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かげろうの君と #12 第四話 決心①

第四話 決心①


 体調はすこぶる良くなった。

 仕事の方も、夢だったシステム開発がことの外楽しくて、バリバリとこなしている。

 だがその一方で、あの日以来、幸子がどことなく元気がなかった。

 計画していた箱根も軽井沢もまだ行っていない。

 どうも自分が倒れたことに責任を感じているようで、「無理して欲しくないから」と、休みの日も家に引き篭もるようになった。

 説得しても首を振るばかり。あれほど楽しそうに読書をしていた姿も、最近は見かけなくなった。

 湧き上がる一抹の不安。

 思い当たることが無いといえば嘘になる。何せ、自分は恋愛初心者だ。

 気づかないところで粗相を重ねていて、愛想を尽かされていたのだとしたら……。

 気持ちを確かめるのは怖かったが、彼女とずっと一緒にいたいからこそ、自分に至らぬところがあれば直したかった。

「さっちゃん……、俺、何かした? それとも、俺のこと……、嫌いになっちゃった?」

 だが、彼女はその問いかけに目を見開くと、大きく首を振った。

「そんなことないわ! 大好きに決まってるじゃない! 拓海はすごく優しいし、いつもあたしのことばかり考えてくれて!」

 杞憂だったか、と彼女の返答にホッとするも、疑問が消えた訳じゃない。

「じゃあ何で? 最近浮かない顔ばかりですごく心配なんだ」

 心配という言葉にピクリと反応した気がする。

 拓海は、ふむ、と思案すると、幸子に向き直った。

「じゃあ、こういうのはどう? これまでさっちゃんの夢を叶えて来たけど、今度は俺の夢を叶えたい。それなら協力してくれるかな?」
「拓海の夢? 自分で走るクルマのこと?」

 幸子が小首を傾げる。

「ううん、もっと身近な夢。恋人が出来たら一緒に行ってみたかったところがあって」
「行ってみたかったところ?」
「うん。さっちゃんと一緒に行きたいんだ。いいかな?」

 少しずるいとは思ったが、これなら彼女も断れないだろう。

「……分かったわ。拓海の夢ならあたしも叶えたい」
「ありがとう。じゃあ今度の週末ね」
「どこに行くの?」
「それは当日のお楽しみ」

 その返しに、幸子はプクッと頬を膨らませるも、すぐに微笑んだ。

 久しぶりに見る穏やかな表情。

 彼女をもっともっと笑顔にしてあげたい。幸せにしたい。それが拓海の偽らざる気持ちだった。

          ***

 約束当日は快晴だった。

 拓海の気合に合わせてか、幸子も、あの初めてプレゼントした洋服でばっちりとめかしこんでくれている。

 朝早くに出発して、1時間半のドライブでやってきたところは———。

「ここは……外国なの!?」

 目の前に聳え立つのは、お伽話から飛び出してきたような西洋風のお城。

「ディスティニーランドだよ。米国のアニメをモチーフにした遊園地だね」

 青空の下で燦燦と輝くその様相に、思わず息をのむ幸子。

「遊園地……。豊島園とか多摩川園みたいなものね?」

 興奮気味の彼女に拓海が微笑む。

「としまえんは閉園したよ。多摩川園は……聞いたことないなぁ」
「そう……。多摩川園は小さい頃に、両親に連れて行ってもらったの。楽しかったな」

 在りし日の思い出に浸るように、目を細める彼女。それは生前の幸せな記憶だったのだろう。

「それにしても素敵ね……。まるで夢の国だわ」
「実際にそう呼ばれているよ。で、俺も実は初めてなんだ。ここに来るの」
「え?」

 照れくさくて、ぽりぽりと頭を掻く。

「ここは自分からしたら、カップルの聖地というか、男だけじゃ来づらくてさ。だから、いつか恋人が出来たら、一緒にここに来たいな、って」
「……嬉しい」

 幸子が両手を合わせて胸元に当て、瞳を閉じる。その彼女の様子に、拓海の胸もじんわりと熱くなってくる。 

「よし。夜は園内のホテルを抑えてあるから、一日たっぷり遊ぼうか」

 拓海の言葉に嬉しそうにうん、と頷くも、次の瞬間、表情が翳った。

「……でも、無理したらまた拓海が倒れちゃう」

 俯く幸子を下から覗き込み、笑顔を浮かべる。

「何言ってんだよ。もう倒れないって。俺の活力はさっちゃんの可愛い笑顔なんだ。だから俺の前ではずっと笑っていて欲しい」
「拓海……」
「それに俺、栄養ドリンク3本飲んできたから。一番高いやつ。だから絶対に大丈夫」

 そう言って両腕で力こぶを作って見せると、幸子は堪らず吹き出した。

「……分かったわ。じゃあ……、わらわを楽しませてくださるかえ?」

 悪戯っぽくおどける彼女に、拓海は胸に手を当てて、頭を下げた。

「勿論でございます。では参りましょう、姫」
「うん!」

 久しぶりに聞く、彼女の元気な声。以前の好奇心旺盛な彼女に戻ってくれたようで、安堵する。

 火のついた二人は、園内を片っ端から見て回った。

 もっとも、幽霊は物理的スリルを味わうことは出来ないので、ジェットコースターの類は避け、ゆったりとした乗り物がメインだ。

 それでも彼女は十分に楽しめているようで、吹っ切れたかのように、飛び切りの笑顔ではしゃぎ回っている。

 夢の国で戯れる幸子は、まるでおとぎ話の世界から飛び出して来たお姫様のように可愛くて、本当に夢の中にいるみたいで。

 拓海にとって、いや、間違いなく彼女にとっても、とても幸せな時間だった。

 楽しい時間はあっという間で、気づけば辺りはすっかりと暗くなり、この園の目玉である、幻想的なパレードと花火のショーが始まる。

「綺麗……」

 自分にぴったりと寄り添い、目の前で繰り広げられるパレードにうっとりと見入っている幸子。

 拓海にとってはパレードよりも、ほんのりと青白く光りながら目を細めている彼女の方が、何よりも美しかった。


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