どん底の私に何ができるの?からこんな私でもできるかも?に変わった心の持ち方
どん底の時ってなぜか何を言われても耳に入ってこないんですよね
「がんばろうや!」「頑張ってね!」「前のちいちゃんに戻ってね」
言われるたびにと思っていました
でも元気印の私が
まさかまさかのどん底に陥って数ヶ月経った頃です
どん底な私でも
福の神は来るときは来るんですね(^^♪
ある日の休日に
友人が気晴らしにと大型ショッピングセンターに連れ出してくれました
エスカレーターを昇った踊り場にその福の神はいました
3人の手相鑑定士がイベントで出ていたのです
「ちいちゃん、見てもらおうや」と誘われましたが
私にはその気はまったくありませんでした
しかし無理矢理に座らせた机の前には
ニコニコ顔で迎えいれてくれる鑑定士さん
いやいやながらに私は両手を差し出しました
するとなんということでしょう(^▽^)/
たった線を見ただけでこんなことわかるんだ~を体感したんです
「あんた長い事苦労したね!頑張ってきたね!」
私の生命線には長きに渡り”シマ”と呼ばれる
手相ではあまり良くない相があったようです
この「あんた長い事苦労したね!頑張ってきたね!」を言ってもらったとき
なんだか認められた感じがとっても強くて
”私の苦労したことまでわかるんだ!”になんだか嬉しかったのです
人って認められると気分いいんですよね(^^
「あんたには三つの才能がある!
不動産屋さん続けなさい!
コーチングやりなさい!
そしてもう一つはやがて手相を見るようになる」
いやいや不動産はやってるから続ければいいは納得!
コーチングも進行形だったので納得!
でも最後の”手相を見るようになる”だけは
この人嘘言ってるんじゃないの?私を喜ばそうとしてるんじゃないの?
と、頭の中が??????だらけでした
が、ほらどん底真っ最中の私にとっては
そう思いながらも暗い長いトンネルの先に
ほんのかすかでしたが光が灯った瞬間でもあったのです
人間て勝手な生き物です
誰が何を言っても耳も貸さない聞く耳もないくせに
認めてくれて希望をくれる人には耳を貸すんです
それはたしかな根拠となるツールがあったからこそでしょう
いよいよ手相と出会ってしまいました(笑)
しかし一気に進んだわけではなく段階があったのです
これから先はまた明日以降に書くとしましょう
たった一言で人は変われる!を体現
誰の言うことも聞きもしなかったクセに
根拠のあるツールを基にしての言葉には重みがありました
なかでも
「苦労したね」はわかってくれる人がいた事と
なんだか報われた気がします
「三つの才能があるよ」
希望の言葉はどんな状況でも嬉しいものです
どん底の私に何ができるの?から
こんな私でもまだできる事があるかもしれない?
の希望が湧いてきました
これまでの実録は
明日は
手相には出会ったけれどどうなっていったのか?を
書いていこうと思います
また是非noteに遊びに来てくださいね
