違和
愛猫が死んだ。
だけど私は、悲しくない。
いま私は、自分という名前の
着ぐるみを着て
その目を通して世界を観ている。
猫が14歳になった頃から
自分の心を守るために
猫が死んだときのことを
ときどき想像していた。
「この子がいなくなったら
私は生きていけない」
「きっと私は壊れてしまう」
想像するのが怖くなり
いつも浅いところで止めていた。
ところが、
なんということだ。
愛猫が死んでも
実際の私は
淡々と仕事に行き、
家事をこなし、食事をして
テレビを観ていたりする。
猫の写真を見るのも
平気だ。
この間、同じ映画を2回観て
2回とも号泣していたではないか。
あれは誰だったのだ?
