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雪の降る街で 第十一章 「月光」 ③

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第十一章 「月光」 ③


「あれ? コウ君は?」

 野戦司令部の立ち上げを終え、部隊に戻ってくると、相原が一人煙草を燻らせていた。

「どっかその辺ほっつき歩いているんじゃないか? まあ、点検と整備は完了させているし、今日のところは大目に見てやろうや」

 相原は藍が怒っていると勘違いしている様だ。そんなに険しい表情だったかと頬を擦る。

「ん……。大丈夫かな? 今日の戦闘がトラウマになっていなければ良いんだけど」

 直撃弾は想定の範囲内だったが、衝撃は想像以上だった。良く生きていられると思う。

「なるな。今日のは、俺も正直やばい」

 相原が珍しく弱々しい笑みを浮かべる。

「だよね? あたし、探してきます」

 藍はぺこりと頭を下げると、彼の行きそうなところを回ってみることにした。だが、中々見つからない。

 すれ違う隊員達に尋ねても要領を得ない。これだけの大部隊が集う中、行き交う人間を覚えている訳などなかった。

 徐々に薄暗くなってきて途方に暮れていると、向こうから見覚えのある顔が歩いてきた。

 光一の親友の矢部だった。

 だが、何処となく様子がおかしい。近づくと目は虚ろで、頬には泣き腫らした痕が見て取れた。

「矢部、君……?」
「橋本隊長……」

 矢部は立ち止まり、焦点の定まらない目で藍を見つめていたが、やがて双眼から涙を溢れさせるとその場に崩れ落ちた。
 
          *
 
 夜の帳が落ちた小学校の校舎。

 窓から差し込むのは月の薄明かり。人気のない教室の片隅で、彼は壁に凭れ蹲っていた。

「……ここに居たんだ」

 その声に、顔を上げた光一は驚いた様子でしばらく藍のことを見つめていたが、やがて何も言わずに、再び膝に顔を埋めた。

「矢部君から全部聞いたわ……」

 彼の横にそっと腰を下ろす。

「馬鹿な奴だったんですよ」

 顔を埋めたまま話し始める彼。

「お人好しのお調子者で。いつもふざけてて……、みんなを笑わせることばかり考えてて」

 消え入りそうな声で、一つ一つなぞるように仲間を偲ぶ。

「いつも一緒でした。あいつと矢部と、部活も一緒で、休みの日も馬鹿なことばかりして」

 光一は膝から顔を上げると、自分の両手のひらを広げて見つめた。

「俺が殺した。この手で……あいつを……」

 絞り出すような彼の声。

「え?」

 その言葉が理解できずに、藍が彼を見る。

「死亡場所が書いていました。〇×町交差点の双葉ビル。あいつは……スナイパーでした」

 藍は固まった。

 そこは間違いなく、自分が射撃を命じた場所。

 まさか。

 心臓が沸騰する。

「俺達で助け出そうって……言ったのに」

 彼は顔を覆うと項垂れ、嗚咽しながら何度も何度も弱々しく床を叩く。

「コウ君が殺したんじゃない。撃てと命じたのは……あたしよ」

 胸が苦しい。

 そうだった、敵はかつての仲間達。身体がバラバラになりそうで、両手で胸元をギュっと掴む。

 すると、藍の横で肩を震わせていた光一が顔を上げた。

「あははははははっ!!」

 気でも触れたのか、突然、愉快そうに笑い声を上げる彼。

「ど、どうしたの……? コウ君?」

 クックと笑いを押し殺すと、光一はパンッと膝を叩いた。

「そっか、そうでしたね。藍さんが撃てと命じたんでしたね!」

 グサリと胸を抉る彼の言葉。明らかに尋常ではない。

「コウ君……」

 豹変した彼に、藍の顔が蒼ざめる。

「俺、知ってるんですよ。藍さん、あの仲木戸って奴の仲間なんでしょ? あの男のことが好きなんでしょ? 俺たちを利用してあの男のところに行きたいだけなんでしょ?」
「え……」

 背筋が凍る。

 月明かりに照らされた、ゾッとするほど冷たい彼の顔。

「何を……言ってるの? あたしは……」
「黙れよ!」

 光一は藍を抱き込むと押し倒した。

「コウ君!?」

 怒りに満ちた顔。

 それが自分に向けられていることを理解し、藍はパニックに陥った。

 可愛がっていた部下からのまさかの反発。彼が怒りに任せて覆い被さってくる。

「ちょっ……やめて! コウ君、いやっ!」

 格闘には自信があるが、罪悪感もあり、傷ついた彼を力任せに振り払うことが出来ない。

「いやだよっ……、こんなのいやだよっ! コウ君! お願い!」

 何とか正気を取り戻してほしくて、あの心優しい彼に戻って欲しくて、彼を躱しながら必死に叫ぶ。

 だが、彼の目に浮かぶ深い絶望を認めた藍は、はたと抵抗を止めた。

「……いいよ。好きにして。それでコウ君の気が済むのなら」

 藍は顔を背けると目を瞑り、自ら戦闘服のボタンをひとつ、またひとつと外し始めた。

「藍……さん?」

 突然の藍の振舞いに驚いた光一は身を起こし、ただ呆然と見つめている。
 
 藍はボタンを外し終えると身体を浮かせ、肩から戦闘服を滑らせた。

 スポーツ用の下着に包まれた、小ぶりだが形の良いふたつの膨らみが露になる。月明かりに映える、透き通るような白い肌。

「うあああああああああああああ!!!」

 光一は絶叫すると、下着に手を掛けた藍を押し止め、はだけた彼女の胸元を閉じた。

「ごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 急いで藍の上から降りると蹲り、号泣しながら額を何度も床に擦り付けて許しを乞う。

「コウ……君」

 藍はゆっくりと起き上がると、光一の肩に手を掛けた。

 彼女の目からもまた、堰を切ったように涙が溢れ出す。

「ごめんね、コウ君……ごめんねぇ……」

 藍は光一を起こすと、彼の顔をそっと自分の胸に抱き込んだ。

 深く傷ついた二人を癒さんとする月の明かりが、とても美しく、そして優しかった。


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あとがき

 このエピソードが書いていて最も辛かったです😢

 助けたかったはずの親友を死に至らしめたのは自分。それを現実逃避で藍のせいにしてしまった光一。

 藍もまた、戦果として捉えていた戦いが、光一の親友を死なせてしまったという現実に直面し、心が壊れかける。

 古今東西、多くの帰還兵たちが蝕まれるPTSD。勝った負けたの戦果に一喜一憂するのは戦線に立たずリアルを認識しないお偉方や、国民たち。そこに躍るのは無機質な数字。

 そんな彼らに仲木戸は一体何を仕掛けようとしているのか。

 次回からは第十二章「追憶」、11月18日(火)に掲載予定です。

 引き続きお付き合いいただけますとありがたいです🙇‍♀️