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コラム68 名古屋大学小児外科の手術中止に思う

2026年の初コラムなので明るい話題にしたかったのですが、この話題です。
2025年の末に名古屋大学小児外科の医療事故の話題がニュースになってしまいました。あまりに理解が難しい分野なので、ニュースのコメント欄などで好き勝手言われているのを見ると、専門の医者としては少し悲しい気持ちになるのです。


1. 2025年年末のニュース


2025年、年末のニュース

僕は広島大学病院で小児外科をしていますから、このニュースはなかなかに衝撃でした。
内容もさることながら、その結果として年間500例もの手術を行っている地域トップの大中核病院で「手術をストップする」という決定をしたというのが非常に大きいですね。地域への影響が懸念されます。

しかし、このニュース。伝える方も内容をしっかり理解できておらず、受け取る方も「小児外科」という極めて特殊な分野の知識がないことと、医療従事者への不平不満も相まって、とてもカオスな状況になっています。同じ医者、外科医であっても、小児外科の特殊性って理解しにくいところがありますからね。

きちんとした知識なしに論じていては、不信感は増すばかり。
僕は別にこの医療事故の内容を詳しく知っているわけでもないですし、小児外科の仲間だから擁護しよう…なんて思っているわけでもないですが、世の中にあふれる誤解くらいはとけるように解説できるかと思います。

2. 本当に分かっている情報とは

ニュース記事では「記者」というレンズを通して情報を得ることになるので、その記者の先入観や主観が入っていたり、記者が十分に理解できない分野では重要なことが抜け落ちていたりします。
今はネット社会ですからね。元情報に接してみましょう。

名古屋大学の、今回の件に関する発表です。(名古屋大学医学部附属病院HP)


理由は3つ

問題があったとされるのは3件でした。

1つ目が、2023年に誤って正常な腎臓を摘出した事例。
これを読んだ瞬間に、ニュースのコメント欄などでは「左右を間違ったんだ!ありえない!」と騒がれているようですが、どこにも「左右を間違った」とは書いてありません
僕も真実は知りませんが、通常小児外科手術で腎臓摘出が必要な場合というのは、腎芽腫などの腎臓の悪性腫瘍、多嚢胞腎などで無機能の場合、腎外傷後で高血圧の原因となる場合…など様々なことが考えられます。しかしいずれの場合でも、見た目で全く分からずに左右を間違うというのは極めて考えにくいことです。
じゃあなんで正常腎を取っちゃうのよ? と思うかもしれません。
例えばですが、副腎(腎臓の上にひっついている臓器)に腫瘍ができ、かなり大きくなることは乳幼児ではよくあります。それを切除しようとして、見分けがつかずに腎臓を同時に取ってしまう…というケースもあり得るのです。この場合は「左右間違った」というわけではないですが、文章上は同じ記載になりますよね。
一般の方が考える以上に、腹腔鏡手術では多くの人が同時に画面を見て、判断をしています。そんな中で「左右の間違い」が起こると考えるよりは、この推論のほうがよほどあり得るだろうと考えます。まあ、想像ですが。

真相が分からない中で、思い込みや自分の経験だけで批判してはいけないと思います。

2つ目は、内視鏡手術時の術中死亡です。
こちらも真相は不明ですが、動脈を傷つけてしまったのが原因と言われています。
とても悲しい話ですね。ご家族の心痛を思うとやりきれないものがあります。

コラム62 小児外科医が患者を亡くすということ

にも記載しましたが、僕自身は執刀者として経験はありませんが、術中死(table death)というのはゼロではないです。
数十年前と比べるとぐっと減りましたし、外科医の中でも術中死がほとんどありえないような科と、まだ十分に可能性としてある科が二分しています。だから医者(外科医)の中でも意識の違いを感じてしまいます。

確かに小児外科は手術が難しいです。
対象となるお子さんも、一般の方が思っているような年齢よりも更に小さく、乳幼児が多いですし、生後1か月以内の新生児を手術することや、生後直後に手術が必要な場合もあるのです。そのような手術の中には、(言葉は悪いですが)「イチかバチか」にならざるを得ない手術も存在します。
もちろん術前(場合によっては出生前に)様々なリスクを親御さんに説明します。その上で、手術をしないと赤ちゃんの命は100%助からないので、危険を承知で手術する…ということはわりと小児外科医にとっては日常茶飯事です。
先ほど僕自身は執刀者として術中死の経験はないと書きましたが、これはほとんどラッキーと言えるもので、「あの時ああしてなかったらどうなっていたか…」なんてエピソードを挙げればきりがありません。

事故自体に関しては推論になってしまうので多くは語りませんが、
・術中死なんてあってはならないというのは小児外科ではあたらない。
・今の時代、「内視鏡で無理してやったんだろう」とか、「内視鏡だからアブない」なんてことはない。むしろ内視鏡は拡大視でき、全員で視野を共有できるので安全性が高い。
・小児外科の特に赤ちゃんの手術では、術前に精細なCT画像評価などができないため、異常な血管や構造(先天異常)があった時に臨機応変な判断を求められる、非常に高度な技術と技能が必要である
ということはお伝えしておきたいポイントです。

3つめが、倫理的手続きの不備ですね。
個人的には、これが一番「ちょっとないわ~」って思うんですけど。

「院内の倫理的手続きを踏むべき薬剤の使用に関し,小児外科がその効能について誤った認識のまま院内申請を行い,その薬剤の使用下にて手術を行った事例が2025年12月に確認されました」

大人では使えるけど、小児で使えない(申請が下りていない)薬剤というのはメチャクチャ多く、成人の手術では普通に使っているけど、まだ小児では使えない…ということがよくあります。そういう困った事態を解消するため、特に大学病院は先陣を切って院内倫理委員会に申請して小児での経験を積み、学会・論文での報告を経て一般化されていくのです。とても大事な仕事ですね。無報酬ですが。
しかし、そういった研究はきちんとした知識に基づいておらねばならず、この文章中の「小児外科がその効能について誤った認識のまま院内申請を行い,その薬剤の使用下にて手術を行った」というのは、完全に言い訳できない大失敗です。
本文の言葉をそのまま受け止めれば…ですけど。

でもこれって、小児外科だけの問題でもないような気がします。
一般の方が思う以上に「薬剤の投与に関する倫理委員会の申請」というのは、非常に多くの方々が関与します。倫理委員会には様々な書類の提出が求められるし、そこで審議をする医師が多くいるわけです。患者さんに薬剤がすでに投与されて手術されているということは、その院内の倫理委員会を通過しているというわけですよね。
ということは、小児外科医が効能の認識を誤っていたのも問題だけど、倫理委員会の審査には問題がなかったのか…?ということになるんですけど。

3. 「手術中止」という判断の是非

これらの内容を踏まえて、「手術中止」という判断の是非を考えてみましょう。
物事というのは、リスクとベネフィットを考えなくてはなりません。

手術でトラブルが相次いでいるから、手術を中止しよう!
うん。ごく真っ当な判断です。
患者さんに不利益が生じなければ。

工場の生産ラインで不良品が多発したらラインを止めます。当たり前ですね。
でも、病院ってなかなかそうはいきません。治療(手術)というのは患者さんがいるから行われるわけで、患者さんは病気で困っているわけです。
別な病院があり、そこで手術が可能であればいいのですが、残念ながら小児外科はそんなにあちこちにはありません。

例えば僕が勤務している広島市内には小児外科のある病院は3つありますが、これは他の地方に比べたら恵まれているほうです。
広島大学病院では年間300人くらいのお子さんの手術をしていますが、名古屋大学小児外科はなんと500人。うーん。すごい。完全に地域の中核です。
更に言うなれば、名古屋大学病院は広島大学病院と同じく、全国に15施設しかない小児がん拠点病院に指定されており、極めて重要な役割を担っているのです。超高レベルな小児がんの手術を行うことができる、数少ない小児外科の病院であり、替えがききません。
そのような現状を考慮するに、「全手術の一律の中止」というのは、やはり過剰反応すぎるのでは?逆に一般の方から「よほどのことがあったのか?」と思われるのでは?という懸念を感じずにはいられません。
(真相は不明なので、本当によほどのことがあったのならすいません)

名古屋大学病院のHPでは
「患者さんに過大な不利益をもたらすおそれがある場合は,患者さんに当院の状況等を説明し,患者さんの選択の機会を確保した上で例外的に手術を行います」
とのことですが、多くの手術を必要とする子ども達のことを考えると、しっかり対処をしていただいた上で、問題のない範囲での手術の早期再開を図っていただきたいところです。

4. 小児外科に絶対の安全はない

ネットのコメントなどを眺めていると、「うちの子も小児外科にお世話になりました!」という嬉しいコメントとか、「小児外科なんてめっちゃ専門性高いのに、給料安いし働きすぎてるし、そっちをもっと改善したほうがいい」といったコメントなど、小児外科医を擁護するものも多くあります。

僕自身が小児外科医として、今回の名古屋大学小児外科の事例に関して擁護をしようという意図はありませんが、「過剰反応で小児外科を志す医師が減るのはイヤだな…」とは思っています。

とても有名ですが、2004年に福島で起きた、産婦人科医が逮捕された事件がありましたね。
普通の手術行為をしていたのに逮捕までされた。このせいで一気にリスクの高い患者への医療行為を控える動きが高まったり、無過失保証制度ができていったりと大きな変革が起きました。
今回の事例はそれとは異なりますが、小児外科というのは指導医までとって長年どっぷりつかっている自分から見てもリスクが高い科です。だって、赤ちゃんを含む子どもを専門に手術するんですから。
特に新生児(生後1か月未満)の手術や、小児がんの手術などは「絶対の安全」などとは程遠い分野です。
でも、取り組む医師がいなければ、子ども達は亡くなってしまいます。

現状の
・どこの科に行っても給料は変わらない。
・苦労して専門医や指導医を取っても何のメリットもない。
というシステムでは、小児外科医を志してくれるのは「子どもを手術で助けたい!」と心を燃やすような、正義感の強い人たちだけなんです。
ぶっちゃけ小児外科なんて、普通の外科医と違って職場は大学病院とかがメインで、開業することも滅多にないわけで、他の科と比べて断然平均給料は低いです。
「それでもいいから、小児外科をしたい!」なんていう熱い医学生や若手医師の心まで冷めさせるようなことには絶対になってほしくない。

これから指導医として多くの小児外科医に育っていってほしいと思っている身としては、今回の事態が悪い方にだけは向かわないでほしいと願っています。

(参考)
名古屋大学医学部附属病院HP


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