隣の穴を、うちの穴にする ——二代目経営者が考える、中小企業のM&Aと文化承継
前回、「みんなで掘る穴」と書きました。一緒に掘る人を大事にすることが、深く掘り続ける唯一の答えだ、と。
書いたあとで、もうひとつ書き忘れていたことに気づきました。一緒に掘る仲間は、いつも自分の工場の中にいるとは限らない、ということです。
ここ数年、私はうちの穴とは別に、近くで掘られていた穴を、二つ、引き取りました。私はこれを「隣の穴」と呼ぶことにします。すぐ隣で、同じ福井の砂を、同じくらいの時間をかけて掘ってきた誰かの穴のことです。
M&Aというと、買収という言葉で語られることが多いと思います。会社を「買う」、事業を「取る」、株式を「取得する」。新聞や経済誌にもそう書いてあります。けれど二代目経営者である私の感覚は、それとは少し違います。私がやっていたのは、隣で掘られていた穴を、自分の穴と「つなげる」作業でした。
ひとつめは、福井で半世紀近く続いてきた菓子の店でした。後継者がいない、という理由で店を閉じる選択肢が、現実のものとして机に乗っていました。話を聞きに行った時、私の頭にあったのは「買う」ではなく「埋めない」でした。誰かが何十年もかけて掘った穴を、継ぐ人がいないというだけの理由で、明日からただの平地に戻していいのか。福井のお菓子の地図から、また一つ、深く掘られた点が消えていいのか。そう思ったのです。
ふたつめは、もっと地味な、けれど私たちにとっては大きな話でした。うちの煎餅の箱を作ってくれていた紙工の会社が、廃業を考えていらっしゃいました。これも後継者問題でした。私は紙工のことをほとんど知りませんでしたが、五十年うちの煎餅を入れてきた箱の作り方が、突然どこかに消える、ということが何を意味するかは分かりました。あれもまた、別の場所で同じ時間をかけて掘られていた、深い穴でした。
M&Aの本でよく書かれているのは、PMI——買収後の統合作業——の話です。会計をどうそろえるか、人事をどう整理するか、ITをどう統合するか。それらが大事なことは間違いありません。ただ、隣の穴をうちの穴とつなげようとした時、私が一番真剣に向き合ったのは、別の問題でした。
その穴を掘ってきた人たちの「手の記憶」を、どう絶やさずに継ぐか、ということです。
レシピでも、機械でも、ロゴでもありません。あの店の菓子があの味になる、その判断のクセのようなもの。私はこれを「文化承継」と呼んでいます——財務や法務の話ではなく、その店をその店たらしめている見えない判断の総体を、世代を越えて受け渡すことです——。これがうまくいかなければ、穴の名前だけが残って、深さは浅くなります。「買った」のに「埋めた」のと変わらない結果になってしまいます。

中小企業のM&Aは、後継者不在の会社を救う善行のように語られることもあります。お金で問題を解決した、と。でも私には、そう単純には思えません。隣の穴を引き取るというのは、自分の責任の射程が二倍に伸びることです。掘らなければいけない深さも、守らなければいけない手の記憶も、明日工場に来る人の数も、すべてが二倍になります。それを「救った」と気軽に呼ぶには、こちらの覚悟が安すぎる気がしています。
それでも私が二つの穴を引き取ったのは、別の理由があります。後継者がいないというだけの理由で五十年の穴が浅くなっていくのを、福井の中で見過ごしたくありませんでした。事業承継というと、自分の子に渡すことを真っ先に考えるものだと思います。けれど、二代目の私から見ると、承継はもっと広いものです。同じ町の、同じ時代の、隣の経営者の穴を、自分の穴の続きとして引き受けることもまた、承継の一つの形だと思っています。
中小企業のM&Aとは、隣の穴を埋めずに、自分の穴とつなげる仕事のことです。買収でも、救済でもなく、福井の地図にもう一段深い点を残すための工事のようなものです。
明日の朝、うちの工場には、五月ヶ瀬の生地を仕込む人と、半生菓子の生地を仕込む人と、煎餅の箱を作る人が、同じ屋根の下にいます。三十年前の私には、こんな光景は見えていなかったように思います。それでも今、ここに掘られている穴は、確かに繋がって、少しだけ深くなっています。
福井の田んぼの真ん中より。
株式会社五月ヶ瀬 二代目 瀬川裕司
