雪の降る街で 第四章 「榊」 ①
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第四章 「榊」 ①
それは不思議な演習だった。
休み明けから始まって既に一週間。舞台は二〇〇六年に二十五億円の費用を投じて建設された東富士演習場内の仮想市街地。
主に普通科部隊が使用する近接戦闘訓練用のこの施設は、官公庁舎やテレビ局、学校、マンション、レストラン、スーパーなど、計十一棟から成り、市街地戦闘の訓練施設としては国内随一の規模を誇る。
演習の内容は普通科部隊と連携してゲリラを制圧するというもの。
毎日異なる状況が用意されていたが、奇妙なことに一週間が過ぎた今も、この普通科部隊の素性は一切、明かされておらず、彼等の武装も光一がこれまで見たことのないものばかりだった。
「おいコウ、聞いたか?」
課業後、風呂を済ませて部屋でクルマ雑誌を眺めていると、同期の矢部俊郎三等陸曹が入ってきて、光一のベッドにドカッと腰を下ろした。
第二小隊で光一と同じく、一〇式戦車の操縦手を務める、高工校以来の気の置けぬ仲間の一人。
「何を?」
また菜々のことを揶揄われるのかと身構えたが、釣り上がった目はニヤけていなかった。
「あの部隊、どうやらSらしいぞ」
「……本当か?」
光一は驚いて彼を見た。
Sとは千葉県習志野に駐屯する、中央即応集団隷下の「特殊作戦群」を指す隠語。
陸上自衛隊初にして唯一の特殊部隊であり、その実態は二〇〇四年の創設以来、一切が秘匿され、米陸軍のグリーンベレーやデルタフォース同様、対ゲリラ、対テロ戦闘を想定した部隊と言われている。
所属隊員は陸自最精鋭の証である空挺レンジャー徽章を持つ者の中から、更に選りすぐられたスーパーエリート集団。
噂では射撃の標的の両脇に仲間たちを立たせ、移動しながらその標的を撃つなど、常軌を逸した訓練をしているらしい。
公の場では全員が素顔を知られぬよう、目出し帽で顔を覆う徹底ぶりで、部隊名以外は全てがベールに包まれた、最高機密部隊。
光一はここ一週間の演習を共にした、一種異様な雰囲気を纏った男達を思い返した。
その身のこなしから、離島即応対処部隊のWAiRや第一空挺団、冬戦教など、特殊性を帯びた部隊の連中だと想像はしていたが、まさかSとは。
「で、そのSが何で俺らと市街戦演習なんかするんだよ?」
「知らん。もしかしたら俺ら、内戦の続くアルメンに派兵されるかもな」
「はあ? んなわけないだろ」
「分からんぜ。痺れを切らせた米軍がそろそろ地上戦に介入するんじゃないかと専らの噂だし、集団自衛権のこともあるからな」
「自衛隊が中東のアルメンなんて、何の冗談だよ」
「ま、そりゃそうだな。さすがに無いか」
矢部がアハハ、と笑いながら持参したペットボトルのお茶を呷る。
「で、今日は菜々ちゃんとはもう電話したのかよ?」
「ほっとけ。片倉とはちゃんと連絡してるよ」
「お、彼女持ちになった途端、余裕だな。前はあんなに藍さん藍さん言ってたのに」
「うるさいよ。抉るな」
菜々とはつい先ほどまで電話をしていた。宿舎において男女の居住区は勿論別々。
比較的自由な身分である三等陸曹の光一と異なり、菜々はまだ下っ端の二士で、平日の外出や週末の外泊は制限されている。
周囲の目もあって大っぴらに会うことも出来ず、携帯で連絡を取り合い、タイミングが合えば一緒に駐屯地内のPXに出掛けるくらいだ。
「黙れ幸せもん。あんな可愛い娘、彼女にしといて。ところで鶴川二曹と生田二曹は?」
光一の同室の二人。鶴川は第一高射特科大隊所属、生田は矢部の乗る戦車の砲手だ。
「鶴川二曹は高射の部隊飲みで、生田二曹は彼女とデート」
「まじでー? 生さん、体力あるなー」
声を上げバタンとベッドに横たわる矢部。
「おい、人のベッドにお茶こぼすなよ?」
「鶴川二曹も生田二曹も優しいからいいじゃん。いいよな、お前だけ何もかも恵まれてて」
やはり絡み始めた。放っておくとだんだんとウザくなるので、先ほど菜々から仕入れたばかりのネタを持ち出すことにした。
「ああ、そういえばさっき片倉から聞いたけど、業務隊の娘がお前に気があるらしいぞ」
「……マジで? 誰?」
「厚生科の娘。田奈とかいう……」
「え!? もしかして茜ちゃん!?」
矢部が急に目を輝かせてガバッと起き上がる。
「そ、それ本当なのか? からかってるんだったらブッ飛ばすぞ?」
「片倉が言ってたから嘘じゃないと思うけど?」
「うおー、マジでか!? 俺どうすりゃあいい!?」
「だから人のベッドで暴れるなって!」
興奮のあまり自分のベッドでゴロゴロと転がり悶絶する矢部を怒鳴りつける。
「コウ頼む! 菜々ちゃんにお願いして取り次いでもらってくれ!」
「自分で行けよ。お前の男らしいところが好きみたいだぜ? 俺には理解できんけど」
「畜生、こうしちゃいられっか! 矢部俊郎、不撓不屈の精神で行ってまいります!」
「おい、ベッド直して行けよ! ったく」
嵐のように部屋を出て行った親友に悪態をつくと、溜め息まじりにベッドを直し始めた。
「S……か」
年末の突然のクリスマス演習に始まり、年明けの特殊作戦群?との市街地戦闘演習。
アルメンへの派兵などあり得ないと思うものの、腑に落ちないことばかりが続くと、何らかの企図があるものと考えざるを得ない。
となると、考えられるのは国連平和維持活動への参加だが、戦車の派遣など聞いたこともない。危険地域だった南スーダンですら、武装車両は軽装甲機動車だけだった。
……今の法律ってどうなってるんだっけ?
PKOは縁遠いと思っていたが、国際協力のあり方が変わりつつあるのかもしれない。
〝一緒に旅行とか行きたいじゃん。海外とか〟
ふと、思い出した菜々の言葉。
「英会話、真面目に勉強しとくかな……」
光一はベッドを綺麗に直し終えると、クルマ雑誌を放り投げ、引き出しの奥に眠っていた教材を引きずり出した。
いつも三日坊主に終わっていた英会話の勉強も、菜々の笑顔のためなら乗り切れるような気がした。
*
呼び出しを受けたのはシャワーを浴び終わって部屋でひと息ついているときだった。
こんな時間に……?
若いWACからの言伝を訝しげに反芻すると、藍は急いでタンクトップの上に戦闘服を着直し、大隊長室に向かった。
部屋の前まで来ると、一呼吸置いてから扉をノックする。
「橋本二等陸尉、ただいま参りました!」
「おう! 入れ!」
扉を開けると、大隊長の中山慶吾二等陸佐が椅子に大きな体を沈めていた。
豪放磊落を絵に描いたような男で、隊員達からの人望も厚い。藍を戦車隊に引っ張った張本人だ。
藍を殊の外、かってくれており、呼び出しを受けるときは大抵、戦術の相談だったりする。藍としては上官や古参幹部達の手前、大っぴらに意見具申などはしたくないのだが、
「あいつらの意見は凡庸でつまらん!」
と、聞く耳を持たない。
今回も恐らく明日の演習のことだろうと推察していたのだが、いつもと違ったのはもう一人、中山の机の脇に見知らぬ男が立っていたことだった。
階級章は一等陸佐。
角刈りの頭髪にひと際がっしりとした体躯、猛禽類を連想させる鋭い目つき。そして全身から立ち昇る異様な気配。殺気とでもいうのだろうか?
藍の本能が警鐘を鳴らす。
男は涼しげな笑みを浮かべると、藍に歩み寄り、右手を差し出した。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
登場した新キャラは光一の親友の矢部、中山大隊長、そして謎の一等陸佐殿でした。
ちなみに矢部が叫んでいた「不撓不屈」は第一戦車大隊の実際のスローガンでした。なぜ過去形かは、最終回のあとがきにでも書かせていただきます。ご存知の方々は🤫でお願いします(笑)
一方で前にもあとがきで書きましたが、ここまでで本編のストーリーとは全く関係の無い遊びに気づかれた方、いらっしゃいますかね?(*´ω`*)
こちらは分かった方はぜひコメント欄に!😂
さて、次回は流れ的に、最後に登場した怖そうな殺気オーラの一等陸佐殿の正体ですね。この人、やばいです(笑)
あ、ちなみにお話の中に出てくる「中東のアルメン」は架空の国なので、受験生の皆さんは覚え無いように💦
もともとはシリアだったのですが、アサド政権が倒れて今は内戦は落ち着いているので、架空の国に変えました。シリアはまだ混沌としていそうですが、平和になって欲しいものです☺️
ということで、次回は9月7日(日)に掲載予定です♪ 引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです(*´꒳`*)
