【連載小説】w 「あたしの道草」⑫
(十二)
「まあ、やっぱり見た目とフィーリングが一番大事ですよ」
とその店員のお兄さんは言った。
やっぱりそうだよね。
うーん、どうしようかな、、この赤いのもカッコいいし、でもこの黒いのもプロっぽくていいよね。
あたしは、所狭しとエレキギターが並べられた店内を見渡しながら考えてた。
コーヒーショップを出て、リエちゃんと別れてから、あたしはどうしても衝動を抑えられなくて、西口公園の近くの楽器屋さんに来ていた。
駅を西口から出たときは、なぜか毎回西口公園の方に行くことが多くて、そのときにこの楽器屋さんの前をよく通ってて気になってたんだよね。
楽器屋さんのショーウインドウにはたくさんのカッコいいギターが並べられてて、あたしは憧れとともに、そのギター達に興味をそそられていて、いつかそのお店に行こうと思ってた。
リエちゃんの彼氏のサカガミさんがギターが弾けるっていう話を聞いて、なんとなく忘れていた情熱が蘇ってきたっていうのかな。
エレキギターを見ると、あたしは自動的にジュリアンっていうクラスメイトだった男の子ことを思い出すんだよね。
ジュリアンは、ちょっと背が低かったんだけど白人なりのハンサムな顔をしていて、よく話しかけてくれてあたしもちょっと気になってた男の子だったの。髪の毛もクルクルってしてていい感じだったしね。
当時のあたしは、海外生活にはそれなりに長くなって慣れてはいたんだけど、やっぱり差別されることがあったり、治安のことも親から結構言われてたこともあって、いつもどこか警戒心をもって生活してたんだよね。
特に、差別については露骨にされることもあって、最初はビックリすることも多かった。歩いてていきなり唾をかけられたこともあったからね。
もちろん、かわいがってくれる人も多かったけど、一定数そんな人がいるってことは知ってて、それが長い間彼らの当たり前の生活の中で育まれてきたことも一応理解はしていた。
つまり、そういうことはあって当たり前だと思ってたの。
だから、ジュリアンに家に誘われたときは、ビックリしたし少し警戒心もあって、けっこうドキドキしてたんだよね。その学校には、まだ転校して2、3ヶ月くらいだったしね。
でもジュリアンは、なぜかあたしに何かと声をかけてくれて、優しく接してくれてたんだよね。
ジュリアンは、あたしが日本人ってことに関心があったみたいで、色々と日本のことを聞かれたのを覚えてる。あんまりちゃんと答えられなかったんだけどね。
ある日、ジュリアンがあたしに家に来ないかって誘ってきたんだよね。
え、って思ったんだけど、仲良くしてもらってたし、興味もあったから、あたしは次の日曜日にジュリアンの家に行くことにしたんだよね。誘われるままに一人でジュリアンの家に遊びに行ったんだけど、今考えてみるとあたしもなかなか大胆だよね。一応、ママには話をしたんだけど、ママは「いいじゃない」って軽い感じで言ってて、ちょっと嬉しそうでもあった。
でもなぜか本能的にパパには内緒にしてたんだけどね。別にパパはそんなことで怒るようなタイプではなかったけど、なんとなく秘密って感じもあたしは楽しんでたかな。パパはいつも帰りが遅かったから話せなかったというのもあるけど。
まあ、家にはジュリアンのパパもママもいて、二人きりってわけではなかったんだけどね。
家に行くと、ジュリアンのパパとママも出迎えてくれて、あたしはママが持たせてくれた手作りクッキーを渡しながら、まるで日本代表みたいな気分で挨拶したのを覚えてる。
あたしはジュリアンの部屋に招かれたんだけど、なぜかジュリアンがギターを弾いてくれて、戸惑いながらも、あたしはジュリアンが弾いてるその黒いエレキギターがカッコいいって思ってちょっとドキドキしたんだよね。
ジュリアンのギター演奏は天才的で、まるでプロレベルだった。
アンプっていう四角いスピーカーにギターのコードを刺して、物凄い速さでギターを弾いてた。結構大きな音で弾いてて、あたしも聞いたことがある有名な曲も弾いてくれた。
あたしは、ちょっとビックリしたけど、これはジュリアンなりの日本人のあたしに対する親愛のアプローチだと受け取ったんだよね。あたしは、大きなギターの音とジュリアンの超速い演奏に、とにかくシビレてあたしもギタリストになりたいと思ったくらい。
ジュリアンは、色々とギターや曲について説明してくれたんだけど、あたしはジュリアンの黒いピカピカのギターがカッコよくて、ウットリしてた。
ジュリアンのお父さんは音楽の教師をやっていて、専門はピアノだったみたいだったけど、ジュリアンは小さい頃から昔のバンドの映像を見ててエレキギターに目覚めたみたいなんだよね。
テレビでも、流行っている音楽だけじゃなくて結構古い音楽もたくさん放送されていたから、昔の良質な音楽に触れる機会も多くて、ジュリアンは15才ながら何十年も昔の音楽が好きなんだって。
ジュリアンのパパも、昔のロック音楽が大好きで、自分でもバンド活動をやってた事があるらしいって言ってたから、ジュリアンもきっとそのお父さんの影響もあるんだろうね。
ジュリアンは、近所の音楽好きのおじさん達と一緒に、何十年も昔の曲を演奏して、時々歌も歌ったりもしてるって言ってた。
その中に日本人もいるんだよ、ともジュリアンは言った。
あたしはといえば、どちらかと言うとロックとかそっち方面の音楽には疎い方なんだけど、家族でドライブに行くときは、パパがいつも有名な曲をかけまくってたから、耳だけはいいと思うんだよね。
ジュリアンとは、いろいろな話をした。
ジュリアンが、
「僕は日本が好きなんだ。アニメも好きだけどあの独特の文化は特別だと思う」
て言ったとき、あたしは、「確かに! ちょっと変わってるけど独特の魅力があるよね」って言ったんだけど、ジュリアンは面白そうに笑って
「マリだってそうだよ」
って言ったんだよね。
あたしは、そのときはあまり深く考えなかったんだけど、よく考えてみると何が”そう”なんだろうって話だよね。あたしは、変わってるって言われたのかと思って「ん?」ってなったんだけど、ジュリアンの顔がちょっと赤くなってて、なぜかわからないけど、あたしもなんだか恥ずかしくなったんだよね。
ジュリアンが、マリはどんな音楽が好きなんだいってあたしに聞くから、あたしは、チャイコフスキーとかストラビンスキーかなって答えた。
あたしは小さい頃バレーを習っていたから、バレーの音楽になんとなく馴染みがあったからね。あとはピアノを習ってたから、ショパンとか、、。
でも、パパはドライブのときに昔のロックやポップス、シャンソンなんかも聴いてたし、ママも音楽は好きだから、家では何かしらの音楽がかかってるって言ったら、ジュリアンは「へえ」って興味深そうに聞いてた。
ジュリアンとは、ギターを弾かせてくれたりして、なんとなくいい感じの雰囲気になってたんだけど、あたしはなんだか恥ずかしくて昨日見た夢の話とかを喋りまくってて、ジュリアンも、自分が好きな音楽の話を熱心に話したりしてて、あたしたちはそれぞれに少し照れながら自分の情報を相手に投げ合ってた気がする。で、それは、15才のあたしの大切な思い出の一つになった。
そのあとリビングに呼ばれて、ジュリアンのパパが、あたしに優しく話しかけてくれた。
「マリ、ウチは日本には結構関わりがあってね、私の弟は日本に住んでるんだよ」
なんて言ってて、あたしは、ヨーロッパの大人は厳格でちょっと威圧的な印象があったから、ジュリアンのパパのフレンドリーな態度はちょっと意外だったけどとても嬉しかった覚えがある。
「マリは、頭が良くて、成績はクラスで一番なんだよ」
ってジュリアンが言うとジュリアンのパパは「へえ、すごいね」って驚いてた。
とにかく、そのときにジュリアンが弾いてたギターがカッコよくて、あたしはいつかエレキギターが欲しいって思ってたんだよね。
ジュリアンは、学校でもあたしにとても優しくしてくれて、あたしが少し差別意識をもったクラスメイトに俗語でちょっとした悪口を言われたときにも「気にすることないよ」って言ってくれたりした。あたしはそういった俗語の悪口を理解できないフリをしてたんだけど、ジュリアンにはあたしが全てを理解してるってことが分かってたみたい。
あたしはそれから一年くらいで帰国することになったんだけど、帰国するときもジュリアンは手紙とギターのピックをくれたりした。
その学校でのあたしの友達は、どういうわけかアフリカ系の女の子が多くて純粋に白人系の男の子の友達はジュリアンしかいなかったような気もする。もちろん期間が短かったってこともあるけど。
今考えてみると、ジュリアンはあたしの初恋の相手だったのかなって気もするけど、結局、3回くらい家に行ったくらいでデートもしたことがないし、すぐに帰国ってなったから何も進展もしようもなかった。もちろん、色々美化されてるってこともあるだろうけど、今のあたしからしたら割とキレイな思い出の一つって感じだね。
ただ、ジュリアンがなにかのタイミングで「マリは日本人のなかで一番可愛いと思うよ」って言ってくれたことがあって、随分大人っぽいことを言うのねってあたしもついつい意識してたっていうのはあるかも。
向こうの男の子ってどこかマセたところがあるから、そんなことを言うのも普通なのかもしれないけどね。
とにかく、ギターっていうとどうしても、このジュリアンのことや、あのカッコいい黒いエレキギターを思い出すんだよね。物凄い速さで動くジュリアンのしなやかな指先も、あたしにとってはギターとセットって感じ。
あたしにとっては、ギターとともに、もしかしたらこれが淡い初恋の思い出ってことになるのかも、なんて後で思ったりもしたんだけど、なんにも具体的な進展もなくて、手を繋いだりもしなかったし、もちろんキスもしなかったし、そもそも好きなのかもよくわからなかったし、これって何だろうって感じだった。
でも今だにギターを見ると、ジュリアンのことを思い出してちょっとドキドキするってことは、やっぱりジュリアンはあたしの初恋の相手ってことになるのかもね。
考えてみると、このころのことがあるから、あたしはまずフランス人と付き合いたいと思っていたのかも。
「あたしの道草」⑬に続く
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