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雪の降る街で エピローグ ①

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


エピローグ ①


 自宅の扉を開けるとひどく懐かしい匂いがした。

 これまでも航海で長いこと家を空けることはあったが、今回はいつもとは違う感覚に捉われた。安堵感とでもいうのだろうか。

「ただいまー」

 敏生は妻に先に家に入るように促し、荷物を玄関に運び入れると、後ろ手に扉を閉めた。

「ふー」

 ひと息つき、靴を脱いで家に上がる。

 寝室に荷物を置き、上着をハンガーに掛けてから居間に向かうと、夕陽が未だ制服姿のまま、居間の入り口でぼうっと突っ立っていた。

「夕陽? どうした?」

 心配して覗き込むと、夕陽がパッと振り向き、キッと睨んできた。

「頭撫でて」
「へ?」

 戸惑いつつも、敏生はポンと手を彼女の頭に乗せると、よしよしと優しく撫でる。

「次は抱っこして」
「あ、ああ、はい」

 そっと抱きしめると、妻の表情が曇る。

「もっとギュってして!」
「は、はいっ」

 ぎゅうっと両腕に力を籠めると夕陽が吐息を漏らす。

「キスして!」
「言われなくても……」

 見つめ合うと唇を重ねる。

 久しぶりの癒しのとき。次第に二人の息遣いが激しくなる。

「好き! 結婚して!」

 大きな瞳でじっと見つめてくる妻が可愛すぎて、思わず苦笑する。

「もうしてます」
「じゃあ今すぐ抱いて!」

 そう言うや否や夕陽は制服を脱ぎ捨てた。

「おおっと、制服皺になる……」

 制服を拾おうとした敏生を遮り、夕陽が唇を重ねてきた。こんな彼女は初めてだ。

「敏生……としきぃ……」

 小さな身体が震えている。その目に涙を認めた敏生は、心得たように彼女を抱き上げると、居間のソファに乱暴に押し倒した。

「お願い。あたしを滅茶苦茶にして……」
「ああ。忘れさせてやるよ、全て。寝かせないから覚悟しろよ」

 敏生は夕陽の頤を掴むと、唇を塞いだ――――――


「で、妊娠した、と」
「でへへ」

 相好を崩して照れまくる日本最強のファイターパイロット。

「お前、俺のときは散々デキ婚って馬鹿にしたよな?」

 呆れたように刑部が突っ込む。

「おうよ。俺はちゃんと順序守ったぜ」
「お前バカ。本当にバカ」
「バカバカ言うな。生まれてくる子が男の子だったら絶対、姫ちゃんを門真家の嫁にして吠え面かかせてやるからな」
「させるかよ。お前と親戚なんてごめんだ」

 相変わらずの漫才コンビに、眉間を抑えたのは飛行隊長の勝野。

「で、神月はどうするつもりなんだ?」
「いやもう、思ったよりツワリも軽くて、幸せそうにたまごクラブ読んでますよ」
「そうじゃなくてパイロットだ!」

 怒鳴られて、うぐっと言葉に詰まる。ほれみろ、といった表情で刑部がそっぽを向く。

「産休でエリミネートは無いっすよね?」
「ただでさえファイターパイロット不足の海自だぞ? しかも神月はトップクラスの腕前、簡単にエリミネートにしてたまるか」

 勝野はどかっと背もたれに寄り掛かった。

「ただし、現在の規定では出産後二カ月以内には飛んでおかんと免取だ。内局に改定は働きかけるが、あとは神月の気持ち次第だな」

 その言葉にギクリとする敏生。

 もともと家事一切が得意の夕陽。お裁縫もお手の物で、嬉々として赤ちゃん用のグッズを作り始めている。

 まるで自分がファイターパイロットであることを忘れてしまったかのように。

「続けるつもりはありそうなんですが、ね」

 この場ではそう言っておくしかない。

「じゃあ産休に入るまでデスクワークに回しておくぞ。基地広報のヘルプだ」
「ええっと、人前に出るのは……」
「安心しろ。気を使う仕事はさせん」
「へへ。ありがとうございます、隊長」

 敏生は頭を下げると、隊長室を出た。

 正直、夕陽にはパイロットを続けて欲しい。自分は厳しい男社会を必死に突き進む彼女に惚れたのだ。

 もっともあの事変が彼女に及ぼした影響の大きさも分かっている。

 メッセへの爆撃で事件に幕を下ろしたのは自分達。首謀者達が爆撃前に自決していたらしいことは知らされていたが、瓦礫の山と化した凄惨な現場がテレビに映る度、目を背けたくなるのは自分も同じだ。

 いずれにせよ出産までは長丁場。その先に彼女がどんな結論を出そうとも、夫としては妻の決断を正面から受け止めるだけだった。

「さてと、今日も頑張っちゃおうかなっと」

 敏生は大きく伸びをすると、足取りも軽やかにブリーフィングルームへと向かった。
 
           *
 
 同じ官舎に住む福山が槙村を訪れてきたのは、土曜日の昼下がりのことだった。若葉は福山に出すものがないと、慌てて買い物に出て行った。

 もっとも人払いが必要な話だったので、渡りに船ではあったが。

「核が盗まれたのは実は三年前だったと?」

 絶句する槙村に、福山はゆっくりと頷いた。

 宮本が残していた遺書。

 その内容を槙村だけには伝えておきたいとのことだった。

「全ての真相が克明に記されていたよ。仲木戸は誰にも言うなと言っていたらしいが、真の国士に汚名を被せることだけは忍びないと、内緒で認めていたらしい。久峨総理宛でね」

 槙村が息を呑む。

 今回の事態では腑に落ちないことが多すぎた。だからこそ真相は知りたい。身を乗り出す槙村に、福山は話を続けた。

「米軍は当初、米国政府にも内緒で行方を追っていたらしい。こんなことが明るみに出たら大スキャンダルだからね。だが、やがて米国政府の知るところとなり、総力を挙げて在り処を突き止めた時には、取り返すことが難しい状況に追い込まれていた。なんせ、新潟市街のど真ん中に運び込まれていたのだから。それも彼の国が購入した土地に」

 仲木戸が演説で言及した土地。

 彼はあのとき、それを既に暗示していたのだ。

 なぜ気づかなかったのか。諜報に携わる者として臍を噛む思い。福山もまた、同じであろう。

「まさか日本有数の市街地のど真ん中でドンパチする訳にもいかない。とはいえ、そのまま手を拱いている訳にもいかない。困った米軍は一人の男に相談を持ち掛けた。それが三楯会の領袖で、市街地戦闘のエキスパートとして一目置いていた仲木戸だった」

 数多の共同訓練を通じ、彼の天賦の才は米軍にも広く知れ渡っていた。

 だが、三楯会のことまで知られていたとは。米国の圧倒的な情報収集力に改めて戦慄を覚える。 

「勿論、相談を持ち掛けられたところで仲木戸が独自に部隊を動かすなど、出来るはずがない。だが、彼は状況を調べていくにつれ、この間接侵略が抜き差しならぬところまで進んでいることを知った。その切り札として、奴等が核を盗み出したことも」

 彼の心境は如何ばかりであったか。国が危機に瀕している。だが、気づく者はいない。

「国に報告したところで、このような事態に対処する為の法制など無く、碌な対応が出来ないばかりか、いたずらに奴等を刺激してしまう。そのような中で彼は妻子を殺された。公私共に窮まった彼は一計を案じた。武装蜂起し、占領することで新潟を日本の法治下から外し、核と共に奴等を一掃することを」

 衝撃。

 思いもつかぬ策。国を守る為に、国と戦うなどと。

 確かに、新潟が日本でなくなれば、法に縛られる必要も無くなる。彼の国の土地に隠された核の差し押さえも、そして市井しせいに紛れ込んだ、活動家や工作員ネズミ達の処刑も。

 戦争状態を創り出してしまえば何でもありだ。

 市民を避難させたのも戦火に巻き込まない為の配慮だけでなく、ネズミ達の捜索と選別も目的だったのではないだろうか?

 山本山の戦闘は核の回収と米軍への引き渡しや、ネズミ達の捜索の為の時間稼ぎ。都心への空爆は腰が引けて攻めてこない国への挑発。

 そして周辺国から彼らをがっちりと守るように、三個もの空母打撃群を日本海へと派遣した米国の動き。

 厳重な緘口令が敷かれている米陸軍のエイブラムスとの戦車戦闘も、功労者の仲木戸達を守り、彼らを爆撃前に極秘裏に米国へ逃そうとしたのかもしれない。

 その後、バンカーバスターで日本政府の目を欺き、処刑した多くのネズミの死体もろとも、全ての証拠隠滅を図ろうとした。

 だが、国を守るためとはいえ、多くの仲間たちを手に掛けた彼らは、もとより生き延びることを潔しとしなかったーーーーーー

 槙村の中で全てが繋がる。

 ひとつひとつの事実は、見方が変われば真実すら変えてしまうことに改めて薄ら寒さを覚える。

「三楯会のメンバーは誰もが喜んで手を挙げたらしい。例え逆賊の誹りを受けようとも、祖国の為にその身を捧げんと」

 間接侵略に対抗する為、三島由紀夫が設立した楯の会の流れを汲む組織だ。彼らにとっては我が意を得た思いであっただろう。

「真相を知って久峨総理は涙したそうだ。何で自分に言ってくれなかったのかと。あの方も最後は仲木戸に共感されていたからね」
「このことは公表されないのでしょうか」
「社会はバランスが肝要、左右いずれにも振れすぎるのは良くない。それに彼の国や米国との今後のこともある。総理のご判断だ」

 言われて素直に納得できる。

 今回の件で関わりを持つことが出来たこの国のトップは、やはり一角の人物だった。それは槙村にとっても非常に得難い、貴重な経験だった。

「……それからもう一つあってね」

 福山の目が一瞬、宙を泳ぐ。

「山本山で戦死した第一戦車大隊の幹部達も全員、三楯会のメンバーだった」
「まさか……」

 あまりの衝撃に言葉を失う。

「偶然にしては出来過ぎだと思わなかったか? 橋本君以外の幹部が全員戦死するなどと」

 確かにその通りだ。

 混沌とした戦場で指揮官だけ狙い撃ちなど、誰かが誘導しないと出来ない芸当。当時は考えも及ばなかったが。

「じゃあ、橋本が一戦車に異動したのは……」

 福山が頷く。

「仲木戸が中山大隊長に託したんだそうだ。未来の希望を、奴等の魔の手から全力で守って欲しい、と」
「このことは橋本には……」

 知ったら彼女は確実に傷つくであろう。

「勿論、言えんさ。君と私が墓場まで持っていけばいい話だ」
「そうですね」

 世の中には知らない方が良いことが沢山ある。それがこの世界の掟。

「和馬!」

 大声で呼ばれ、現実に引き戻される。

「あ、ああ若葉、お帰り」
「どうしたの? ぼーっとして。あれ? 部長さん帰っちゃった?」
「ああ、奥さんに呼び出されてたよ」
「え~、折角おつまみ沢山買ってきたのに」

 若葉は短く溜息をつくと、にかっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「よし、じゃあ今日は夫婦でとことん飲んじゃおっか?」

 若葉が冷蔵庫を開け、ガサゴソと野菜室を漁る。

 じゃーん、と言って嬉しそうに取り出したのは夕陽から貰った「獺祭だっさい」だった。

「あれ? 女子会はどうしたんだよ?」
「喧嘩売ってんの? 藍はいなくなっちゃったし、夕陽ちゃんは赤ちゃんできちゃったから女子会は当面延期って言ったでしょ!」

 ぷくっと膨れる男前の嫁。

「そっか、じゃあ遠慮なく」

 手を伸ばしてパシッと若葉に叩かれる。

「なんだよ」
「こら。何か言うことはないの?」

 女性の気持ちには疎い方だ。妻が何を求めているのか分からない。

 だから、落ち着いたら言おうと思っていたことを口にした。

「愛してるよ、若葉」

 きょとんとする妻。だが、次の瞬間には顔から火を噴かんばかりに真っ赤になった。

「ちょっ、な、何言ってんのよ、いきなり! ばか!」

 ばかは無いだろう、と苦笑しながら妻を見ると、若葉は声を上げて泣き出した。

「……お腹でも痛いのか?」
「ばか! 嬉しいんだよおっ!」

 子供のように泣きじゃくる妻をどう宥めてよいか分からず、槙村は彼女の頭に手を乗せると、そっと撫でてみた。


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あとがき

 まずはアホウドリカップルご懐妊♪
 アホウドリの空とは異なる世界線ですが、この後は同じような道を辿るのでしょうね😌

 そして、ついに全ての謎を解き明かしてくれた宮本の遺書。

 今回の事変は、最初から最後まで、全てが天才軍略家・仲木戸の手のひらで動かされていたことでした。

 しかしながら、これが世間に公表されることはなくなりました。彼の国や米国との関係を考えると、日本の弱い立場では致し方ないところですね💦

 全ての業を背負い、仲木戸は逝きました。国のため、自分の最期まで、予め全て道筋を立てていた彼に、改めて作者として敬意を表します🫡

 さて、次回は12月12日(金)に掲載予定、いよいよフィナーレです。

 藍は、光一は、そして菜々ちゃんは果たして無事なのか?

 万感の思いを込めて幕を閉じます。

 最後までお付き合いいただけますと嬉しいです🙇‍♀️