深い穴ほど、覗きたくなる ——二代目経営者が考える、事業承継と焦らない経営

——二代目経営者が考える、事業承継と焦らない経営

前回、どんな風が吹いても埋まらない穴を、一つ残したい、と書きました。そして、その穴を、次の世代が覗き込んでくれるかどうかが、本当の深さの基準なのだ、とも。

書き終えてから、また順番を一つ、飛ばしていたことに気づきました。「渡す」より前に、「覗いてもらう」がある、ということです。

穴は、覗いてもらわないことには始まりません。どれだけ深く掘っても、その深さは、外から見ただけでは分かりません。継ぐ人にとっても、それは同じだと思うのです。中がどれくらい深いのか、底に何があるのか、覗き込んでみないことには、継ぐも継がないも決められません。

そして、覗いてもらう機会は、放っておいて向こうからやってくるものではないようです。これは、私自身が一番、痛いところです。

継いでほしい、と口で言うのは簡単です。けれど、「継げ」と迫ることと、「覗いてみたい」と思ってもらうことは、まったく別のことだと思っています。前者は相手を追い込むだけで、後者だけが、本当の入り口になる。だから渡す側にできるのは、迫ることではなく、覗き込みたくなるような穴にしておくこと。それくらいなのだと思います。


私はこれを「覗き込みたくなる穴」と呼びたいと思います——覗き込みたくなる穴とは、継げと迫らなくても、次の世代が自分から中を見てみたくなるほど、深くて、面白い仕事のことです——。事業承継は、渡すことよりも先に、まず見てもらうこと、覗いてもらうことから始まるのだと、この頃は考えています。

では、その穴を、私はどこまで深くしたいのか。

正直に書きます。私には、少し大きすぎる夢があります。福井で「お菓子といえば」と、まず最初に思い出してもらえる。その次に——これは口にするのが照れくさいのですが——いつか、日本を代表するお菓子屋のひとつに数えてもらえたら、と思っています。

ただし、順番があります。全国に打って出て、それから福井に戻ってくるのではありません。まず福井で一番になる。福井を、誰よりも深く掘る。その深さが、いつか自然と、日本へ口径を広げてくれる。順番を逆にした瞬間に、私たちは砂に飲まれます。何度も書いてきたことですが、広げにいくのではなく、深さが広げてくれる。まず福井、その次に日本。この順番だけは、間違えないようにしたいのです。

それに、この穴は、もともと私一人のものではありません。

福井という土地が、五十年前にやってきた新参者を、ここまで生かしてくれました。一緒に底で砂をかき出してくれる社員がいて、長く取引してくださる問屋さんや小売店さんがいて、「あそこのなら間違いない」と選び続けてくださる地元の方がいる。この穴は、その人たち全員で掘ってきた穴です。次に渡すのも、私個人の財産を譲るのとは違います。福井の人たちと一緒に掘った深さを、そのまま次の福井の人たちへ受け渡す、ということだと思っています。

だから、焦って広げることはしません。

一年に一段でいい。派手に大きく見せることよりも、確かに、もう一段だけ深くする。今年より来年、来年より再来年、少しずつ底が下がっていればいい。規模は、そのために必要なぶんだけ追う手段であって、目的ではありません。堅実に、けれど確かに、伸ばしていく。急がないことが、いちばん遠くまで届く掘り方なのだと、この頃はそう思えるようになりました。

いつか、次の世代の誰かが、この穴の縁に立って、中を覗き込む日が来るかもしれません。その時に、「ずいぶん深いな、ちょっと覗いてみようか」と思ってもらえる穴を、私は残したいのです。継げと迫るのではなく、覗いてみたいと思わせる。それができれば、二代目としての仕事は、たぶん、半分は果たせたことになります。

事業承継とは、会社や株を渡すことではなく、次の世代が覗き込みたくなるほど深い穴を、焦らず一段ずつ掘り足しておくことだと、私は考えています。

明日もまた、同じ底へ手を伸ばします。誰かがいつか覗き込む、その日のために。

福井の田んぼの真ん中より。

株式会社五月ヶ瀬 二代目 瀬川裕司

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