えるホテリエたちに、自由なホテリエがいたなと思い出してもらえるような人間になれるよう、精進します。
業界の方も、そうではない方も、ご飯行きましょう🍚!!


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