雪の降る街で 第十二章 「追憶」 ②
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第十二章 「追憶」 ②
二日後には新潟市内の要衝の大半が制圧されたが、仲木戸は見つからなかった。
反乱部隊の抵抗も予想外に薄く、ブロックを包囲する度に、下士官に率いられた部隊が次々と投降してきた。
陸自きっての「天才参謀」が指揮しているとはとても思えない。まるで最初から本気で戦う気など無かったかのように。
「拍子抜けだな。奴は何がしたかったんだ」
憤懣やるかたない様子の久峨。
「で、仲木戸はまだ捕まえられんのか? 奴は何処に居るんだ?」
「目星はついています。ここ、万代島埠頭の国際展示場にある超高層ビルかと。ここからだと市内の戦況を一望出来るとのことです」
久峨の問いに答えたのは統幕長の門真。
「アイビスタワーか。例の彼女が言っているのか? ええと、橋本君だっけ?」
「はい」
「彼女様様か。これからは自衛隊も女性の時代だな」
久峨の言葉に門真の口元が綻ぶ。
「ところで福山君はどこに行ったんだ?」
今や、対策本部内で全幅の信頼を得た福山の姿が見えないことに、久峨が気づいた。
「それが……、先ほど連絡が入って、ちょっとまずい事態が起こったようでして。今、米軍に事実関係を確認しに行っています」
久峨が顔をしかめる。
「米軍? 何があったんだ?」
「実は……」
「総理! 仲木戸から電話が入りました!」
隊員からの至急報に、会話を中断する。
「繋いでくれ」
久峨は短く指示すると、立て肘をついた。
「なかなかやりますね、久峨総理殿。この国に決断力溢れる指導者がいてくれたことが、私は何より嬉しいですよ」
小馬鹿にしたような口調。
「強がりを言うな。あと少しで君は終わる。これ以上犠牲者を増やさない為にもさっさと降伏したまえ」
久峨もまた、特段憤ることも無く応対する。先が見え始めた余裕からだろう。
「いやいや、降伏は考えていないなあ」
仲木戸がやり取りを愉しむように答える。
「君の居場所も目星がついた。首を洗って待っていろ」
顔をしかめる対策本部の面々。まさか本人に居場所を特定していると言ってしまうとは。だが、一方の仲木戸も大概だった。
「別に隠したつもりはありませんがね。市内を見渡して最も戦況が分かりやすいのはここ、アイビスタワーしかありませんから」
一同唖然とする。
余程の自信か、別の狙いがあるのか。誰もが真意を測りかねていると、バンッと勢いよくドアが開いた。
入ってきたのは蒼ざめた表情の福山。
慌てて走ってきたのか、息が切れている。
「総理、彼と話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
門真が頷くと、久峨が福山を目で促した。
「仲木戸一佐、初めまして。情報本部・統合情報部長の福山です。貴方に二つ確認したいことがあるが、よろしいか?」
「どうぞ。貴方の噂は聞いていますよ、非常に優秀だと」
仲木戸の声には一片の嫌味も感じられない。同世代の優秀な自衛官への敬意だろうか。
「それは部下達が優秀だからですよ。では単刀直入に。ふた月ほど前、米軍基地から戦術核兵器B61が一基、行方不明になったとの情報が入りました。これは貴方の仕業ですね?」
騒然となる。
核。
唯一の被爆国として日本人が最も忌み嫌う、人類史上最悪の兵器。
「好きにとっていただいて構わないですよ」
肯定。一気に大混乱に陥る対策本部。
福山は冷静に頷くと、マイクを手繰り寄せた。
「分かりました。それからもう一つ、貴方にはこの対策本部の中に協力者がいますね?」
騒然となっていた室内が、一瞬にして静まり帰る。しばらくの沈黙の後、
「あっはっは。さて、どうしたもんですかね?」
と、仲木戸が困ったように笑い出した。
それは明らかに対策本部内の誰かへの問い掛け。
「全く! 気づくのが遅すぎなんだよ、あんたらは! 何もかも!」
悪態をつきながら立ち上がったのは、公安調査庁の宮本だった。
*
その頃、藍率いる第一戦車大隊は、休む間もなく残存勢力に対して攻勢を掛けていた。
ここまで来れば、もう敵に包囲される恐れも無い。
一〇式戦車で敵を威圧し、後続の特殊作戦群、第一空挺団、中央即応連隊を基幹とした最精鋭部隊が一気にエリアを制圧する。
緊急展開を旨とする第十六旅団も精強部隊で知られていたが、今回は分が悪すぎた。
何より組織的に投降が指示されている様子で、もう彼らに戦う気がないのは明白だった。
「こうなったら一気に奴が立て籠もるタワーまで攻略しちまうか?」
相原が藍を焚き付けるように聞いてくる。だが、藍はどこか違和感が拭えなかった。
「ねえ、ジンさん。今まで投降してきた人たち、みんな部隊長は曹クラスだったよね?」
「ああ、そういえばそうだな。全く気にしていなかったけど、たまたまじゃないか?」
たまたま? とてもそうは思えない。
旅団幹部達は仲木戸と運命を共にすることを自ら選んだ、三楯会のメンバーだ。投降はまずあり得ない。
恐らく、彼らはあのビルに立て籠もっている。何らかの狙いを持って。
「橋本より全車へ。作戦通り前線を維持。なお、第一小隊の四両はこのまま前進し、万代島への威力偵察を行う。みんな、行ける?」
「行きましょう!」
「地獄の底までお供しますよ!」
どこまでも頼もしい配下達。
彼らと共に戦えたことを心の底から誇りに思う。
「よし、第一小隊、前進!」
多分、これが最後の戦いになるだろう。藍にはそんな予感がした。
*
静寂を破ったのは仲木戸の声だった。
「今まで色々とありがとう、宮本さん」
その言葉に宮本が頭を下げる。
「いえ、貴方とご一緒出来て光栄でした」
誰もが信じられない思いで彼を見つめる。
「宮本君……、何故だ?」
久峨が苦しそうに呻く。
「何故か? 決まっているじゃないですか。この国を心の底から愛しているからですよ」
宮本が不敵に笑う。
「私はね、この仕事に就いて以来、この国を貶め乗っ取らんとする奴らと常に戦ってきた。そして時の政権に警鐘を鳴らし続けてきた。だがどうだ? あんたら政治家は国が侵食されているにも関わらず、私欲と保身に明け暮れてばかりだ。そして欲に目が眩んだ挙句、奴らの策略に嵌り、くだらない醜聞で失脚していく。それは決して奴らのせいばかりではない。あんたらがしっかりと国を想い、自らを律していれば良いだけの話だ。私は奴らが虎視眈々と手筈を整えていくのを、ただ指を咥えて見ているしかなかった。仲木戸さんと出会ったのはそんな時だった」
懐かしむような遠い目。
「惹かれたよ。彼の人物とビジョンにね。もっとも当時はこのような事態を引き起こすことまでは考えていなかった。私も長い目で彼に政界進出を進めていたくらいですしね」
「じゃあ何故だ?」
苛立ちを隠せないのは官房長官の永野。クリーンで通っている人物だけに、やるせない想いなのだろうか。
宮本が顔を曇らせた。その目が怒りに満ちている。
「彼の妻子が奴らに殺された。警告としてね。仲木戸さんはマークされていたんだよ。いや、三楯会自体が間接侵略を進める上での障害として。それは裏を返せば奴らの計画が最終段階に入ったことを意味する。最早時間は無かった。気づかぬ政治家や国民達にこの国の危機を知らしめる必要があった」
宮本が興奮気味にまくし立てる。誰もがその勢いに気圧される中、福山は冷静だった。
「じゃあ、あのスキャンダルは貴方達が自ら仕組んだのですか?」
語気を強める福山。仲木戸が失脚し藍が陸幕を追われたあの醜聞。
「準備を進めるには防衛課長の肩書きは目立ち過ぎた。仕事自体も多忙を極めていましたしね。だから一線から退く必要があった」
感情を押し殺し淡々と答える仲木戸。
「それで貴方は橋本君を捨て駒にしたんですか? 彼女の純真な想いを踏みにじって」
部下の想いを踏み躙られた無念が言葉の端に滲む。
「仲木戸さんはそんな酷い男じゃない。彼は守ったのさ。大切な彼女を自分から遠ざけることで、奴らの魔の手からね」
否定したのは宮本だった。
対策本部の面々が初めて目にする優しい目の彼。国の為、長きに渡り神経をすり減らし続けた過酷な人生。
これが彼の素顔だったのかもしれない。
「さて、そろそろかな」
宮本は頷くと、内ポケットに手を入れた。
「仲木戸さん、先に行ってるよ」
取り出したのは陸上自衛隊の九ミリ拳銃。ニヤッと笑うとこめかみに銃口を当てた。
「宮本さん!」
「宮本君! やめたまえ!」
誰もが口々に叫ぶ。
だが制止も虚しく、一発の銃声音が轟いた。
重い沈黙。最早何が正しいのか、誰にも解が見出せぬ無限の回廊。
「では皆さん、そろそろフィナーレの準備に移りましょうか?」
静寂の中、仲木戸の高笑いだけが不気味に響いていた。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
あの嫌味ったらしい蛇のような宮本が、実は仲木戸の仲間でした。
予想されていた方は神認定させていただきますので、コメント欄へ☺️
長岡攻略の作戦会議で宮本が藍を貶めたことがありましたが、あれは仲木戸の大切な彼女を最前線に立たせない為だった。
そのように考えると、今まで見て感じてきたことが180度変わってしまいますね。
一体、何が正しいのか? 真実は?
次回は11月24日(月)に掲載予定です。またもや、予想外のことが勃発します💦
引き続き、お付き合いいただけますと嬉しいです🙇♀️
