雪の降る街で 第四章 「榊」 ②
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第四章 「榊」 ②
「やあ、初めまして。今は課業後だ。堅苦しい挨拶は抜きにしよう」
そう言われて遠慮がちに男の手を取ると、彼の右腕に縫い付けられた徽章を認め、藍は目を見開いた。
日の丸を背景に剣と鳶、周りを桜星を起点に神聖なる榊で囲んだ徽章。
「第一戦車大隊第一中隊第一小隊長、二等陸尉、橋本藍です」
「特殊作戦群群長、一等陸佐、粟谷優だ」
やはりSだった。
「私に何のご用でしょうか?」
藍は握手を解くと、警戒を崩さず、窺うように問い掛けた。
「君と是非話をしてみたいと思ってね」
「Sの群長が私と……、ですか?」
「ああ」
粟谷は思い出したようにクックと笑うと、藍を見た。
「今日の演習で君の隊は非常に面白い動きをしていた。他の隊は至ってセオリー通りだったが、君はあの場所に一分たりとも止まらなかった。高速で市街に侵入しては離脱を繰り返した。何故だ?」
意にそぐわぬ勝手な動きを叱責されるのかと思ったが、粟谷の目はとても楽しげだ。
藍は少しだけ警戒を解き、思うところを正直に答えることにした。
「……市街戦での長居はゲリラの的になるだけです。特に戦車は弱点である上部装甲を長時間敵に晒すことになる。周辺を制圧出来ていない以上は常に動き続けることです」
ふん、と鼻を鳴らす粟谷。そんなことは分かっている、とでも言いたげに。
「君は戦車を楯に味方を援護しようとした私の配下に、離れろと言ったそうだね?」
冷徹な目。口元に笑みは湛えているが目は笑っていない。その視線に気圧されないよう、藍もまた粟谷を強い眼差しで見つめ返す。
「敵の場所が一方向に限定されるなら戦車は盾として有効ですが、本日の状況では戦車の側だと跳弾が命取りになると判断しました。なので貴配下には制圧が終わるまで戦車から離れ建物の陰に潜むよう命じました」
真冬で暖房がさほど効いていない部屋であるにもかかわらず、藍の背中を冷たいものが伝う。
これが陸自で唯一無二の存在である特殊作戦群の頭が醸し出す威圧感か。
「市街戦は戦車と歩兵の連携が鍵だ。特に視界の悪い戦車は、物陰から敵兵にRPGで狙われたらひとたまりもない。それらを掃討するために我々歩兵が援護しているのだが?」
藍のことを探るような目つき。恐らくこの男は分かっている。
「一〇は世界中の戦場で使われている廉価なT72とは役者が違います。強力な複合装甲と、軽量ゆえの圧倒的なスピードを生かすための戦術を取るべきです。C4Iも搭載されているので部隊を広く使えて効率的な制圧戦が進められる。敵を前にして歩兵にくっつかれると、正直邪魔です。歩兵は建物の制圧に専念すべきと思いますが」
「なるほど」
粟谷は満足そうに頷くと、軽く拍手した。
「素晴らしい。君はただのWACでは無さそうだね。非常に勉強熱心だ。聞けば陸幕に居たそうじゃないか。それも防衛課に」
「……あたしはただのWACですよ」
「違うな。この陸自の戦車隊で、セオリーを破ってあの戦術を試すクレイジーな奴は君ぐらいだ。どうだ? 俺の下に来ないか?」
予想外の言葉に固まる。
「特殊作戦群に……、ですか?」
「ああそうだ」
粟谷は腕組みをすると、机の端にゆっくりともたれ掛かった。
「我々は日々、戦闘訓練だけでなく、語学や情報システムスキルの修得は勿論、世界中からあらゆる最新の戦術情報をかき集め、私財を投げ打ち、研鑽に励んでいる。まさに君のような人材を求めているんだ」
「大変光栄ですが、肉体的にも精神的にも私に特殊部隊の任務が務まるとは思えません」
「勿論君は女性だし、最前線に立つ必要はない。ただ、その頭脳が欲しいだけだ」
「私は女性でありながら最前線に配し育ててくれた、ここ一戦車に恩義があります。自ら異動を希望するつもりはありません」
「……そうか、残念だな。まあ、その気になったらいつでも言ってくれ。待っている」
彼の余裕の笑みは、藍がいずれ自分の下に来ると確信してのものなのだろうか。
「橋本二尉」
中山が藍を窺うように口を挟む。
「本当にいいのか? 粟谷一佐直々のスカウトだぞ? Sに入りたい奴はごまんといる。それに習志野なら、ここより実家も近いじゃないか。親御さん、調子良くないんだろう?」
最後の件に一瞬、胸が詰まった。
「私は……一戦車のみんなが好きです。私はここに来て自分を取り戻すことができたんです。私はまだここにいたいです。……大隊長が要らないと仰るのであれば仕方ないですが」
ひとつひとつ言葉を絞り出すように訴える。それは偽らざる本心。
「要らない訳がない。君は私の大切な娘だ」
藍はホッと笑みを浮かべると、敬礼した。
「ありがとうございます。それでは私はこれで失礼します」
ぺこりと頭を下げ、凛とした足取りで藍が部屋を出ていくと、粟谷は堪らず吹き出した。
「実に面白い奴だ。女でありながら戦略的な視点を持ち合わせ、戦術についても誰よりも大胆、それでいて緻密。まさに実戦向きだ。俺は諦めんぞ? 中山」
「なかなかの掘り出し物だろ? まあ、貴様の頼みでも簡単に盗られるわけにはいかん。俺の懐刀だ。陸幕も馬鹿なことしたもんさ。何があったかは知らんが」
二人きりになった途端、中山が粟谷にタメ口をきくのは防衛大学校同期の気安さ故だ。
「ところで粟谷。どうなんだ、その後は」
「分からん。仔細は我々にすら下りてきていない。ただ……」
そこで一旦言葉を切ると、粟谷は宙を見上げ不敵に笑った。
「命令とあらば殺るだけだ」
その冷徹な眼差しはまだ見ぬ獲物を見据えて滾っていた。
*
藍が女性宿舎に戻ってくると、菜々が廊下でひとりぽつんと窓の外を眺めていた。どことなく表情が暗い。
「片倉二士、もう少しで消灯時間よ。明日に備えて早く寝なさい」
あえて上官として接することにしたものの、彼女の顔は明らかに不貞腐れていた。
「分かってますよ」
あからさまに敵意剥き出しの表情。さすがに素通りするわけにはいかない。仕方なく藍は対応をプライベートに切り替えた。
「あたしに言いたいことがあるなら言いなさい。女同士として話を聞くわ。怒らないから」
目を見開いて藍を見つめる菜々。
二人はしばらく視線を絡ませていたが、やがて根負けしたのか、菜々がふいと顔を逸らした。
「……コウちゃん、あたしと話をしていても、ちっとも楽しそうじゃないんです」
想像していた通り恋の悩みだ。藍は中指で眉間を抑えた。
今しがたまで粟谷との緊迫感漂う問答を繰り広げていた身としては、何とも拍子の抜ける話。
とはいえ、この手の話は最も苦手とするところではあったが。
「そんなことないんじゃない? コウ君、皆の前で貴女とのことを嬉しそうに話していたわよ? それに彼は元々口数少ないしね」
したり顔で話す藍が気に障ったのか、菜々がきっと睨みつけてきた。
「嘘! コウちゃん橋本二尉といるときはいつも楽しそうに話してるじゃないですか! コウちゃんもともと……橋本二尉のことが好きだったし、クリスマス演習のときだってコウちゃんに口説かれたんでしょ!?」
捲し立てられた内容にきょとんとする藍。
あれか。身に覚えはあるが、別にやましい話でもない。誤解はしっかり解いておかねば。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
陸上自衛隊最高機密にして最強の特殊部隊「特殊作戦群」がついに登場です。
群長の「粟谷優(あわたにすぐる)」の名前は、特殊作戦群を創設した実在の人物である伝説の初代群長、荒谷卓(あらやたかし)さんから拝借しました。
粟谷との緊迫したやり取りから一転、菜々との緊迫した女同士のバトル、藍にとっては散々な夜ですね( ´艸`)
特殊作戦群については大阪地本のXで徽章の画像含めた説明記事がありましたので、下にリンク貼っておきますね。
さて、次回は9月10日(水)に掲載します。
引き続き菜々ちゃんとのバトル(;´Д`) 藍の過去も少しずつ語られます。
お楽しみに♪
まもるやで🌟今日は #特殊作戦き章 を紹介するで! #特殊作戦群 の隊員だけが着けるき章やねん
— 自衛隊大阪地方協力本部@公式 (@osaka_pco) July 23, 2023
特戦群って、特殊って言うだけあって #秘密 が多いから、自衛隊内でもその実態を把握する事は難しいんやて。何か凄ない?ホンマ気になるわ~#大阪地本 pic.twitter.com/xpugFQ5I3s
