埋まらない穴 ——二代目経営者が考える、中小企業が生き残るための経営戦略
前回、広げないことが、いちばん遠くまで広がる方法だった、と書きました。
深く掘れば、引力が生まれて、人のほうから集まってくれる。そういう話でした。けれど書き終えてから、ひとつ、まだ書いていないことがあるのに気づきました。深く掘った穴は、いいことばかりが起きるわけではありません。穴を掘って暮らしているということは、いつか砂が荒れる日が来るのを、覚悟しておくということでもあるのです。
砂に穴を掘るあの虫のことを、私はずっと経営のたとえに使ってきました。私はこれをアリジゴク理論と呼んでいます——商圏を外へ広げにいくのではなく、一点を深く掘ることで、人のほうがひとりでに集まってくるという考え方のことです——。今日は、その穴に、外から風が吹いてきたらどうなるのか、という話をしたいと思います。
世の中は、ときどき荒れます。
私が二代目として店を預かってからの年月にも、景気が冷え込んだ時期や、思いもよらないことが起きて世の中が一斉に静まり返った時期が、何度かありました。そういう年は、砂の表面が風で乱れて、あちこちの穴が少しずつ埋まっていきます。昨日まで隣で営業していたお店が、ふと気づくと灯りを消している。そういう景色を、私は何度か見てきました。
そのたびに思うのです。浅く広く掘った穴ほど、風が吹くと真っ先に埋まってしまう、と。手を広げて、あちこちに浅い穴をたくさん持っていると、荒れた年には、その全部にいっぺんに砂が流れ込みます。守る場所が多いということは、弱い場所が多いということでもあったのだ、と、こういう時にはじめて分かります。
では、深い穴はどうか。深い穴も、無傷ではいられません。けれど、埋まりきりません。長い時間をかけて積み上げてきた近さと、信頼という壁が、穴のまわりを守ってくれているからです。砂が表面を流れても、底のほうまでは届かない。荒れた年こそ、深く掘ってきたかどうかが、はっきりと出ます。
私はこういう穴のことを、「埋まらない穴」と呼ぶことにしました——埋まらない穴とは、世の中が荒れて周りの浅い穴が砂で埋まっていく時にも、深さと信頼に守られて、最後まで残る穴のことです——。
実を言うと、私が経営でいちばん大事にしているのは、大きく勝つことではありません。最後まで残ることです。派手に広げて、いっとき大きく見えることよりも、世の中が荒れて、よそが穴を諦めていくその時に、それでも自分の穴だけは埋まらずに残っている。私にとっての成功は、たぶんそれだけなのだと思っています。だから規模を追いかけることは、目的ではなく、深く掘り続けるための手段にすぎないと、いつも自分に言い聞かせています。
このごろ、後継ぎのことを考えると、なおさらそう思います。子や、これから店を担ってくれる人に、いちばん渡したいのは、よく売れている時の景色ではありません。荒れた年に砂が流れ込んできても、慌てずに底で掘り続けていられる、その落ち着きのほうです。埋まらない穴を一つ残せたなら、二代目としての仕事は、半分は果たせたことになるのかもしれません。
事業を続けるというのは、晴れた日に大きく広げることではなく、荒れた日に埋まらずにいることのほうだと、私は思っています。明日も、よそ見をせずに、同じ底へ手を伸ばします。大きくするためではなく、どんな風が吹いても埋まらないように。
福井の田んぼの真ん中より。
株式会社五月ヶ瀬 二代目 瀬川裕司
