Vrewに溶かされた40時間。時給100円の週末
〜楽になるはずのAI副業が、週末を丸ごと飲み込んでいった〜

冷え込みの厳しい金曜日の夜、本業を終えてPCの前に座ったとき、私はどこか根拠のない自信に満ちていました。
「Vrewを使えば、30分動画の編集なんて一瞬で終わるはずだ」
という気持ちがどこかにあって、それを疑っていなかった。
気づけば窓の外が白み始めて、鳥の声が聞こえていました。それでも私は、まだマウスを握りしめたままでした。土曜も日曜も、ソファに腰かけた記憶がない。
楽になるために始めたはずのAI副業が、週末を音もなく侵食していきました。
画像生成の次に手を出したのが、AI動画編集でした。
きっかけは、以前のショート動画案件でわずかな手応えを感じてしまったことだったと思います。「Vrewが文字起こしや間のカットを自動でやってくれるなら、長尺動画もその延長線上に過ぎない」そう思っていました。
当時の私は、ショート動画と30分を超える長尺動画の間にある作業量の差を、完全に見ていませんでした。
案件を2件同時に獲得した瞬間、手に入るであろう報酬の数字だけを数えていて、自分の限界を冷静に見極めることをしていなかった。
どこかで「やってみれば何とかなる」という感覚があって、それが2件同時受注という判断につながっていたのだと思います。
「資産運用」が「死産運用」に変わる画面を、何時間も見ていた
いざ作業を開始すると、「自動」という言葉の裏にある現実が待ち受けていました。
Vrewの文字起こし精度は高いものの、誤認識は無数にありました。「資産運用」が「死産運用」と変換されるような、笑えないミスが延々と続いていました。自動カットは便利でも、テロップの微調整やBGMの挿入といった手作業は、結局残されたままでした。
確認して、直して、また最初から見直す。そのループの果てに、金曜から日曜の夜まで40時間が消えていました。
納品を終えて、ふと報酬と時間を照らし合わせると、計算した瞬間に指先が止まりました。正直、数字を見た後しばらく画面を閉じる気にもなれなかった。
時給100円にも届いていなかった。
確認作業という「新たな労働」
後から気づいたのですが、私はツールの表面的な機能しか見ていませんでした。
「AIが文字を起こす」「AIが無音をカットする」
そのピースを繋ぎ合わせれば完成品ができると、信じ込んでいたのです。
でも、AIの出力を精査してクオリティを保証する作業は、どこにも消えません。
「AIが全部やってくれる」と「AIを使って自分がやる」
は、似ているようで、まったく別のことでした。
当時の私には、その違いが完全に見えていなかったのだと思います。
今ならわかる、あの見積もりの甘さ
2件をなんとか完遂した後、私は動画編集から静かに身を引きました。
続ければ慣れて早くなるのかもしれません。 でも当時の私には、「いつか楽になる」という未来を信じるだけの心の余白が、もう残っていませんでした。
都合の悪い現実を直視する前に動き出してしまう。
それが私の迷走の、逃れられないパターンだったのかもしれません。
あの時給100円の週末は、必要な通過儀礼だったのか。
それとも、避けられた失敗だったのか。 今もその答えは出ていません。
私のAI副業迷走の記録を、他にも書いています。
