かげろうの君と #14 第四話 決心③
第四話 決心③
「お願い。分かって、拓海。あたしは、大好きな人に、本当に幸せになって欲しい。それは幽霊のあたしじゃ、叶えてあげられないの。あなたは今、生きている。あたしの時代は……あたしを含めて、生きたくても生きれなかった人が沢山いた。だから……その命を、生きる意味を無駄にしないで」
彼女が自分のことを心の底から思ってくれていることは痛いほど分かる。
外出をしたがらなくなったのも、読書をやめたのも、全ては自分のエネルギーを余計に吸わないためだったのだろう。
ぎゅっと拳を握りしめる。
でも……、そうじゃないんだ!
何で分かってくれないのだろう。俺の生きる意味は……君なのに!
「それにね……。あたし、もう幽霊でいることに疲れちゃった」
その言葉は、不意打ちだった。すっと心が冷え、顔を上げる。
「何で……。だって幽霊は肉体が無いから疲れないって……」
幸子の顔が再び大きく歪む。とても苦しそうに。
「だって……あなたに触りたくても触れないんだもん! 口づけしたくてもできないんだもん! あなたの子どもを産みたくても……!! できないんだもん……」
それは、彼女の心からの叫び。心臓が跳ねる。
何故……今の今まで、気づいてあげられなかったのだろう。彼女の、この深い苦悩を。
自分はただ、二人で毎日、笑顔で楽しく過ごしていられれば良かった。
もちろん拓海とて彼女に触れたくて仕方がなかったが、それは最初から諦めていた。
エンジニアらしく、出来ることと出来ないことを予め整理して、出来る限りの方法で彼女を愛することに決めていた。
でも、彼女は拓海のようには割り切れすに、諦め切れずに、もがき苦しんでいたのだ。
自分との、この愛に。
「だから……、お願い、拓海。あたしのことを愛してくれているなら……、成仏させてください」
絶対にいやだ。彼女と、永遠の別れを迎えるなんて。
だが。
涙に濡れる幸子に、もう何も言い返せなかった。彼女の、自分への深い愛と苦悩を分かってしまったから。
幸子の姿が再び滲む。
愛する彼女が苦しむ姿を見るのが、その苦しみの原因を自分が与えていることが、こんなにもつらいなんて。
「でも……成仏なんて、どうやって……」
幸子は俯いたまま、部屋の隅に置かれたリュックを、すっと指差した。
「……拓海のリュックのポケットに、院長先生の連絡先が入っているわ。覚悟が決まったら連絡しなさい、って」
そう言われて、拓海は息を飲む。
「もう一度聞くけど、本当に成仏を……」
幸子は拓海を見据えると力強く頷いた。もう、涙は流れていなかった。
***
週が明け、拓海は院長から渡された連絡先に電話をした。繁忙だろうから留守電に伝言を残すことになると思っていたが、意外にも3コールで電話に出てくれた。
日中はお互い仕事で忙しいだろう、とのことで、夜に院長の自宅を訪問することになった。
仕事を終えて一旦家に戻ると、どことなく緊張した面持ちで拓海の帰りを待っていた幸子を連れて、教えられた住所に車で向かう。
大病院の院長だけあって、想像通り、大きな家だった。
「やあ、いらっしゃい」
「夜分すみません。ご家族にもご迷惑を」
「気を使わんでいい。家内には先立たれ、息子も娘も独立して、この家には私一人だ」
居間に通され、ソファに腰を下ろすと、院長はしばらくしてコーヒーを運んで来てくれた。
「ブルーマウンテンだ。良い豆が手に入ってね」
拓海と幸子が顔を見合わせる。
院長は二人にコーヒーを出し終えると、どかっとソファに身体を沈めた。
「一応確認しておく。二人とも、覚悟は出来たんだな?」
正直なところ、拓海はまだ踏ん切りがつきかねていたが、幸子が力強く頷くのを見て、弱々しく頷かざるを得なかった。
院長は二人の様子に鼻を鳴らすと、すっと一枚のレポートをテーブルの上に差し出した。
「成仏の方法をまとめたものだ」
「……ありがとうございます。でも、何で先生は成仏の方法をご存知なんですか?」
院長は身を乗り出すと、コーヒーを口に運んで一口啜った。
「私は生まれつき霊感が強くてね。これまで多くの霊たちと話をしてきた。一番古くて平安時代から彷徨っている霊や、著名人の霊とも会ったことがある。彼らの話を繋ぎ合わせてまとめたのが、この方法だ」
なるほど、と思うも直ぐに疑問が浮かぶ。
「でも、幽霊が成仏したら、その先のことは分からないじゃないですか。なんでこれで成仏出来ると言い切れるんですか?」
「このやり方で、実際に霊が成仏するところを私が見届けたからだよ」
院長の言葉に息を飲む。大病院のトップに「実証済み」と言われてしまえば、それ以上は何も言い返せない。
「これで満足かね?」
拓海が頷くと、院長はコーヒーカップを脇によけた。
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