雪の降る街で 第六章 「勃発」 ④
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第六章 「勃発」 ④
光一は彼女が寒くないようジャンパーを脱いで被せてやると、冷えた手を取り、握り締めた。
なんで……なんでこんなことに……
嗚咽が漏れる。
どのくらいそうしていたのだろうか? 不意にぐいっと肩を掴まれると強い力で菜々から引き離された。
「何やってるの!? どきなさい!!」
藍だった。
彼女は菜々の身体を素早く弄ると、見事な手際で応急手当を始めた。
「藍さん……」
気がつけば、いつのまにか光一と菜々を榴弾の破片から守るように、一〇式が停まっていた。
それだけではない。
空を埋め尽くすUH60JA多用途ヘリコプター「ブラックホーク」の群れ。
そしてそのブラックホークから、次々とラペリングしてくる、見覚えある黒ずくめの隊員達。
「周辺は今、特殊作戦群が掃討中よ。さすがは陸自最強部隊ね。……これで良し」
手当を終えた藍は、菜々の耳元に口を寄せると何やら確認するように話しかけた。
「大丈夫。息はある。気絶しているだけよ」
「え……」
藍は身を起こすと口元のマイクを寄せた。
「こちら一戦車一小隊・橋本! 前線に重傷者多数! ラぺリングを終えたヘリはこっちに回って頂戴!」
〝こちらヒリュー03、了解した。直ちにそちらに向かう〟
藍はふうっと息をつくと、座り込んでいる光一の腕を取って立たせた。
「藍さん……」
パンッ! 立ち上がった瞬間、光一の左頬で弾けたのは藍の平手。
「これは勝手な行動をした罰よ」
いつになく険しい表情の上官。
当たり前だ、言い訳の余地などない。菜々のことが心配のあまり勝手に舵を切り、あろうことか戦車を、そして仲間を放棄した。
「貴方は下士官でしょう!? いつまで惚けてるの!! ここはあたしがやっておくから直ちに負傷者の救護に回りなさい!!」
「……はいっ!!」
生気を取り戻した部下の目。
バンッと光一の背中を叩くと、彼は一目散に倒れた仲間のところへ駆け出した。もう大丈夫だろう。
ブラックホークが強烈なダウンウォッシュで雪を巻き上げながら十数メートル先の路上に着陸したのを確認すると、藍は他の隊員達の助けを借りて菜々を担架に乗せ、搬送した。
「お願いします! もう大丈夫よ菜々ちゃん! 貴女は本当に良くやったわ!」
微かに菜々の口元が緩む。
ブラックホークは負傷者を収容し終えると、援護射撃をしながら飛び立っていった。
藍は機影を祈るように見つめていたが、やがて視界から消えると意を決して視線を移した。
直視したくなかった現実。大破した大隊長車。
ゆっくりと歩み寄ると、藍は黒焦げになった七四式に足を掛けた。
「橋本小隊長殿! まだ危険です!」
心配そうに部隊員達が駆け寄ってくる。
「大丈夫よ。認識票を回収しなくちゃ……」
傷ついた自分を引き取り、引き立ててくれた大の恩人。これだけは絶対に自分がやらなくてはいけない。
藍はひょいっと砲塔を上がると、車長用ハッチに手を掛けた。
手袋越しでもまだ熱い。胸に手を当て、深呼吸するとハッチを開けた。解放された熱が真冬の空気を一瞬にして温める。そして漂う異臭。
内部は想像していた通りの状況だった。これが戦車兵の最期。菜々が助けてくれなかったら、今頃自分がこうなっていたのだろう。
認識票は奇跡的に直ぐに見つかった。
高温で溶けてしまっていることも想定していたが、それは存在を誇示するかのようにそこにあった。
藍は二つのタグのうち一つを取り外すと、直立姿勢で敬礼をし、車体を降りた。
「橋本小隊長殿! 大隊長殿は……」
問い掛けに首を振ると、堰を切ったように隊員達が大隊長車に駆け上がっていった。
人望の厚かった中山。せめて遺体だけでも残らず回収したい、誰もがただその想いだけで。
「見ない方がいいわ」
力なく呟いた藍の声など聞こえる訳も無く、内部を確認した隊員達は声を失うと、次々と車体を降りて其処彼処で嘔吐した。
「君は吐かないのか? 強いな」
振り向くと、粟谷が立っていた。
「……そういう訓練を受けてきましたから。ご存じなんですよね? あたしのこと」
「さあね。私は君の過去には興味がない」
粟谷は藍の横に並ぶと七四式を見上げた。
「中山大隊長、ご同期だったんですよね?」
「熱い奴だったよ。私とは全く真逆の性格でね。権謀術数の類を嫌い、常に真正面から当たり続ける。一緒にいて楽しかった」
藍に目を向けることなく、ただ、鉄の塊を凝視している。
「馬鹿が。こうなることくらい分かっていただろうが。何をやっているんだ貴様は……」
粟谷の口元が歪み、藍は目を背けた。
「橋本二尉」
「はい」
「大隊長、本管中隊長、第二中隊長が戦死、第一中隊長は重傷。各小隊長たちも多くが負傷した。第一戦車大隊は指揮官のほとんどを失ったことになる。状況は理解できたか?」
「それは……」
藍は絶句した。凄惨な内容もさることながら、短時間で全ての状況を把握した粟谷に。
「君が一戦車の最先任幹部だ。そして先刻、私が派遣部隊の司令官を任された。これからは私の指揮下に入って貰う。異存はないな?」
勿論、異存などあるはずがない。素直に頷く。
「機甲科の用兵はご経験がおありで?」
「そんなものはない。だから戦術は全て君に任せる。私は戦略上の指示をするだけだ」
「分かりました」
藍は血に染まった雪原を見渡すと、ふうっと息をつき、恩人の認識票を握りしめた。
「もうひとつよろしいでしょうか?」
「何だね?」
「今回の件は皆には何と……」
「いつまでも隠し通せるものではない。正直に話すしかないだろう」
粟谷がゆっくりと藍に顔を向ける。
獲物を狩らんとする獰猛な猛禽類の目。それは激情か、はたまた狂気か。
「反乱だ、と」
「……分かりました」
最後の内戦である西南戦争から一世紀半。
日本人同士による戦いの、哀しい幕開けだった。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
予断は許しませんが、ひとまず菜々ちゃんは無事?だったようで、皆さまには大変ご心配をお掛けしました🙇♀️
しかしながら多くの仲間がこの戦いで倒れました。
二尉の藍が最先任幹部として一戦車を任される状況なので、現実的には部隊は壊滅状態です。
そして、その残存部隊を取りまとめる派遣部隊司令官となった特戦群長の粟谷。果たしてこれからどうなっていくのか。仲木戸の次の手は?
次回は10月7日(火)に掲載予定、章題は「疑念」。
あのアホウドリカップルが登場しますが、今回の件を受けどのような反応を示すのか……。
引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです。よろしくお願いします。
