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雪の降る街で 第十三章 「終幕」 ③

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第十三章 「終幕」 ③


 作戦開始を四十分後に控え、対策本部は慌ただしさをみせていた。

 宮本の自決の衝撃は尾を引いていたものの、盗まれた核への対処を怠る理由にはならない。

 爆撃目標は仲木戸の立て籠もるタワーだが、核の在り処は分かっていなかった。恐らく起爆装置を彼が持っている、との憶測からだが、時限式や遠隔式で仕掛けられていた場合は全く意味をなさない。

 とはいえ、彼の言動から時間が無いことは推察され、少なくとも首謀者の息の根を止めることで事態を収束に向かわせることが出来ると判断された。

 そんな中、掛かってきた仲木戸からの電話。

「さて、そろそろこの戦いを終わりにしようと思います。最高のフィナーレをもってね」

 相変わらず飄々とした口調の彼。

「君は本当に……核を使うつもりかね?」

 久峨の掠れた声。

「さあどうでしょう? いずれにせよ今回の事態に相応しい幕引きにはしたいと思います」
「見損なったぞ。この国を愛する君だからこそ、核だけには手は出さないと信じていた」

 彼に親近感を抱いてしまっていたのか、悔しそうな表情を浮かべる久峨。

 この作戦に最後まで首を縦に振らなかったのも彼だった。

「愛し方は人それぞれでしょう。少なくとも、忘れっぽい国民には強烈なトラウマが必要だと思いませんか? あの敗戦の記憶は、八十年に渡りこの国を機能不全にしたのですから。強盗に対して無抵抗でいるべきだと主張する、自称平和主義者達を大量に生み出して」
「それでも核は使っちゃいかんのだ!! 日本は!!」

 顔を真っ赤にして久峨がテーブルを叩く。

「やっとご自分の言葉で語ってくれましたね、総理」

 嬉しそうな仲木戸の声。彼もまた、久峨に親しみを覚えていたのかもしれない。

 しばしの沈黙を挟んで、彼が再び口を開いた。

「さてと、時間ですかね。皆さん、私のバックに掛かっている曲はご存知でしょうか?」

 彼が操作したのか、BGMの音量が一気に上がる。確かめるまでもない、不朽の名曲。 

「知ってるも何も、第九じゃないか」

 訝しげに答える久峨。

「その通り。ベートーヴェンの〝歓喜の歌〟です。ちなみにこの曲はあと十五分で終わる。その時、何が起こるかは敢えて言いません」

 誰もが固まる。あと十五分。作戦開始まではあと三十五分。

「何を……言ってるんだ、君は? そんなことをしたら君も死ぬじゃないか」

 仲木戸は笑った。いつもの小馬鹿にした感じは無い。

「もとより生き延びるつもりなど毛頭ない。私は武人としてここで大義を全うする。文字通り、腹を切ってね」

 Wir betreten feuertrunken. Himmlische, dein Heiligtum!
(我々は炎のような情熱に酔いしれて、天空の、貴方の聖域へと!)

 フル装備で出撃の時を待つ敏生と夕陽。周りが気を利かせてくれたのか、ブリーフィングルームには他に誰もいない。

 その気遣いに少しだけ甘えて、控えめに手を絡め合う。

「ねえ、敏生」
「ん?」
「あのね、新潟出身の娘に聞いたんだけど、あのビル、デートスポットなんだって。夜景がとっても綺麗だって。きっと沢山の家族やカップルの思い出の場所なんだろうな、って」
「夕陽」

 そこにいたのは上官の目をした彼。

「嫌なら今すぐ降りろ」

 いつになく厳しい口調。

「ごめんなさい……」

 叱られて当然だ。失敗は許されぬ、重要で危険な任務。僅かな雑念も命取りとなり得る。

「思い出はまた作れる。生きてさえいれば」

 絡める手に力を籠める彼。

「ん……」

 夕陽も彼に応えて指を返すと彼の肩にそっと頭を預けた。その時。

 Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt;
(貴方の魔力は再び結びつける。時が強く分かつものを)

「あれ? この曲……」

 艦内のスピーカから突如響いた曲。それは聞き覚えのある旋律。

 と、そこに勝野が慌てた様子で飛び込んできた。顔色が蒼い。

「ガイア! イデア! 今すぐ出撃だ!」
「へ?」
「予定が変わった! この曲が終わると同時に核が起爆する可能性が高いそうだ!」

 唖然とする二人。

「そうだ……、って」
「確認している時間など無い! 行くぞ!」

 反射的に立ち上がるも、腑に落ちない。

「最後は青か赤か、とかじゃないの? 核の在り処も分かってないのに……ああもう!」

 パシッと、手のひらで顔を覆う敏生。

「現実は映画みたいにはいかないわね」

 夕陽は肩を竦めると、夫の後に続いた。


 Wem der große Wurf gelungen, Eines Freundes Freund zu sein, Wer ein holdes Weib errungen, Mische seinen Jubel ein!
(大きな幸運を得た者は、真の友を得た者は、献身的な妻を得た者は、歓喜の声を合わせるのだ!)


 突然、照明が落ちたかと思うと、エレベーターが急停止した。

 まじかよ!? 閉じ込められた!?

 光一が狼狽する。

 だが、エレベーターは再び動き始めると近くの階に停まり、扉が開いた。

 停電時の自動救出運転が働いたようだ。

「ここまだ十階じゃん……」

 辺りを見回し、非常階段を見つけると、藍を背負いながら階段室の扉を開けた。

 早く、早くしないと! 

 どのくらい時間が残されているのか分からない。だが、脳が急げと警鐘を鳴らしている。

「てか、さっきから何なんだよ、この曲は」

 光一は悪態をつくと藍を背負い直し、階段を駆け下りた。


 Ja, wer auch nur eine Seele Sein nennt auf dem Erdenrund!
(そうだ、このような世の中に心を許せる人がいるのなら!)


「邪魔者が侵入してきたのでエレベーターの電源を落としました。十五階に居ます」

 報告者は副官の鶴見。彼との付き合いも長かったな、と思い返す。

「奴らか? まだ残党がいたのか」
「恐らく。馬鹿な連中です」

 鼻で笑う鶴見。仲木戸も苦笑する。

「今さらここには何もないのにな。まあいい、道連れだ」
「米軍から核を盗んだ挙げ句、脅してこの国を支配下に置こうなどと、どこまでも狂った連中です。貴方ではないと言った方が良かったのでは?」
「もういい。私の仕業にしておけば今回の事態は全て収まる。どのみち、私の言葉を信じる者などいないさ。君たちにまで汚名を被せることになってしまい、申し訳ないが」

 鶴見は柔らかく微笑むと、窓の外を見た。

「この国は……どうなるのでしょうね?」

 配下の視線の先に目を合わせる。

 愛しい妻と息子と共に生きた祖国・日本。間違いなく幸せな日々だった。

〝好きな人の傍で、明日はその人をもっと笑顔にしたいって思うことのどこがいけないんだよ!?〟

 あの若者の、澱みのない力強い言葉。

 その通りだ。だから。

「あとは彼らを信じて託すだけだ。未来を切り開くのはいつの時代も名もなき若者達さ」

 眼下には、黒煙の上がる市街と日本海。

「さあ、行こうか」

 仲木戸は清々しい笑みを浮かべると、傍らの日本刀を手に取った。


 Küsse gab sie uns und Reben, Einen Freund, geprüft im Tod;
(彼女は私たちにキスと葡萄酒と死に直面した友を与えてくれた)


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あとがき

 んんん? まだ何かが隠されていそうな仲木戸と鶴見の会話ですね。

 そして光一、もっと焦って! 早くしないとアホウドリカップルの編隊が爆撃に来ちゃう!💦

 ということで次回は12月6日(土)に掲載予定です。ぜひ「歓喜の歌」を聴きながらお読みください。

 残すところあと3回、最後までお付き合いいただけますと嬉しいです🙇‍♀️