雪の降る街で 第十三章 「終幕」 ②
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第十三章 「終幕」 ②
若葉は泊まり込みで対応に追われていた。
彼女の職場はミサイルの被害から免れたが、救護や片付けの対応が一旦落ち着くと、今度は省内の業務立て直しに奔走することとなった。
国の防衛体制に寸分の隙も作るわけにはいかない。誰もが使命感に燃えていた。
「槙村二尉、休憩を取ってきなさい。働き詰めはよくない」
時計を見ると昼休憩はとうに過ぎていた。
「分かりました。三十分で戻ります」
頭を下げ、パンと牛乳を買いにPXへと向かう。
途中、スマートフォンを確認するが、和馬からの連絡は無い。
任務に集中しろと言ったのは自分。淋しさは募るが、前線の司令部に詰めている夫に我儘など言えるはずもない。
そして、その最前線では彼女の大親友が命懸けで戦っている。女性車長の獅子奮迅の活躍の報は省内を駆け巡っていた。
藍、大丈夫かな。
親友だからこそ良く知っている、外面とは裏腹の彼女の脆さ。
「あれ?」
ふと、違和感を覚え、首元に手をやる。
ない、ない。
慌てて服の中を探ると、お腹のところで引っ掛かっていた。学生時代に親友と一緒に買った、お揃いのネックレス。
「藍……」
若葉は切れたネックレスを握り締めると、嫌な想像を振り払うかのように首を振った。
*
最上階への階段を上り切ると、藍はノブに手を掛けた。
光一は下の階に置いてきた。何かあれば直ぐに逃げるよう指示を出して。
分かっていた。もう彼に戦う気など無いことくらい。そして彼の考えている落しどころも。
だから止めたかった。誰にも邪魔されたくなかった。
深呼吸すると、藍は扉を開けた。
果たして彼はそこにいた。見間違える筈など無い、凛々しい立ち姿。
藍は彼に向けて銃を構えると、ゆっくり歩み寄った。
「……とても良い眺めね。全てを見下ろす気分はどう?」
彼はフッと笑うと、ゆっくり振り向いた。
「すまない、気の利いた台詞が思い浮かばないよ」
穏やかな笑みを浮かべる彼に心臓が鳴る。
悲しみ、怒り、後悔、無念、諦め、空虚、そして絶望。彼の目を見つめただけで、渦巻いていた様々な感情が一気に氷解していく。
「成長したな、藍。見事な指揮だった。ここに至るまでも、そして先ほどの戦車戦闘も」
変わらぬ、包み込むような優しい眼差し。
「あれから二年経ったのよ。色々あった。あたしだって成長するわ」
冷たく突き放す。そうでもしないと、今にも彼の胸に飛び込んでしまいそうだった。
「女は強いな。男はいつまで経っても子供だがね」
自嘲気味の彼の言葉に藍が沸騰する。
「やめてよ! あたしは強くなんかない!」
大声で彼の言葉を打ち消す。滲む涙を堪えながら。
「最初から知ってたんでしょ!? あたしがDIHのスパイだって!」
「ああ、知っていたよ」
仲木戸の告白に藍の肩がビクッと震える。
「じゃあ……何で優しくしたんですか……」
無理だった。頬を伝うひとすじの雫。
「将来有望な部下を預かった以上、しっかりと育て上げることが上官の務めだ。例えいつか裏切られることになろうとも、君を育てることはこの国の未来の為だと考えていた」
銃を構えるも、涙で照星が定まらない。
「だが、ある日気づいた。いつの間にか、自分が別の感情で突き動かされていたことに」
その言葉に、藍は照門から視線を上げた。
「君を愛していた」
時が止まる。空耳ではない、確かな彼の言葉。身体が震える。
「今さら……今さら言わないでよ! あたし、その言葉を……どんなに……」
藍は銃を下げると、その場に座り込んだ。ただ、一人の女性に戻って泣きじゃくる。
一番欲しかった言葉が、こんなところで。
「ずっと、言うべきか悩んでいた」
分かっている、彼の言いたいことくらい。
「好き……。今でも、貴方のことが……」
何も考えられない。もう、彼のことしか。
「お願い、あたしを連れて行って。止められないのなら、あたしが麗子になりたい……」
気づいていた。彼の背後に立て掛けてあった日本刀に。仲木戸がそっと手を広げる。
「こっちにおいで」
藍は促されるまま、よろよろと立ち上がると、彼の胸に飛び込んだ。
「賢治さん……」
「藍……」
彼の手が頬に掛かる。どちらからともなく近づく唇。だが。
「うっ……?」
突如、藍を襲った鈍い衝撃。鳩尾に食い込んだ彼の掌底。
視界が暗転する。
「け……んじ……さん……」
崩れ落ちる藍を仲木戸は抱き止めると、額にそっとキスを落とし、その場に横たえた。
「終わったよ。彼を連れて来てくれ」
携帯で配下を呼ぶと、少し経って騒々しく階段室の扉が開いた。
「くそっ!! さっさと殺せばいいだろっ!!」
両脇を二人の配下にがっちりと抱えられ、連れて来られた若手下士官。彼は床に横たわる藍を認めると、猛然と暴れ始めた。
「てめえ……! 藍さんに何をした!?」
飛び掛かろうとして組み伏せられる。
「元気のいい若者だな」
仲木戸は苦笑すると配下達を制した。
「安心したまえ。ただ気絶させただけだ」
彼の配下達は光一を解くと、敬礼をし、フロアから出て行った。
「何でこんな酷いことが出来るんだよ? 藍さんは、あんたとの未来を夢見ていたのに」
光一は藍の傍らで膝をつくと、目に涙を滲ませ項垂れた。
「彼女は非常に優秀な人材だ。恋愛や家庭などで小さくまとまるべきではない」
仲木戸の言葉にカッと目を見開く光一。
「小さな幸せの何が悪いんだよ!? 好きな人の傍で、明日はその人をもっと笑顔にしたいって思うことのどこがいけないんだよ!?」
あの夜、彼への想いを吐露し涙に暮れた藍。そんな彼女があまりにも不憫で悔しかった。
「その幸せはあくまで安全の上に成り立っている砂上の楼閣だ。国の根幹が脅かされればそのようなことは言っていられなくなる」
「そのために自衛隊がいるんだろ!?」
仲木戸は溜息をつくと、視線を逸らした。
「警察力や正規軍では対処できない事態が起こらんとしていた。いわゆる不正規戦争というやつだ。それに気づかぬほど、この国は蝕まれていた。根底を断ち切るには多少手荒だが、こうするしかなかった。大事の中に小事なし、小さな犠牲はやむを得ない」
何を言っているのかさっぱり分からない。だが、ひとつだけ、どうしても許せなかった。
「あんたにとって藍さんの気持ちは小さなことだったのかよ? 藍さんは今でもあんたのことを思って涙を流しているのに!」
「黙れ!! 貴様に何が解る!?」
突然声を荒げた仲木戸だったが、すぐさま我に返った様子で咳払いをした。
「君と議論している暇など無い。もうじきここは狙われる。今すぐ彼女を連れて逃げろ」
そう言うと、仲木戸は光一に背を向けた。
「狙われるって……」
「君が知る必要は無い。真実はいつだって闇に葬り去られるものだ」
それでも光一が戸惑っていると、仲木戸は少しだけ振り返り、
「行け!!」
と、一喝した。
その迫力に慌てて藍を背負う若者。そして背後でパタン、と扉が閉まる。
さようなら、藍。
仲木戸はそっと目を瞑ると、手元のスイッチを押した。
O Freunde, nicht diese Töne! Sondern laßt uns angenehmere anstimmen und freudenvollere.
(おお友よ、このような音色ではない! 心地よく歌おうではないか。喜びに溢れた歌を)
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
ついに再会を果たした藍と仲木戸。藍が求めて止まなかった彼の言葉がこんなところで。
しかしながら、その直後に待っていたのは、恐らくは今生の別れでした。若葉の切れたネックレスが気になりますね。
「麗子」って誰? という方は是非、仲木戸がバイブルと言っていた三島由紀夫著「憂国」をお読みいただければ、と思います。
そして、光一と仲木戸の対峙、いかがでしたか? どちらも正義なんです。ただ、それぞれの世界と、視点が異なるだけ。
さて、仲木戸は何を企んでいるのか? 最後のフレーズはドイツ語です。ピンと来た方、次回までナイショですよ🤫
ということで、次回は12月3日(水)に掲載予定です。残り4回、仲木戸の用意した終幕(フィナーレ)はあと2回、お見逃し無く。
最後までお付き合いいただけますとありがたいです🙇♀️
