見出し画像

短編小説「圧倒的なブス。」

​祭壇の肉塊から、酸っぱい匂いが立ち昇る。

私がこの地を護り始めて五百年。生け贄とは美人が相場と決まっているはずなのに、節目に捧げられたのは、茹で過ぎて爆ぜた里芋のような、圧倒的なブスだった。

​雲間からの溜息に、下界の杉林が揺れる。

村長の光る頭頂部。見事な生け贄ですと震える声の裏に、確かな薄ら笑い。

舐められている。

どう見繕っても、ただのブスではないか。

​昨今、天界にも『コンプライアンス』の風が吹く。

生け贄を咀嚼する古き伝統は禁じられ、今は神域へ迎え、永遠の平穏と福利厚生を与えねばならない。私は、この茹で過ぎたブスを生涯養うのだ。

​ゲテモノは美味いとは言うが、ブスにも限度がある。いや、喰えないのだから出汁も味も関係ない。

正直、人間の肉よりサイゼリヤのミラノ風ドリアの方が好きだ。三百円の至福に比べ、なぜ五百年護った挙句、こんな特級のブスを背負わされるのか。

​せめて心根は。神通力で魂を覗く。

​『早く天国でタダ飯食いてぇ』

​ブスは仰向けのまま小指で鼻をほじり、神聖な注連縄になすりつけた。三日放置された煮凝りのような、純度百パーセントのブス。

​私は雲を降り、ブスの太い胴体を尾で乱暴に巻き取る。「お迎えのタクシーか?」と笑う黄色い歯。

就業規則に道中の『揺れ』の規定はない。

​マッハ三の風圧で天頂へ。ブスの顔面がさらに前衛的な芸術へとひしゃげる。

​今夜は粉チーズ多めでドリアを食べよう。

せめてもの神の意地。このブスの福利厚生に、ドリンクバーだけは絶対につけてやらない。


#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集