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生存率90%なら受けるのに、死亡率10%なら受けない治療がある

生存率90%なら受けるのに、死亡率10%なら受けない治療がある

肺がんの治療法を選ぶとき、手術と放射線治療という二つの選択肢がある。1980年代、この二つについて、患者にも医師にも同じ調査が行われた。

一方のグループには、こう伝えた。「手術を受けた100人のうち、90人は術後を生き延び、1年後には68人が生存し、5年後には34人が生存しています」

もう一方のグループには、まったく同じデータを、こう伝えた。「手術を受けた100人のうち、10人は術後に死亡し、1年後には32人が死亡し、5年後には66人が死亡しています」

数字はどちらも同じだ。90%が生きるというのと、10%が死ぬというのは、算数としてはイコールでしかない。

それなのに、放射線治療を選ぶ人の割合が変わった。生存率で説明されたグループでは25%。死亡率で説明されたグループでは42%。ほぼ2倍近くまで動いた。

しかもこれは、医療知識のない一般人だけの話ではない。医師でも、同じように判断が動いた。

怖いのはここだ。専門家は、生データを見て冷静に判断できているはずだった。それでも、言葉の並び方ひとつで、選ぶ治療が変わった。

人は、同じ量の得と同じ量の損を、対等には感じていない。損のほうを重く感じる。これは行動経済学ではよく知られている話で、心理的な天秤が最初から損のほうに傾いている。

「10人死ぬ」と言われると、その10人の死に意識が向く。「90人生きる」と言われると、生きる90人のほうに意識が向く。情報の量は同じでも、注目する場所が変わる。注目する場所が変われば、感じ方も変わる。当たり前と言えば当たり前だけど、この当たり前が、専門知識でも打ち消せない。

この仕組みは、病院の外でも普通に使われている。

「今月中に契約すると3000円お得です」と「今月中に契約しないと3000円損します」。伝えている中身は同じだ。でも後者のほうが、行動を急がせる力が強い。多くのセールス文句が、後者の言い方を選んでいるのは偶然じゃない。

上司が部下に「ここができていない」とだけ伝える面談と、「ここまでできている」から始めて課題を伝える面談。中身が同じ評価内容でも、受け取る側の反応はまったく別物になる。前者は防御的になり、後者は前向きに聞ける。伝えたい事実そのものは、一言も変わっていないのに。

保険の勧誘文句、健康診断の結果説明、退職を引き止める上司の言葉。振り返ると、「損」の言葉で構成されているものが、かなり多いことに気づく。

ここでひとつ、正直に書いておきたいことがある。

このカラクリを知ったからといって、次に同じ場面に出くわしたとき、フレーミングに引っかからずにいられるかというと、たぶん無理だ。

McNeilたちの調査に参加した医師たちも、専門知識はあった。にもかかわらず引っかかった。知識があることと、その場で気づけることは、別の能力だ。

唯一、多少は効くと思われるやり方がある。判断する前に、言われた情報を自分の中で逆側の言い方に変換してみることだ。「90%生存」と言われたら、「10%死亡」と言い直してみる。「今契約すればお得」と言われたら、「契約しなくても損はしない」と言い直してみる。

言い直した瞬間に、心の動き方が変わるようなら、それは中身ではなく、言葉の並びに反応していたということになる。

それに気づいたところで、判断が正しくなるとは限らない。ただ、少なくとも、自分が何に反応して決めたのかは、あとから自分でわかる。それだけでも、ないよりはましだと思う。

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