雪の降る街で 第十三章 「終幕」 ④
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第十三章 「終幕」 ④
「悪趣味な野郎だ。神にでもなったつもりかよ」
インカムから流れてくる「歓喜の歌」に敏生が吐き捨てる。
クリスマスに夕陽と共に壮大なベートーヴェンの世界に酔いしれたのは、僅かふた月ほど前のこと。
二人を恍惚の余韻で包み、夜を徹して愛し合わせた曲が今、この地を終末に向かわせようとしている。
「イデア、このまま高度千フィートを維持」
「ガイア……、本当にやるんだよね?」
2機のF35Bの胴体下に吊るされたバンカーバスター・GBU-28。
搭載重量は問題無かったが、あまりにも大きいため機体内部には格納できず、ステルス性は犠牲にせざるを得なかった。
既にアイビスタワー以外はほぼ制圧され、敵の防空網も無力化されているはずだが、楽観は許されない。
敵は、稀代の天才軍略家。
敏生は静かに頷くと、前方を睨みつけた。
「ああ。終わらせるんだ、俺達の手で。この国の、未来の為に」
Ihr stürzt nieder, Millionen? Ahnest du den Schöpfer, Welt?
(ひざまずくか、民衆よ? 創造主を感じているか、世界よ?)
Such' ihn über'm Sternenzelt! Über Sternen muß er wohnen.
(天空にいる創造主を見よ! 星の向こうに創造主は必ずいるのだ)
「ったく、何やってんだよ! 時間が!」
何度も腕時計を見ては舌打ちする相原。至急の退避命令を受けていたが、二人を見捨てる訳にはいかない。
いざとなれば自分が身を挺して二人を守るつもりでいたが、核兵器が相手では話にならない。
考えあぐねていると、玄関のドアが開き、漸く光一が飛び出してきた。
「コウ!! ここだ!! 藍ちゃん!?」
「大丈夫! 気絶してるだけです!」
「よし! 貸せ! 早くしないと海自の戦闘機が爆撃に来る!」
「マジっすか!?」
相原は光一から藍を受け取ると、ヘルメットを被せてあらかじめ開けていた砲手席に押し込み、自らも車長席に乗り込んだ。
「いいぞ! バックで出せ!! コウ!!」
エンジンは相原が既に掛けていた。
一〇式戦車は前進も後進も最高時速70キロ。
それなら爆撃に対して強固な正面装甲を向け、バックで撤退した方が生存性は高まる。
光一は相原の指示に力強く頷くと、アクセルグリップを握った。
〝コウちゃんに知ってもらいたかったんだもん。あたしの故郷〟
ふと、脳裏に響く菜々の声。
だから約束しただろ? 春になったらあの桜を見に行こうって!
「いけえええええぇ!!」
絶対に生きて帰ってやる! 菜々!!
三人の乗る一〇式戦車はバックのまま猛然と走り出した。
Seid umschlungen, Millionen!
(抱き合おう、民衆よ!)
Diesen Kuß der ganzen Welt!
(このキスを世界に!)
「よし、信濃川で高度二百フィートまで降下。気をつけろ、イデア」
「了解」
二機は五十嵐浜から新潟市上空に進入すると、JR越後線を目印に北東へ針路を取った。
その先にあるのは仲木戸が立て籠もる、アイビスタワー。
信濃川が見えると、敏生と夕陽は二百フィートの超低空まで一気に高度を落とした。
本来、バンカーバスターは高高度から投下し、落下の運動エネルギーを利用して分厚いコンクリートをぶち破り、地中深くの軍事施設を破壊する兵器だが、今回の目標は爆撃など想定すらしていない一般的な超高層ビル。
何よりも求められるのは、首謀者たちを確実に仕留めて核の起爆を阻止すること。
ゆえに、危険ではあったが経験不足を補う意味でも低空からの爆撃を選択せざるを得なかった。
Tochter aus Elysium
(天空の楽園にいる乙女よ)
衝撃波で川面が激しく波立つ。
対空砲火は来なかった。
崩落した県庁や体育館、デパート。立ち昇る数多の黒煙。
これが戦禍の跡。平穏な日常が流れていた場所の、変わり果てた姿に夕陽が唇を噛む。
きっと前を行く敏生も同じ想いに違いない。
「投下準備」
迫る目標の超高層ビル。
敏生の指示で夕陽がリリースボタンに手を掛けたそのとき。
そんな――――――!!
「敏生!! まだあの陸自の戦車が!!」
「ダメだ!! 間に合わん!!」
「くっ……!」
そうだ。あの一両のために躊躇えば、何十万人もの罪の無い市民に被害が及んでしまう。
Freude! schöner Götterfunken!
(歓喜だ! 素晴らしき神の煌めきよ!)
歓喜の歌が終わりに近づく。もう残された時間は無い。
お願い!! そこの戦車、逃げ切って!!
「投下!!」
心の中で叫びながら、夕陽は投下ボタンを押した。
二機のライトニングから放たれたバンカーバスターがGPS誘導で放物線を描きながらビルの根元に吸い込まれていく。
「ブレイク!!!」
ビルに激突するかというギリギリのところで、二機は左右に散開すると、爆発に巻き込まれないようフルスロットルで天空へと駆け上がった。
その衝撃波でビルの窓ガラスが一斉に破裂し、勢い良く飛散した。
Seid umschlungen, Millionen!
(抱き合おう、民衆よ!)
Diesen Kuß der ganzen Welt!
(このキスを世界に!)
さすがの仲木戸も、いざとなるとやはり躊躇いは生じた。
刃先を腹に当て何度も何度も深呼吸する。
だが、目を瞑り妻子の顔を思い浮かべると不思議と心が落ち着いた。
これがこの国への最後の奉公……。俺は……大義に殉じる。
いくぞ。晴香! 大樹!
歯を食いしばると一気に力を込めた。
腹を貫ぬく日本刀。激痛が身体を支配する。
「おおおおおおおおおおおおおおおッ」
日本刀を横にひく。
切り裂いた腹から血が激しく吹き出し、臓物が溢れる。
凄まじいまでの激痛。顔色は土気色に変わり果て、苦痛に歪むもその目はただ一点を見据えていた。
己に引導を渡さんと迫ってくる漆黒の翼を!!
全てが、全てが終わるのだ。これで……。
苦痛に歪んでいた唇が綻び、笑みが零れる。
次の瞬間、まるで神の降臨を思わせるかのような眩いばかりの閃光に包まれ、彼はその意識を永遠に手放した。
Freude! schöner Götterfunken!
(歓喜だ! 素晴らしき神の煌めきよ!)
背後から轟音と共に超低空で迫ってくる海自の戦闘機。
彼等は一瞬にして光一達の頭上を過ぎ去ると、ビルをなぞるように窓ガラスの破片を巻き上げながら上昇していった。
遅れてビルの低層階に吸い込まれていく二個の超大型爆弾。
その様子は光一の目に、スローモーションの様に映っていた。
もっと速く! もっと速く走れるだろう一〇式はあああああ!!!
「コオオォォ!! いけいけいけええっ!!!」
「うらああああああああああああああっ!!!」
相原も光一も絶叫する。ごく僅かな、生への望みを掛けて。
Götterfunken! (神の煌めきよ!)
菜々――――――!!!
真っ白な光の中で、彼女が穏やかに微笑んだような気がした。
*
放たれた二つのバンカーバスターは、ビルの窓ガラスを容易く突き抜けると、吹き抜けを落下し、ロビーの床を大きく突き破った。
通常爆弾として地球上で最も凶悪と言われるバンカーバスター。その威力は凄まじかった。
地階で炸裂した爆発のエネルギーはビルの吹き抜けに導かれてそのまま上昇し、各階のフロアを次々とぶち抜いて一気に屋上まで到達すると、この地のランドマークを一瞬にして木っ端微塵に粉砕した。
その巨大なキノコ雲は、三十キロ以上離れた佐渡島からも、はっきりと見てとることができたという。
こうして、ひと月に渡った西南戦争以来の内戦は、首謀者の死で幕を閉じた。長きに渡って平和を謳歌し、戦禍の記憶を失いつつあった国民に、再び恐怖と悲しみを刻みつけて。
もっとも、この地に最後まで止まり、果敢に戦った名も無き一両の戦車のことを気に留める者は誰一人としていなかった。
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次の話 雪の降る街で エピローグ ①|京
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
炸裂した最凶最悪のバンカーバスター。
アホウドリカップルは無事離脱できたのか? 光一は、藍は、ジンさんは果たして無事なのか? 菜々ちゃんの容態は?
そして次回12月9(火)に掲載予定のエピローグ①で、この事変の真相がついに明らかに!
どうか、最後までお付き合いいただけますとありがたいです🙇♀️
なお、まもなくクリスマスなので、サントリー公式チャンネルから、ベートーヴェン第九第四楽章「歓喜の歌」の参考動画(歌詞付き)を下記に掲載しておきますね。
私は1万人の第九は2011年のものが好きなのですが、違法ダウンロードのものしか見当たらないので、歌詞も付いているしこちらにしました💦
