雪の降る街で 第三章 「大社」 ①
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第三章 「大社」 ①
目が覚めると、時計の針は十時近くを指していた。
さすがにもう朝とは呼べない。
やべ……寝過ぎた……
辺りを見回し、実家に帰ってきていたことをぼんやりと思い出す。のそのそと布団を這い出した瞬間、激しい頭痛に襲われた。
ああそうか、昨日の夜、しこたま飲んだもんな……。
それでもいつもの習慣で何とか布団をピシッと畳み、部屋着に着替えると、フラフラとした足取りで居間に顔を出した。
既に弟の輝二と妹の真海は起きていて、元旦のバラエティ番組を見ながら二人してケタケタと笑っている。高校二年生の弟と中学一年生の妹を持つ光一は三人兄弟の長男だ。
「……おはよう、明けましておめでとう」
「あ、兄貴おはよう。ってか、あけおめは夜言ったじゃん」
「そうだっけ?」
「コウ兄ちゃん飲みすぎー。顔洗ってきたら?」
「ああ……。あれ? おふくろは?」
輝二と真海が顔を見合わせイシシと笑う。
「なんだよ?」
「昨日の夜のこと、覚えてないの?」
真海がニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「なにを?」
だめだ、記憶が完全に抜け落ちている。そもそも俺はなんでそんなに飲んだんだ?
痛む頭を押さえて必死に記憶を手繰り寄せていると、トントン、と肩を叩かれた。
「じゃん!」
振り返りざま、呼吸が止まる。
ひょっこりと現れたのは赤色の振り袖姿の菜々。両手を広げて可愛くポーズを取る彼女に、意表を突かれた光一はポカンと口を開けて固まった。
「わ~、菜々さん綺麗!」
「やべえっす、菜々さん! 眩しすぎる!」
「本当? 真海ちゃん、輝二くん、ありがとう。嬉しい」
にっこりと微笑む菜々に、真海と輝二がぱちぱちと手をたたく。
「どう? ぴったりでしょ。あたしの若い頃の振り袖よ。派手かと思ったけど、菜々ちゃんえらいべっぴんさんだから、あたしと違って負けてなくて丁度いいわ」
菜々の背後から顔を出した母親の瑞樹が嬉しそうに話す。素の関西弁が混じるのは菜々にすっかり気を許している証拠だ。
「ありがとうございます! しかも髪までこんな素敵に結っていただいて。お母様本当にすごいです!」
「うふふ、そりゃ美容師だからね~。素材がいいからあたしも結いがいがあったわ」
「コウちゃんの実家が美容院なんて知りませんでした! あたし、今度からお母様に髪やっていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論よ~、こっちからお願いしちゃう。安くしとくわよ」
とても仲よさげな菜々と母親。そしていつの間にかすっかりなついている弟と妹。この空気に光一だけ理解が追いついていない。
えーと、なんでコイツが実家にいるんでしょうか? しかもかなり馴染んでるし……。
「いい娘ね~。あたし気に入っちゃった。コウ、あんたしっかり捕まえておきなさいよ」
ああ、そうだ……。ようやく記憶が繋がり始めた。発端は大晦日の夕方。
正月食材の買い出しに母親を連れて駐屯地近くのスーパーに行ったのだが、そこでたまたま買い物に来ていた菜々と鉢合わせた。そして今に至る。
お正月をひとり駐屯地で過ごすなんて寂しいことさせないの! と、強引に実家に引きずってきた母親に、菜々も初めこそ腰が引けていたものの、お互い馬が合ったようで、一夜明けた今ではすっかり打ち解けている。
それにしても……。
菜々の振り袖姿に思わず見惚れてしまい、慌てて首を振る。
ってか、付き合い始めて二、三日で実家に彼女とか、おかしいだろ!?
「どうしたの? コウちゃん」
「ああ、いやその……」
「菜々さんが綺麗だから照れてんのよ」
「真海!」
妹に揶揄われ、顔は真っ赤だ。気を良くした菜々が首を傾げ、上目遣いで光一を覗き込む。あまりの可愛さに正視できない。視線を落としかけると、くいっと手を引っ張られた。
「さ、行こっ」
光一がきょとんとして菜々を見返す。
「行くって、どこに……?」
「初詣! 三嶋大社!」
「へ?」
「昨日の夜約束したじゃんー」
「そうだっけ?」
「光一、あんたしっかりしなさいよ」
「約束してたよ。なあ、真海」
「うん、お兄ちゃん自分から言ってたよ」
プクッと膨れた菜々に家族全員が加勢し、頭を抱える。
何なんだよ、皆して。だいたい昨日の夜は飲み過ぎて……ってか、酔っ払った俺は一体ナニをやらかしたんだ……?
「ほら! さっさと顔洗って歯磨いてきな! あんたの髪もやってあげるから」
瑞樹にドンと背中を押され、光一は洗面所に向かった。
*
山森農産の守り神・大山祇命と、福徳の神・積羽八重事代主神の二柱を大明神として祀る三嶋大社は、奈良・平安時代から東海道随一の神格とされ、中世には源頼朝が源氏再興を祈願し、成就したこともあって、古くより多くの人びとの崇敬を受けてきた。
それは今の世も変わることなく、正月の参拝者数は六十万人以上と県内最多を誇る。
そんな状況を良く知る光一は、渋滞を避けて電車を選んだものの、振り袖で歩きづらそうな菜々に歩調を合わせたため、到着にだいぶ時間が掛かってしまった。
「うっわ~、すごい人だね~」
「そりゃあ元旦の三嶋大社だからな。お参りまでどんだけ待つことやら……」
「へへ。コウちゃんと一緒ならいくらでも待てるもんね」
底冷えする中、しっかりと繋がれた手の温もりが心地よい。
「まさか振り袖着れるなんて思わなかったな。隊の成人式は制服着用だし」
菜々が嬉しそうに呟く。
今年、新成人になる彼女。地元の成人式には出ないのか? と聞こうとして、彼女の過去を思い出し、慌てて口を噤む。
母親の強引なお節介も、孤独な正月を迎えるはずだった菜々にとっては救いだったのかもしれない。母子家庭だがいつも賑やかな光一の家族に、彼女が癒されたことは想像に難くない。
感傷に浸りかけた脳裏に、ふと輝二と真海のニヤけ顔が浮かんだ。
「……俺、昨日の夜のことほとんど覚えてねえんだけど何か変なこと言ってないよな?」
「変なこと? 全然」
菜々は柔らかく微笑むと、視線を落した。
「嬉しかったな、お母様たちにあたしとの馴れ初めをコウちゃんから話してくれて」
「……まじで?」
「うん。乙女峠で初キスしたこととか、俺は命懸けでこいつを守る、って言ってくれたこととか。すごく嬉しかった」
頬を染める菜々に背中がスーッと冷える。
な……、ナニ言ってんだ俺! よりによって家族の前でとか、何の羞恥プレイだよ!?
「それと、俺はもう菜々が可愛くて可愛くて堪らない、とか」
胸の中で絶叫する光一に追い打ちをかけるように、菜々がニヤニヤと覗き込んでくる。
「……それはウソだろ」
「あ、ばれた?」
ペロッと舌を出す彼女。そんな仕草が堪らなく可愛いのは間違いないが。
「いい家族だね、羨ましい。皆仲良くて」
空を見上げながら洩らす羨望の言葉。
「お母様に聞いちゃった」
「何を?」
「ヤンキーだったコウちゃんが、家計を助けるために猛勉強して高工校に入った話」
おふくろもまた余計なことを……
「今もお金入れてるんでしょ?」
「まあ……、おふくろは女手ひとつで俺たちを育ててくれたからな」
別に隠してるわけではないのだが、菜々に知られるのはどことなく照れくさい。
「うん、やっぱりコウちゃんはすごいや。あたしの目に狂いなし」
「なんだよそれ」
照れ隠しから溜め息まじりに返すと、菜々の表情が曇った。
「ごめんね。それなのに、この間はお金いっぱい使わせちゃって……」
シュン、と俯く菜々。光一はポリポリとこめかみを掻くとそっと彼女の頭に手をのせた。
「もしもーし? 俺、一応営内居住の三曹だから。あれくらいなら車に掛けてる金額より全然少ないし、あらかたいじり終わったから他のことにも使えるし」
俯いたままの彼女。自分の言葉は慰めになっていないようだ。こういうとき、自身の恋愛経験の少なさがほとほと恨めしくなる。
「それに俺もすごく楽しかったからさ。だから気にするな」
楽しかった、という言葉に菜々が光一を見た。上昇気流の様子に安堵する。どうやらさり気ない言葉の方が良いらしい。
「ま、うちが貧乏であることに間違いはないけど。俺、長男だし苦労するぞ?」
目を見開く彼女。ん? 俺何か言ったか?
「……もしかして今の、プロポーズ?」
「早すぎだろ!」
指摘に顔が熱くなり堪らず視線を逸らす。
「ただ、その、お前のこといい加減には考えていない。それだけだ」
「えへへ」
菜々は嬉しそうに小さくガッツポーズをつくると、ぎゅっと光一の腕にしがみついた。
「お、おいっ」
嬉しいが、着崩れないか気が気じゃない。
「じゃあこれからは一緒にお金貯めよ!」
「なんで?」
「一緒に旅行とかしたいじゃん。海外とか」
それって……
「ま、それもいいかもな」
「ホント!? やった~! よし、そうと決まれば今日のおさい銭は五円で……」
「ここまで来てそこをケチるな!」
「ぶぅー」
叱られた菜々は口を尖らせて膨れたものの、やがて「ふへっ」と幸せそうに笑った。
「よぉーし。今年はとびきりおっきなことお願いするぞー」
拳を掲げる菜々。光一もたまには真剣にお願いしてみようと考え、財布を取り出した。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
菜々ちゃん、いきなりの光一の実家訪問、かーらーの初詣デートでした♪
ピュアなカップルの初々しさを感じていただけたでしょうか?
今回登場した三嶋大社、お話が進んでいく中で、二人にとってとても重要なファクターになります。どのような形で再登場するかはもちろんナイショです^^;
さて、次回は8月29日(金)に掲載予定です。
謎の男も登場し、少しずつキナ臭くなっていきます……。お楽しみに♪
