短編小説w「居酒屋 やし」
居酒屋 やし。
「ここか? 、、しかし変な名前だな」
俺は、待ち合わせの居酒屋の赤い看板を見て独り言を言った。
高校時代からの親友シンゴから久しぶりに飲もうと連絡があり、久しぶりといっても2週間ぶりくらいじゃん、と思いながらも飲むのは嫌いではないので、俺は少しウキウキしていた。
駅前の商店街のかなり奥の方にあるその居酒屋は、最近オープンしたばかりの新しいお店らしかった。
駅自体はシンゴの住んでいるアパートの最寄り駅になる。
最初、駅前で待ち合わせていたのだが、俺の仕事が少し遅くなりそうなので、シンゴだけ先に行って飲んでるということになったのだ。
店の入口を入ると、週末だけあって店内はガヤガヤと騒がしかった。
意外に賑わってるなあと思いながら、俺が入口のカウンターの前で店内を見渡していると、若い男の店員が出てきた。
「いらっしゃいやし!」
「やし?」
一瞬聞き間違いかとも思ったが、俺は店名を思い出してピンときた。
居酒屋「やし」。
その「やし」なのか、、?
最近は、ちょっと変わったコンセプトで演出しているお店もあるので、その類の居酒屋なのかも。
「1名様ですか?」
「あ、連れが先に、、」
「わかりやした、どうぞ」
「やし」気にならなくもないが、俺は気にしないで店内をシンゴを探して見渡しながら歩いていった。
「ダイスケ!」
声がした方を見ると、木製の格子に区切られた4人席に座ったシンゴがこっちを見て手を上げている。
おう、と俺も軽く手を上げシンゴの向かいに座った。
座って気がついたが、シンゴの隣には大学生くらいのキレイな女の子が座っていた。
「え? もしかしてお前彼女できたの?」
シンゴは嬉しそうにニコニコ笑いながら頷いた。
「リエです、初めまして、ダイスケさんのことはシンゴさんからよく聞いてます」
その女の子が俺にニッコリ微笑んだ。
あ、初めましてダイスケです、と俺は言ってシンゴを見た。
「大学の後輩のリエちゃん、サークルの後輩でもあるんだけど、、」
「いつから?」想定外のことだったが、俺はショックを悟られないように、あえて驚いたようにリエちゃんを見ながらシンゴに聞いた。
「つい、1週間くらい前から。サークルの飲み会があって俺たちOBも参加したんだよ、そのとき、なんか気があって色々話してるうちに、、ね」
リエちゃんがダイスケを見て頷いた。
「マジか、、」
これは心の声だったが、その声は俺の口から実に自然に転がり出ていた。
「ダイスケ、ビールでいいか」
俺は頷いて、改めてリエちゃんを見た。かわいいじゃん。ダイスケにはもったいない。
「ご注文お伺いやし!」
先程の若い店員が来て、ハキハキと言った。
そこも「やし」? と俺は思った。シンゴ達は驚く様子はない。もしかしたら来たことがあって慣れているのかもしれない。
「生ビール一つと、あと若鶏の唐揚、お刺身の盛り合わせ、リエちゃんは? 、、あ、じゃあハイボールも一つ」
少し赤い顔をしたシンゴは適当に注文して俺を見て「で、いいか?」と聞く。
「ん、とりあえず」
じゃ、それで、とシンゴが言うと、
「ご注文承りやしー!」
店員が大きな声で叫ぶ。
「やしー!」
別の店員たちが叫んでいるのが店の奥の方やあちこちから聞こえる。ちょっと奇妙だが、これは決まりごとの掛け声なんだろう。
「なんだよーじゃあ今日は彼女ができた報告というわけか?」
俺は、拗ねたようにシンゴに聞いた。
「まあ、そんなとこ、一応ダイスケには報告しとこうと思って」
なんだよー
今度はなんとか心の中に留めておくことができた。
※
俺達は、高校時代の思い出話やリエちゃんの大学でのことなどで程よく盛り上がった。
アルコールが廻って3人とも緊張がほぐれてきた頃、俺はリエちゃんに
「リエちゃん、誰か友達で彼氏募集してるコいない? いいコいたら紹介してよ」
リエちゃんも心無しか顔が赤く上気しているように見えるが、意外にお酒は強いようだ。もうハイボールをけっこうなペースで飲んでいる。
「そうですねえ、いなくはないですよ、彼氏は大学関係の人は嫌だっていうコも多いですしー」
やしー! やしー!
ガヤガヤした店内のあちこちで、お決まりの掛け声が飛びかっている。
「同じサークルにもそういうコはいますけど、あ、でもあのコは難しいかなあ」
誰? とシンゴがリエちゃんに聞いた。
「マリ」
「ミナシロかあ、あいつは難しいんじゃない、だって結構同じサークルのヤツ何人もフッてるでしょ?」
「うーん、でもマリに聞いたら、同じ大学とかサークルの人が嫌なんだって、でも一応彼氏はほしいと言ってたし、、」
「あいつは確かに美人だけど、どちらかと言うとお笑い系だからなあ」
「なになに、美人なの? 紹介してよ、リエちゃんー」
俺は酔いも手伝ってちょっと強めにプッシュしている。運のいいヤツはこういうところでラッキーを掴むのさ。
バッグからスマホを取り出して操作し、このコなんですけど、とリエちゃんがスマホの画面をこちらに向けた。
そこには紺色のジャージの上下を着た薄茶色のロングヘアーの女の子が表示されていた。
両手を顔の横で広げて、ちょうど赤ちゃんをあやすような仕草で体を斜めによじっている。確かに美人だ、と言いたいところだがなぜか変顔をしてるので正直わからない。キョーレツな変顔だ。でも、たぶん美人なんだろう。
「アハハハ!」
酔いが回っているのかリエちゃんが大笑いしている。
「ダイスケ、そいつは美人だがなかなか手強いぞ、めちゃくちゃ変わってるからな」
「でも、マリってたぶん男の人とちゃんと付き合ったことないんじゃないかなー、はい、これが平常時でーす」
リエちゃんが赤い顔をしてまたスマホの画面をこちらに向けた。
「おお!」
俺は思わず声を出してしまった。濃い茶色の大きな瞳が印象的なキレイな女の子が、澄ました顔で何かを指さしている画像が表示されている。確かにメチャクチャ美人だが、どこか無防備な可愛さもあった。
「ミナシロは、パッと見は面白キャラだけど、よく見ると美人だよなぁ」
「どうしようかなー マリは親友だし、ダイスケさんが変なことしないって言うんなら紹介できるかもですけど、、」
「変なことって何、そんなことは絶対しない!真面目にお付き合いを、、」俺は言った。
まあ、ダイスケはいい奴だよ、とシンゴもフォローしてくれる。
やしー!
「そっか、でもダイスケさん、本当にマリを傷つけるようなことは絶対しないでくださいね、ああいうコは意外に傷つきやすいし、なによりあたしの親友なんで、、あと、マリって帰国子女でちょっと天然っていうか変わってるところがあるんで、、まあ、傷付くとしたらどっちが傷付くかわかりませんけど、、」
やしー! やしー!
「天然? そんなに変わってるの?」
「んー一言でいうと宇宙人みたいな、、」
よくわかんないけど大丈夫だよ、と俺は言った。可愛い子に悪い子はいない。
今、ミナシロに聞いてみたら? とシンゴがリエちゃんに言った。
「ミナシロももしかしたら会いたくないっていうかもだし、ダメなら早いほうがいい」
皆、酔っているせいか言葉に遠慮がなくなってきてる。
俺も
「ダメ元でいいから聞いてみてよ、お、お願いします、リエちゃん!」
となぜか懇願するようになっていた。
やしー!
「うーん、、そっか、わかった、ちょっと聞いてみるよ、でもマリが嫌だと言ったら諦めてくださいね」
やしー! やしー!
店の奥の方で大きな歓声が上がっている。団体客もいるようだ。
ガヤガヤした店内でリエちゃんがスマホを耳にあてる。
「、、、あ、マリ? あたし、、、うん、、、今、大丈夫?、、そうそう、、、うんうん、でね、あのー知り合いがね、マリのこと紹介してほしいって言ってるんだけど、、どうする?、、、うん、、男の人、、そう彼氏の友達なんだけど、、、社会人で、、、建築系の会社に勤めてる人なんだけど、、、」
リエちゃんが俺をちらちら見ながら話している。
やしー!
「うん、、そっか、、、うん、わかった。、、え、、うん、、うん、わかったわかった、、その話はまた今度聞くから、、」
どうなったのか。リエちゃんはスマホをバックにしまってから俺に向き直った。
やしー! やしー!
「マリ、会ってもいいって!」
「やしー!!!」
俺は思わずガッツポーズをして叫んだ。
通りかかった店員が「お!」という顔で慌てて「やしー!」と叫んだ。
店のあちこちから一斉に「やしー!」という声が上がった。
※
会計のとき入口のカウンターの前でリエちゃんは少し眠そうでフラフラしていた。なんだかんだハイボールを結構飲んでたからなあ、リエちゃん。
シンゴも赤い顔をしている。
終電にはなんとか間に合いそうだ。リエちゃんはこのままシンゴのアパートに行くようだ。畜生、シンゴうらやましいぞ。
俺も少しフラフラしていたが、なんとも充実したワクワクを感じていた。
リエちゃんの友達のミナシロさんとの顔合わせはリエちゃんがセッティングしてくれるということになった。俺は、フラフラしているリエちゃんを見て、リエちゃんが今日のことを忘れないか心配になった。一応、俺にはシンゴから連絡が来るということになってるから、まあ大丈夫だろう。
ミナシロマリ、、。マリちゃんかあ。
顔がついついニヤける、
会計が終わり、俺達が店を出ようとしたら、ちょうど通りかかった最初のあの若い男の店員が「お客さん」と俺を呼び止めニコニコしながら
「やし!」
と俺に向かってガッツポーズを作った。
俺も小さく「やし!」とガッツポーズを返し店員に向かって頷いた。
「ありがとうございやしー!!」
店を出ると、店内から明るい掛け声が聞こえた。
シンゴたちと別れ、俺は駅までの道をふらふら歩きながら、心の中で何度も「やし!」と言っていた。
おわり
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