短編小説「お侍、命を拾う。【3】」
【前回】
玄関のドアが勢いよく開き、びしょ濡れの大型犬……ではなく、我が家の居候である金髪の南欧人が転がり込んできた。
「姫君! 一大事でござる!」
水滴を滴らせたルカは、大切そうに抱えていた自分の上着を、まるで国宝でも披露するかのようにそっと開いた。
中から現れたのは、泥まみれになって震える、手のひらサイズの茶トラの子猫だった。
「……ルカ。その、かろうじて息をしている泥団子みたいなのは、なに?」
「道端で雨に打たれ、天を仰いで鳴いておったのだ! この小さき体から発せられる覇気、そして気高き瞳。まさに乱世を生き抜く剣豪の如し。ゆえに拙者、この御仁を『武蔵(むさし)』と命名つかまつった!」
「むさし」
私が頭痛を堪えるようにこめかみを押さえると、ルカは「いかがかな?」と誇らしげに胸を張った。
「いかがかな、じゃないよ。絶対にダメ。飼えないよ」
「な、なんと……! このようないたいけな浪人を、再び冷たい雨の降る修羅道へ戻せと仰るか!」
「そういうことじゃないの。生き物を飼うって、ぬいぐるみを買ってくるのとは訳が違うんだよ」
私はバスタオルをルカの頭にバサッと被せながら、できるだけ真剣な声で告げた。
「毎日ご飯をあげて、トイレの掃除をして、病気になったら病院に連れて行く。お金も時間もかかる。途中で『やっぱり無理』は通用しない。命を預かるって、そういう重いことなんだよ。……今の私たちに、その責任が持てる?」
私が正論をぶつけると、ルカは濡れた髪をタオルで拭くのも忘れ、ハッとしたように目を丸くした。そして、武蔵(仮)を抱き抱えたまま、フローリングに正座した。
「……命の重さ。真にその通りでござる。姫君の仰ること、五臓六腑に染み渡りました」
ほっ、と私が胸を撫で下ろし、里親探しの段取りを考えようとした次の瞬間だった。
「しかし姫よ…」
ルカの澄んだサファイアの瞳が、真っ直ぐに私を射抜いた。
「見知らぬ異国の地で途方に暮れ、雨の路上で野垂れ死にそうになっていた流浪の民を拾い上げ、温かい寝床と美味しいオムライスを与えてくださったのは、どこのどなたでありましょうか」
「……え?」
「拙者という名の厄介な『命』を拾い、責任を持って飼い慣らしている姫君の器の大きさ、マリア様もかくやと日々感服しておりました」
「ちょっと、ルカ……」
「なればこそ!」
ルカは床に額がつくほどの勢いで平伏した。腕の中の子猫が「ミャア」と気の抜けた声を上げる。
「この小さな浪人にも、我が藩(ワンルーム)の庇護を与えてはいただけないだろうか! 世話は拙者が、誠心誠意、このルカの命に代えても必ずや!」
ずるい。
自分を拾った時のこと(正確には、公園で道に迷っていた彼に声をかけたら、なし崩し的に住み着かれただけなのだが)を引き合いに出されたら、何も言えなくなってしまう。それに、「命に代えても」だなんて、オムライスのケチャップ並みに大げさだ。
私は深いため息を吐き、マグカップをテーブルに置いた。
「……命には代えなくていいから、まずはその子を温かいお湯で洗ってあげて。それから、明日の朝イチで猫用のトイレとご飯、買ってきてもらうからね」
「おおお! ありがたき幸せ! 姫君の慈悲深さ、後世の歴史書に必ずや……!」
「はいはい、お侍は黙ってお風呂場へ行く」
感極まって泣き出しそうなルカの背中と、彼に抱かれた武蔵が、揃って「ニャア」と返事をしたような気がした。
【つづきです。】
