かげろうの君と #13 第四話 決心②
第四話 決心②
「今日はすごく楽しかったわ。ありがとう、拓海」
ホテルの部屋で、窓の外に広がるライトアップされた園内を眺めながら、幸子がお礼を言う。
「うん、俺もすごく楽しかったよ。ありがとう、俺の夢を叶えてくれて」
「ううん、お礼を言うのはあたしよ。拓海と出会って……、あたしの景色は地獄から天国に変わったの」
しみじみとした表情を浮かべる彼女。
「生きていた頃には思いもしなかった色々なことも、大好きな人と一緒に経験できて。……もう思い残すことはないわ」
ん?
その最後の言葉に引っ掛かりを覚える。湧き上がってくるのは、眠らせたはずの焦燥感。
「な、なーに言ってんだよ。まだまだこれからだよ。二人でもっとたくさん楽しい思い出作っていこう。せっかくだから、明日は隣のディスティニーシーを回っ……」
幸子はゆっくりと拓海の方に向き直ると、そっと首を横に振った。
「……そのことなんだけどね、拓海」
「うん?」
「あたしね……成仏しようと思うの」
それは、ガツンと頭を殴られたような衝撃。拓海の時が止まる。
「……え? 今、何て……。じょうぶつ?」
幸子がそっと拓海から視線を外す。
「うん……。あたし、こんな見た目だけど、実年齢はもう100歳以上のおばあちゃんよ。拓海はまだ若くて、未来の可能性に溢れている。生きている女の子と結婚して子供だって作れる。拓海は優しいから、きっとすごく幸せな家庭を築けると思うの。幽霊のあたしとじゃ、それは叶わない。だからもう、あたしはここら辺でいいかな、って」
なん……で? さっきまであんなに楽しそうにしていたのに……。
絞り出すように言葉を紡いでいく彼女に、拓海の思考が追いつかない。
「最後に素敵な思い出をありがとう。これであたしはきっと、成仏出来ると思うの」
にっこりと微笑む幸子。
「……何、無理に笑顔作ってるんだよ」
「え?」
見逃す訳などなかった。明るく振る舞う彼女の瞳に、うっすら滲む涙を。
「ようやく分かったよ。それで最近、ずっと悩んでたんだね。でも俺、さっちゃんと別れるつもりは無いから」
無性に腹が立つ。彼女の心の機微に、これっぽっちも気づけなかった呑気な自分自身に。やはりあの、病で倒れた時に何かがあったのだ。
「拓海! あたしは……!」
幸子は大きな瞳いっぱいに涙を溜め、必死になって溢れそうになるのを耐えている。
「さっちゃん、お願い。何があったのか教えて。俺はさっちゃんの、本当の気持ちが知りたいんだ」
その拓海の言葉に、堪え切れなかった涙が幸子の頬を伝い、滴り落ちては、すっと消える。
こんなにつらそうな彼女を、抱き締めてあげることすら叶わない。でも、そんなことは分かり切っていたこと。
だからこれまで、全身全霊で彼女の気持ちを受け止めることだけを心掛けてきたのに。
「……前に拓海が倒れた時、院長先生に言われたの。拓海が倒れたのはあたしが原因だって」
「え……?」
初めて聞く話だ。あの日、点滴で寝ていた間の出来事ということか。
「なんだよ、それ……。あの先生、君のことが視えていたの?」
驚く拓海に、幸子がこくんと頷く。
「あたしが……拓海の生気を吸い上げているからだって。このまま一緒に居たら、拓海は早死にするって……」
拓海にとって衝撃の告白だが、一方で妙に腹落ちした気分でもあった。
幽霊である幸子の動力源は一体どこにあるのだろう、と何度も考えたことがあるのは事実。
幸子とずっと一緒にいたいからこその、エンジニアとしての探究心だったのだが、自分の生命エネルギーが彼女の存在の源であるならば話が早い。
「……そういうことはもっと早く言って欲しかったよ」
「え……?」
拓海は幸子に向かって、出来る限りの柔らかい笑顔を作ってみせた。
「気づいてあげられなくてごめん。一人でずっと抱え込んで、つらかっただろ?」
「拓海……」
窓際の彼女にそっと近づく。
「早死になんて望むところだよ。そしたらこの姿のままで、ずっとさっちゃんと一緒に居れるんだろ? おじいさんの姿まで長生きしちゃったら、さっちゃんと釣り合いがとれないもん」
おどけて見せるも、彼女は俯き、静かに首を振る。
「だめだよ……。拓海には大きな夢があるじゃない。事故を起こせない車を作るっていう、とても素敵な夢が」
確かに夢はある。でも。
「……夢っていうのは、喜びや苦しみを分かち合える人が居てこそ、見られるんだよ! さっちゃんが傍にいて応援してくれるから頑張れるんだ!」
幸子が大きな目を見開いて拓海を見つめる。もう涙を堪えることもなく。
「だから……お願いだよ、さっちゃん。俺を……一人にしないで」
彼女の顔がぼやける。
咄嗟に彼女の肩に手を掛けようとして空を切り、拓海はがっくりとその場に崩れ落ちた。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……、拓海」
幸子もまた、泣き濡れながらその場にしゃがみ込む。
「拓海の気持ちはすごく嬉しい。あたしだって、叶うことならずっと、あなたと一緒に居たかった。でも、拓海にとって、あたしとの関係には選択肢が無いわ。あたしは、いつか好きな人と、幸せな道を一緒に選びながら生きてみたかった。でも、それが許される時代じゃなかった。だから拓海には、この平和な世の中で精一杯、あたしがやりたくても出来なかった生き方をして欲しいの」
そんなのは……いやだ。もう、彼女がいない人生なんて考えられない。
俯き、ボロボロと涙を流しながら、大きく首を横に振ると、幸子が縋るように拓海を見上げた。
プロローグ かげろうの君と #01 プロローグ|京
