アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その伍】閑話休題 友情は翼のないキューピットである。 ③
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【その伍】閑話休題 友情は翼のないキューピットである。 第六代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン ③
門真はニヤッと笑うと、ポンポンと肩を叩いて、ロッカールームへと消えていった。
ほぅっ、と息をついたのもつかの間、
「坂本君」
と背後から呼ばれ、ビクッとする。
振り向くと、そこに居たのは、美鈴と仲の良い、神月だった。男性隊員には手厳しいことで有名な彼女。美鈴のことで文句を言われるのだろうか? と身構える。
「あ、えっとね。その、こういうことあたしが言うのも変だけど、美鈴ちゃんって、すごく良い子なの。だから、坂本君には、もっと普通の子として見てあげて欲しいな、って」
もじもじと、言い辛そうに話しかけてくる、北空の魔女の異名を持つエースパイロット。
あれ……? この人、こんな人だったっけ?
罵声が飛んでくるものとばかり思っていたので、拍子抜けだ。普段のツンとしたイメージからは程遠い、普通の女の子っぽい印象。そして妙に納得する。ああ、門真一尉はいつも、こっちの素顔を見ていたんだ、と。
「敏生には余計なこと言うな、って言われてるけど……、美鈴ちゃん、多分、待ってるよ」
そう言い残して、そそくさとその場を立ち去るクールビューティー。
正直、美鈴が何を待っているのか、意味が分からなかったが、確かにこのままで良いはずはない。原因は分からないが、自分が彼女を傷つけたのは、紛れもない事実。
坂本は勇気を出すと、美鈴の機を停めているハンガーに向かった。
いつも、周りに人がいる彼女だが、今は珍しく一人だった。機体の下に潜ってペンライトを当てている。真剣な表情で作業をしているので、声を掛けづらく、しばらく立ち尽くしていると、彼女がこっちに気づいて、手を止めた。
「……何ですか?」
能面な表情。心が折れそうになるも、今一度、自分を奮い立たせる。
「きょ、今日の課業後……、ちょっといいかな?」
「……今からだと外出許可取るの難しいので、営内でいいですか?」
美鈴が額の汗を拭いながら聞いてくる。
「あ、もちろん。俺も営内居住だし……」
「……じゃあ、一七三〇にトムキャットの前でお願いします」
そう言って、美鈴はさっさと話を畳むと、再び機体の下に潜ってしまった。あの、懇親会の時とは全く異なる、彼女の素っ気ない態度に凹み、ハンガーを後にする。だが。
よくよく考えると、自分のためにちゃんと時間を取ってくれた彼女。嫌なら断ることだって出来たはずだ。そして、もう一つ湧き上がった疑問。
あの日、彼女は外泊したにも関わらず、叱責を受けたという話は一切聞いていない。ということは、事前に外泊許可を得ていたということだ。
一方、自分は門真から、朝までとことん飲むから外泊許可を取っておけ、と言われていた。これまでにも、何度かそういうことはあったが、彼が神月と付き合い始めてからは、そのような誘いは一切無くなった。
まさか、とは思いつつも、自惚れるな、と頭を振る。いずれにしても、この想いには決着をつけようと思った。自分を変えたいと思った。傷つきたくないからと、直ぐ自分の殻に閉じ籠ってしまう臆病な自分と決別し、前に進むためにも。
*
約束の時間まで十五分。美鈴が待ち合わせ場所に指定してきたトムキャットの前、というのは、基地開放の時にメイン広場となるテイラーフィールドに展示されている、退役した米海軍艦載戦闘機・F14Aトムキャットのこと。
トップガンを観て、この道に引き込まれた坂本にとって、日本で唯一、F14が展示されているここが、基地内で最も好きな場所。いや、聖地と言っても過言ではなく、最近では展示される米軍の飛行機も増えてきて、休みの日などは基地の外に出るよりも、ここでスケッチブックを片手に展示機の写生をすることが癒しだったりする。
海自に入って厚木勤務を希望したのも、米軍の戦闘機を間近に見ることができると考えたからだった。
その厚木にまさか、海自の戦闘機部隊が創設され、そして、彼女に出会うことになろうとは。いつも自分の気持ちを上げてくれるこの場所が、今日を境に、苦い思い出の場所に変わってしまうかもしれない。いや、変わってしまう。
だが、そんなことも、今、直面している問題と比べたら、とてもちっぽけなことだ。既に緊張は最高潮。上手く喋れる自信も無い。
〝グース……、勇気をくれ〟
大好きな映画のワンシーンが脳裏を過る。マーヴェリックもあの時、こんな気持ちだったのだろうか?
気持ちを落ち着けようと、何度も深呼吸をしていると、向こうから歩いてくる美鈴が目に入った。見るからに浮かない表情の彼女に、気持ちが消沈しかけて、いけない、と奮い立たせる。
「あ、き、来てくれてありがとう」
「いえ……」
美鈴が立ち止まる。距離が遠い。右手で左腕を抱え込むようにしているのは、心を閉ざしているからか。
「それで、その……、えっと、この間のことなんだけど……」
全く目も合わせてくれない彼女。何かを相手に伝えたいとき、目を合わせてくれないことが、こんなにも辛いことだったとは。でも、それは今まで、自分がしてきたことだ。だから、この現実から目を背けてはだめだと思った。
「俺、自分に全く自信がなくて。正直、君のことはずっと高嶺の花だと思っていたし、傷つきたくなかったから最初から壁を作っていた。遠くから眺めているだけで幸せだった。だからあの日、あんなことになって、俺どうしたらいいか分からなくて、無茶苦茶パニくって……。あんなことになって、君の方が大変だったはずなのに、俺は自分のことばかりで……。本当にごめんなさい!」
言いたいことを一気に吐き出すと、深々と頭を下げた。だが、少しの間を置いて、聞こえて来たのは彼女のため息だった。
「だから……何で謝るんですか」
「え?」
不機嫌な表情の彼女。
「……もういいです。あたしは平気ですから。それから、安心してください。あの日はあたしたち、何もなかったので」
やっぱり……そうだったのか。本来ならホッと胸を撫で下ろすはずが、何故か、残念な気持ちになる。
「もういいですか? あたし、部屋に戻って色々とやらなくちゃいけないことがあるので」
「あ……」
踵を返す彼女。違う。自分はこんな話をしたかったんじゃない。
「あ、あの!」
咄嗟に、その場を立ち去ろうとした美鈴の腕を掴んでしまった。
「お……、俺、俺……」
驚いた表情で自分を見つめている彼女。もう、行くしかない。
「君のことが……ずっと好きでした!!」
大きく見開かれた彼女の目が、やがて困惑の色に変わる。
「……過去形?」
間違えた。脳内が沸騰する。
「あああ、えっと、違うっ! 今でも好きです! 君のこと傷つけたし、許してもらえるなんて思ってないです。でも、今更かもしれないけど、これだけははっきりしておきたくて。好きです! 君のことが大好きなんです!」
どうせ振られるなら、思いの丈を吐き出したい。ほとんどやけくそだった。かっこ悪いにもほどがある。案の定、彼女はぽかんとした表情で坂本のことを見ている。
ああ、やっぱりだめだよな……。
「あ……、えっと、ウザかったら、もうホント、すっぱりふってくれていいです。その、明日からは気にせず、ただの同僚として接してもらえれば……」
その言葉に、美鈴の顔が急に険しくなった。彼女は俯くと、肩を震わせている。
「…………何それ。ふれるわけないでしょ!? ウザくなんかないもん!!」
予想だにしなかった、彼女の突然の大声に、身体が固まる。明らかに怒っている顔。何が琴線に触れてしまったのか、さっぱり分からない。だが。
「ずっと……ずっと好きだったんだもん! あなたのことが!!」
「……え?」
耳を疑う。あまりにも衝撃的な告白。
「な、なんで……こんなかっこ悪くて情けない男のどこが……」
信じられなかった。いや、意味が分からなかった。
「情けなくなんかない! あたしの大好きな人を馬鹿にしないで!」
大きな瞳に涙を湛えながら口元を震わせている美鈴。
「駆け引きとか出来ない、真面目で控えめで実直なところ。あたしが困っているときに、いつもさり気なく助けてくれるところ。神様みたいに、飛行機の悪いところを直ぐに見抜いて、ささっと直しちゃうところ。……坂本三曹はあたしにとって、最高にかっこいい人なの! だから……、そんな風に自分を卑下して欲しくない!」
驚きのあまり、何て返したらよいのか分からない。ボロボロと涙を溢している彼女に、何かを言わなければ、と思うも、口をパクパクするばかりで、言葉に繋がらなかった。
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