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アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 ③(残り2話です)

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【エピローグ】王であれ農民であれ、家庭に平和を見出すものこそ最も幸福である。 ドイツ人詩人・小説家 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ ③


 大海原をゆく武骨なシルエットの一群。

 圧倒的な威圧感を漂わせ、悠然と進む様は明らかに客船や貨物船といった類のものではない。

 そして一群の中心に鎮座するのは一際巨大なグレーの艦影。全通式の広い甲板にアイランド型の艦橋、艦尾にはためく真紅の旭日旗。

 海上自衛隊が誇るCV188・空母「しょうかく」だ。

 満載排水量七万トンをゆうに超え、あの戦艦「大和」に迫る、戦後日本における最大の戦闘艦。最新鋭戦闘機F3「烈風」三個戦闘飛行隊、三十六機を搭載し、一番艦の「ずいかく」と共に周辺諸国とのミリタリーバランスを保つ存在として君臨している。

 そんな良くも悪くも国内外の衆目を集めるこの巨大な戦闘艦の艦橋の裏手で、ひとりキャットウォークの落下防止柵に肘をつき、物憂げな表情で大海原を見つめる白い制服姿の女性。

 意志の強そうな横長の目に、気の強そうなすらっとした眉。

 彼女は刑部姫子おさべひめこ二等海尉。

 女性ながらF3「烈風」を手足のように自在に操る、「しょうかく戦闘航空団」の自他ともに認めるトップエースだ。

 そんな彼女が時折、胸元のロケットを手に取り、中を開けては溜め息を繰り返している。

「姫ちゃん?」

 呼ばれてビクッと肩を震わせ振り返ると、そこに居たのは彼女が幼い頃から憧れてやまない女性。

「おばさま……じゃない、司令」
「休憩時間中だから〝おばさま〟でいいわよ」

 苦笑しながらゆっくりと歩み寄ってくるその女性は、「しょうかく」空母打撃隊群の司令を務める門真夕陽海将補。トレードマークのショートボブを靡かせた美麗な容姿は、まだ三十代と見紛うくらい若々しく、とても五十に差し掛かろうかという年齢には見えない。

 かつては、海自戦闘航空隊の絶対的な女性エースパイロットとして名を馳せた女傑でもあり、そして。

「どうしたの? ぼんやり海なんか眺めちゃって」
「え、あ、いや。その、和生……、今頃どうしているかなって。和生、すごくモテるから」

 幼い頃より憧れてやまない彼女に覗き込まれ、思わず赤面し顔を逸らす。

「ありがとうね、あのバカ息子をそこまで好きになってくれて。大丈夫、あいつ小さい頃から姫ちゃんにぞっこんだから」
「そんな……。あたし、スーパースターの彼と釣り合うような取柄も無いし、彼が大変なときに傍に居てあげることも出来ないから……」
「こら、もっと自信持ちなさい。あなたは〝しょうかく〟のエースパイロットなんだから。それにあいつ、ファイナルの前にあたしに何て言ってたか知ってる?」
「え?」
「姫姐が万が一、隊務とかで観戦に来れなくなったら、お袋のこと一生恨むぞ。俺は姫姐にかっこいいところ見せるために、ここまで頑張ってきたんだ、って」

 そこで一旦言葉を切り、おどけたようにウィンクしてみせる艦隊のトップ。

 和生、そんなこと言ってたんだ……。

 心の奥からこみ上げてくる幸福感。

「現にあいつ、決勝ゴール決めた後、まっしぐらに姫ちゃんの席のところに走っていったじゃない」

 その言葉に、耳まで真っ赤になる姫子。

 そう、姫子の婚約者は「KK7」こと、フットボール界の若きスーパースター・門真和生。そして傍らの夕陽は、その名が示す通り、彼の実の母親でもあった。

「姫ちゃんに会えてすごく喜んでたでしょ? 和生」

 恥ずかしさのあまり俯く姫子を、揶揄うように覗き込む恋人の母親。一カ月前、チャンピオンズリーグのファイナルを戦う和生を応援しに、遥々ロンドンまで駆け付けた姫子。

 そしてファイナルの夜、祝勝会の余韻そのままに、禁欲生活から漸く解き放たれた彼と夜を徹して何度も何度も愛し合った。

〝姫姐……俺、姫姐だけだから。これからもずっと〟
〝かずきぃ……あたしも和生だけだよ? ずっとずっと和生だけだよ?〟

 見つめる薬指に輝くのは、激しく身体を重ねた後、年下で幼馴染の彼がはめてくれた、エンゲージリング。それは姫子の全てだった。

「え、あ、はい……」

 彼との濃密な営みを思い出してしまい、ますます顔が上げられない。

「ま、それでもあの子は満足してないみたいだけど? せっかくオフに入って帰国したのに何で姫姐が居ないんだ? って、文句のメッセージが入ってたわ」
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、そうよねー、お互い、好きな人に会えないのはやっぱり辛いわよねー」
「やっぱりおばさまも、おじさまと一緒に居られないのは寂しいですか?」

 姫子の返しに、夕陽が少し驚いた表情を見せてから、柔らかい笑みを浮かべた。

「寂しいわよ、もちろん。数年前まで、ずっと一緒にこの空を飛び続けていたからね」

 めずらしく、彼女の口をついて出た夫への傾慕の情。「魔女」や「鉄の女」とも揶揄される彼女の「女」の部分に俄然興味が湧く。

「止めようとは……思わなかったのですか?」

 そっと瞳を閉じて首を振る夕陽。そんなさりげない仕草が絵になる美しい上官。

「あの人にはずっと……この空を飛び続けていて欲しかったから。だから彼の選択に戸惑いは無かったし、ここだけの話、逆に、組織への忠誠との狭間で迷っていた彼の背中を、あたしが押してあげたの」
「ええっ!? おばさまが!?」 

 悪戯っぽく微笑みかけてくる彼女。

「陸に上がって、書類に判子を押し続けているだけの彼なんて、想像できなかったし、ね?」
「確かに」

 二人でふふ、っと笑い合う。夕陽はふーっと息をつくと、柵に手をつき、身を乗り出すように空を見つめた。

「追いつけなかったなー、結局。二十年以上、一緒に飛び続けて、ただの一度もあの人を超えることは出来なかった」

 そう語る彼女の表情は清々しく、悔しさは微塵も感じられない。

「おばさまは……心残りは無いのですか?」
「一片の悔いも心残りも無いわ。とても幸せなパイロット人生だった」

 うん、と頷くと、ゆっくりと姫子の方を振り返る。

「全力で彼のことを追いかけ続けて、彼もまた、常にあたしの高みでいてくれて。気がついたら、いつの間にかこんなところまで来ちゃってた」

 航空学生出身の女性パイロットで海将補まで昇り詰めたのは、自衛隊史上で、彼女が初めてだった。

 海上自衛隊は帝国海軍以来のしきたりで、出世に於いては学歴よりも実績が重視される。夫の敏生と共に築き上げてきた輝かしい実績だけでなく、そのおしどり夫婦ぶりも相俟って、今や女性自衛官たちの希望の星になっていた。

「かっこいいですもんね、おじさま」

 姫子の言葉に、我が意を得たとばかりに夕陽の顔が誇らしげに輝く。

「でしょー? 姫ちゃんには悪いけど、和生なんてまだまだよ? バロンドールがどんなに凄いか知らないけど、敏生の足下にも及ばない、って言っておいて」

 相変わらず手厳しい夕陽に姫子は苦笑すると、こくんと頷いた。

 和生が小さい頃からこの母親に認めて欲しい一心で頑張ってきたことを知っている。だからこそ、彼女は最愛の息子に試練を課し続けるのだろう。

「さて、明後日には、姫ちゃんたちはお先に基地に帰還でしょ。お父さんとお母さんによろしく伝えておいてね」
「はい! あ、でも……」
「大丈夫よ。葵さんは味方だし、アッシュも見ず知らずの男に姫ちゃんを攫われるよりも、小さい頃から知ってる和生の方が安心でしょ。まあ、あの子、ボコボコにされるかもしれないけど、父親譲りの秘策もあるから」
「秘策?」
「そう、秘策」 

 あっけらかんと笑う夕陽。帰還後、結婚の許しを貰うため、和生と一緒に両親と会うことになっている。母親の葵には和生と付き合っていることを以前から報告していて、応援してくれていたが、父親の太一には面倒なことになると思い、ずっと隠していた。

 それが、チャンピオンズリーグファイナルの決勝ゴール後に、和生が観客席の姫子を指差し、ハートマークを作ってみせたことで、二人の交際が日本中に知れ渡り、そのシーンが連日、TVで流れることになってしまった。

 当然のことながら、姫子はマスコミに追いかけられることとなり、和生がプライベートに踏み込んだ会社は生涯取材禁止にする、と通達したことで一旦は収束したものの、母親によると、太一はたいそうおかんむりだそうだ。

 指定職である、海上幕僚監部人事教育部長の要職にあるだけに、さすがに暴力は振るわないとは思うものの、父の自分への溺愛ぶりを考えると、とても不安になって来る。

「あたし、頑張ります。父に認めてもらえたら、次からはお義母さまと呼ばせてください」
「ふふ、おっけー。楽しみにしてるわ」

 二人で笑い合う。父親の説得は不安でしかなかったが、二日後に大好きな彼と再会できることを思うと、姫子の心は自ずと浮上するのだった。

           *

 三週間の航海を終えた「しょうかく」が横須賀港の逸見岸壁に接岸すると、夕陽は残務処理を終えてから下艦した。

 舷梯を半分まで降りたところで、

「おーい、夕陽!」

 と自分を呼ぶ声がして、驚き、辺りを見回す。

「敏生!? えっ、うそ!」

 視界に捉えたのは、久しく会えなかった、愛おしくて堪らない人。

 足早に、舷梯を駆け降りると、彼の下に駆け寄り、思わずその胸に飛び込もうとして、ハッと我に返る。

 だが、彼もまた、駆け寄ってきていて、その胸に抱き止められてしまった。

「おかえり、夕陽」
「あ、と、敏生。嬉しいけど、ちょっと、人目が……」
「いーのいーの。俺、今は民間人だし、米軍の連中は将官だろうが、もっと派手に家族や恋人と再会を喜んでるでしょ」
「もう……。会いたかった、敏生」
「俺も」

 ぎゅっと背中に腕を回す。何年経っても、変わらず安心できる夫の温もり。

「いつ日本に帰ってきたの?」
「今日の早朝、羽田に着いたんだ。で、家に帰ったら夕奈が居て、夕陽は今日の昼頃に帰港のはずだって聞いてさ。早く会いたくて迎えに来ちゃった」
「ありがとう。すごく嬉しい」

 この歳になっても、相変わらず夫にときめいてしまう。ハグだけでは物足りなかったが、立場上、あとは家に帰ってからだ。敏生はすっと、ハグを解くと、夕陽のキャリーバックを手に取った。

「荷物はこれだけ?」
「うん。ありがとう」

 すっと差し出された手を取ろうとした時。



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