白百合女子大学はなぜ「未来」ではなく「MIRAI」を選んだのか。大学の名付けが持つ価値を考える
2000年代初頭から、法、文、工、農といったオーソドックスな学部名とは異なる、独自性の強い名称の学部が次第に増えてきました。こうした学部は「カタカナ学部」「横文字学部」と揶揄されることもあり、違和感を抱く人も少なくなかったように思います。
しかし今では、大学の学部名が多種多様であることは、当然のこととして受け入れられています。そんな時代であっても、「これはトガッているなあ」と感じる学部を、白百合女子大学が設置構想中だというニュースを見かけました。今回はこの学部を題材に、大学の名付けについて考えてみたいと思います。
白百合女子大学のトガッた新学部名
白百合女子大学は、2028年度に文学部と人間総合学部を再編し、新たにMIRAI文化学部と人間発達科学部(ともに仮称)の設置を構想しています。今回、興味深く感じたのは、この新設学部のひとつ、MIRAI文化学部です。
白百合女子大学のHPを確認したところ、MIRAI文化学部の教育目的は、「文化」と「AI」を有機的に結びつけ、人間中心の視点からAIを使いこなす“文系AIジェネラリスト”の育成とのこと。また、学部名にある“MIRAI”は、単に“未来”をあらわしているのではなく、養成する5つの力の頭文字という意味もあるようです。

MIRAI文化学部は、AIを学びの柱の一つに据えていることもあり、未来的なイメージを強調したいという意図もあって、アルファベット+漢字という、珍しいネーミングを採用したのかなと感じます。
ちなみに私が調べた範囲では、同じような名付け方をしている学部は、和洋女子大学の「AIライフデザイン学部」だけでした。ただ、こちらの場合は「AI」という英単語をそのまま採用しており、「エーアイ・ライフデザイン学部」より「AIライフデザイン学部」の方がわかりやすいのは明らかなので、自然な選択なように思いました。

一方、白百合女子大学の場合、「未来」の方が意味をとりやすいのに、あえて「MIRAI」と表記しています。そこには、直感的なわかりやすさよりも別の価値を取ろうとする、こだわりや意図があるように感じます。
わかりやすさではない「別の価値」
では、別の価値とは何なのでしょう。これは、マーケティングとメッセージの両面で考えられるように思います。
まずマーケティングの観点でいうと、まさに今、私がnoteで取り上げているように、普通ではない名付けにすることで、「これは何だろう」と立ち止まり、調べたくなる人が出てくることです。おそらく、未来文化学部であれば、私も調べなかったはずです。
たとえば、私が住む関西圏では、大和大学が「東の早慶、西の大和」というキャッチコピーを2022年以降、プロモーション活動に使っています。大和大学は2014年に創設された比較的新しい大学で、歴史の浅い大学であるにもかかわらず、このような大胆な言葉を掲げたことで、否定的な意見も含めて大きな話題を呼びました。

性質はやや異なりますが、こうしたトガッた表現が人の関心を引きつけるという点では、今回のMIRAI文化学部にも通じるところがあります。まず興味を持ってもらえなければ、中身の説明もままならないわけで、マーケティング(きっかけづくり)という意味では、とても有効な手立てだといえます。
名前には「ターゲット観」がにじみ出る
トガッた表現にした方が、多くの人が興味を持ってくれるのであれば、そうしたくなるのも自然です。実際、そういう発想で名付けられた商品もたくさんあります。でも、大学の場合そう簡単にはいきません。その理由は、もうひとつの価値であるメッセージとも関係しています。
学部名に限らずですが、市場に出される商品やサービスなどの名称には、そのものの内容を伝えるという機能とともに、「私はあなた(=ターゲット)をこのように見ています」というメッセージが、少なからず込められています。
たとえば、今回のMIRAI文化学部であれば、この学部に興味をもつ人には、「未来」より「MIRAI」という表現のほうが響くだろう、といった想定があるはずです。少し意地悪な見方をすれば、キラキラネームに引かれるような人がターゲットなのだろう、とも受け取れます。こうしたメッセージが、名前には言外ににじみ出てくるのです。
学部名ともなると、いったん付けた名前をそう簡単に変えることはできません。また、大学は教育機関であり、ターゲットの人生に与える影響も非常に大きい。そうなると、特定の層に強く寄りすぎることを避けるためにも、メッセージ性をある程度抑え、無難な名称に寄っていきがちになります。
それでもトガることに価値がでるケース
では、少なくとも大学に関しては、無難な名付けをすることこそが正解なのかというと、そうでもないように思います。近年、新たに開設された2つの大学の名称を見て、そのことをあらためて感じました。
2つの大学というのは、ZEN大学とコー・イノベーション大学(CoIU)です。どちらも学びはもちろん、大学の在り方そのものも非常にユニークで、このnoteでも取り上げたことがあります。
これらの大学には、まったく新しい大学であろうという気概があり、従来の大学序列の外に自分たちを位置づけているように感じます。こうした大学であることを伝えるうえで、大学名が従来とは違いトガッていることは、とてもわかりやすいシグナルになります。
そして、その大学名に引かれるような人に来てもらいたいというメッセージも、そこから自然に伝わってきます。このような場合、そうしたメッセージが明確であることは、大学にとっても受験生にとっても、むしろ好ましい効果をもたらすのではないでしょうか。
トガッた名前をプラスに機能させるには
信念や明確なスタンスが定まっていれば、トガッた名付けというのは、大学にとってプラスに働きます。一方で、マーケティング的な機能にひかれて奇をてらった名前にしてしまうと、結果的にめざす教育と受験生のミスマッチを生むきっかけになりかねません。さらに言えば、マーケティングを意識して学部や大学の名付けをしたという行為自体が、受験生や受験関係者にある種のあなどりとして映る可能性さえあります。
白百合女子大学のMIRAI文化学部は2028年に開設する予定となり、教育内容の詳細はこれから徐々に固まり、明らかになっていくでしょう。そのとき、この「MIRAI」という名前に、どのような意味が込められているのか、また意図があるのか、あらためて見えてくるはずです。名付けの真価が問われるのは、これからです。
