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かげろうの君と #04 第一話 初恋③

第一話 初恋③


「あなたは偉いわね。死ぬほど辛かったのに、ずっと笑顔で彼女を祝福していたわ」
「そっ、そこも見てたの!?」

 予想外の指摘に慌てふためく。耳が熱い。

「嫌でも、幽霊はすごく良く見えちゃうのよ。気に障ったのなら謝るわ」

 すまなさそうな顔でぺこりと頭を下げる幸子。

「あ、いや、気に障ったというか、何だか、情けないところを見られたのが恥ずかしくて」

 照れ隠しに頭を掻くと、彼女は違うとばかりに大きく首を横に振り、拓海の腕に手を掛けた。

「情けなくなんか無いわ! ずっと好きだった人を、辛さを隠して笑顔で見送るなんて、誰にでも出来ることじゃない。恥ずかしがる必要なんて無いわよ!」

 強い口調で自分のことを慰めてくれる彼女。その言葉に込められた優しさが、傷ついた拓海の心に刺さる。

「はは、ありがとう……。ごめん……、俺、泣いていいかな……?」

 言い終えるよりも早く、双眼から涙が溢れ出す。

 幽霊の彼女は、すーっと、拓海の傍らまでやってくると、まるで子供を抱き締めるように身体を包んでくれた。

 もちろん感触は全くないのだが、先程とは違い、ほんのりとした温かさを感じる。

 泣いている間、何も言わずに、ただずっと寄り添い続けてくれる彼女。やがて落ち着くと、拓海は鼻を啜りながら顔を上げた。

「もう大丈夫……。ごめんね、ありがとう」
 
 幸子が目を瞑り、そっと首を振る。

「いいのよ。スッキリした?」
「うん……。何だろう、とてもポジティブな気持ちになれた気がするよ」
「ポジティブ?」
「え? あ、ああ、まあその前向きな気持ちになったというか、君が聞いてくれたおかげで気持ちが晴れたよ」
「それは良かったわ」

 彼女は微笑むと、拓海からそっと離れた。
 しばし見つめ合う二人。

「あたしも、人とお話したのは久しぶりで……。あなたとお話できて、その、今のあなたには相応しくない言葉だけど……、楽しかったわ」
「あ、いや、はは。どう致しまして」

 感謝の言葉が何だかむず痒い。

「ね……。あたし、あなたにまた、会えるかしら?」

 不安げな表情を浮かべ、遠慮がちに聞いてくる彼女。「昭和」で時を確認してくるくらいだから、少なくとも何十年もの間、ここに一人佇んでいたのだろう。

 話し相手が欲しくて「視える人」に声を掛けても怖がられ、逃げられてしまう。若くして亡くなった上に、成仏できない無限の孤独。

 これまで一体、どんなに辛かったことだろう。

 確かに自分も、今や天涯孤独の身。でも仕事に行けば上司や同僚と会話ができる。

 買い物や外食でも店員相手にひとことふたことだが、言葉を交わすことができる。彼女の孤独に比べたら、それは何て幸せなことなのだろう。

 拓海は彼女の目を見つめると、強く頷いて見せた。

「もちろん!」
「本当に?」

 感激したのか、幸子が口元に手を当て、目を見開く。

「ああ、俺なんかでよければ。この橋は会社への通り道だし。ただ、夜遅くなっても平気かな?」

 パッと顔を輝かせる幸子。

「大丈夫よ。幽霊は寝ないから」
「え? そうなの? 疲れないの?」
「うん。そもそも肉体がないから、寝て身体を休める必要もないでしょう?」
「あ、そっか」

 なるほど。彼女と出会ったことで知る幽霊の実態。

「ふふ。拓海さんはいい人ね。あたしを気遣ってくれて」

 小首を傾げて微笑む彼女がとても可愛いらしい。幽霊であることを忘れてしまうくらいに。

「拓海でいいよ。さん付けは何かくすぐったい」
「分かったわ。……拓海」

 少しはにかんだ表情で名前を口にする彼女。拓海もまた、ちょんちょんとこめかみを掻いた。

「じゃあ、あたしのことも幸子って呼んで頂戴」
「あ、えっーと……、女の子を呼び捨てにするのは性に合わないというか……。幸子……ちゃん、でいいかな?」

 戸惑う拓海にクスクスと笑う幸子。

「それなら、みんなからは〝さっちゃん〟って呼ばれていたわ」
「分かった。じゃあ、さっちゃん」

 早速呼んでみせると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。

「でも、不思議だな。君はずっとここにいたんだろう? 今まで何で視えなかったのか、何で今日になって視えたのか……」

 これまでも霊感の類など、一切無かったはずなのに。

「あたしには分からないわ。ただ」
「ただ?」
「あなたがここで死にたい、と思ったから、ここで死んだあたしと波長が繋がったのかも」
「なるほど……。じゃあ、俺はここで死にたい、と思わないと君に会えないのかな?」
「うーん……、拓海はまだ、死にたい気分?」

 上目遣いに聞いてくる彼女に、拓海は首を横に振った。

「いや。君と出会えて、何だかすごくワクワクドキドキしているよ」

 その言葉に、幸子が両手で胸元を抑える。

「……あたしもよ。じゃあ、あたしたち一緒の気持ちだからまた会えるわね」
「うん。絶対に会いに来るよ!」

 拓海は強く頷くと、腕の時計を見た。もうだいぶ遅い時間になっている。

 名残惜しいが、明日の仕事に響いてしまうな、と考えてから、ふと我に返り自嘲気味に笑う。さっきまで死のうとしていたくせに。

「じゃあ……、今日は遅いからもう帰るよ。また明日ね、さっちゃん」
「うん。拓海、また……、明日」

 そう呟いて小さく手を振る彼女は、なんだかとても幸せそうで、でも少し寂しそうで。

 拓海はその場をゆっくりと後にするも、何度も振り返っては、彼女が小さくなるまで手を振り続けた。

 それが二人の出会いだった。


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