続・30歳になったら死ぬつもりでいた
22歳の自分がつまりなにを言いたかったかと言うと、誰かに助けて欲しかったんだと思う。
つい先日、晴れて30歳になった。22歳の自分が危惧していた銭函の海にダイブ!みたいなのは一旦杞憂に済んだ。なんで銭函だったんだろうなこれ。山中さわおを産んだ土地だから……?
30歳になったら、宣言通り全てをかなぐり捨てて終わらせているか、そんなこときっぱり思わなくなって健康に暮らしているかのどちらかだと思っていた。ていうかどちらかであって欲しかった。蓋を開けてみたらなにひとつ上手く終わらせられていなかったしまるで健康でもない💪未だに10年以上前の地獄を夢に見て夜中げえげえ言いながら飛び起きているし29歳の秋には左の太ももと肩に新しい火傷が増えた、アラサーにもなって………と思ったらかなり情けなくて悲しかった。そもそも基本的に日中はベッドの中で口の端から呪詛を涎のように垂れ流し続けている。
よくよく考えたら当たり前だった。今のあたしは、そういうことをしながら生き延びたくてバタついてたあの頃のあたしと地続きなのだ。綺麗さっぱり生まれ変われるわけなんてなかった。
だけどあたしは生きてる。生きてる!どんな姿でもなにをしてても何に泣いて何が苦しくて死にたくても、ここまで生きてきた。衝動的に自分の肌を焼いてしまう程度には弱いが、そんなことをしながらも30年間毎日起きて飯食って寝てる程度にはしぶとい。
及第点くらいは、あげてもいいんじゃないでしょーか。褒めてやりたい。だめか?
死にたいとか言わなくなんのが一番いいけど、最悪死にたいが口癖のしわくちゃババアになってやろうと思う。また言ってるって笑い飛ばして一緒に酒でも飲んでくれ。歳食って飲めなくなってたら養命酒でも可。うわ、養命酒ショットに入れて皺だらけの顔で好きpeopleと乾杯してる姿を想像したらかなりやりたくなってきたな………ファニーでキュートなピンクババアになりてーね。
本当は、当然だけど、元気になりたい。つまりはもっと前みたいにたくさん文章を書けるようになりたいし、夜はきちんと眠りたい、苦しい過去を夢に見ても所詮過去だしって鼻で笑いたい、あと普通に昼間に働きたい。
でも多分全部叶えることは無理なんじゃないかな、あたしがこの10年くらいで大人になったのってそれがわかるようになったことだ、あたしが思う理想の精神性みたいなものはどう足掻いたって手に入らない。なんでかって、そもそもこういう性格だからですよ。ぜってー無理なのにそれがわからなくてかなり遠くにゴールを設定し続けてきたから苦しかった。多くを求めないようになったら少しは気が楽になるんじゃないかと思う。
あたしの人生のヒーローみたいな男が15年前の4月13日、あたしの15歳の誕生日の翌々日に出した曲の中で、「消えない悲しみがあるなら生き続ける意味だってあるだろう」と歌った。あたしが背負ってきた業や悲しみが消えずに燃え続けることは、いつかあたしの生きていく意味にもなるんだろうか。試しに引き連れていってみような。
ま、もしかしたらうっかり全部叶っちゃうかもしれんしね!なんてね。進み続けた者にしか分からないってエレンも言ってたし…………あと20話くらいでアニメ観終わるんですけどアレ本当にみんなちゃんと報われますか❓大丈夫ですか❓あたしの20代は進撃の巨人で終わったし30代は進撃の巨人ではじまったよ、こんなおもしれーもん知らんまま死ぬところだったのかなりあぶねかったー❗️❗️❗️
話が逸れた🎶
頑張ってすげー強気に書いたけど慣れなさすぎて指先がプルプルしてる!ねえ、基本的には今も毎日死にたいよ🎶強がっちゃって恥ずかしいよ🎶
だけどこの間、地元で大好きな女の子と男の子と3人でプリクラを撮った時、男の子に「あんたもなんか書いてよ!」とペンを渡して書いてもらった一文を読んで、あたしが君と出会った16歳の頃から14年間ずっと30歳で終わらせたいって言ってきたことを知ってる上でこれを書くんだと思ったらあたしは嬉しくて、強がりでもいいからこういうこと言っていかなきゃって、思ったワケ!

ハートが可愛くてウケる。頑張んね。見てろよー
◆
ちょーーー個人的な話なんだけど、30歳の誕生日を迎えた翌週に人生で初めての自主企画ライブをやった。
物心ついた時からずっと音楽が好きだった。特にバンドが大好きで、色んなバンドに人生のBGMを担ってもらってきた30年間だったと思う。特に20代前半から長く熱心に聞いてきた3組のバンドのフロントマンを地元札幌に招いて、歌ってもらった。


あたしのnoteを昔から読んでくれている人なら知っていると思う、あたしはこの3人が作る曲に対して何度も何度も熱心にnoteに愛を綴ってきた!夢のような夜だった。地元の友達、家族、インターネットフレンズ、あたしと同じ音楽を好きでいる初めましての方々、その人たちと一緒に、愛するボーカリスト3人がギター1本で歌う姿を見ながら、生きていて良かったと思える夜は自分で作る、と思った。あたしは時々すげー馬鹿だし変なところで思考が停止しているし泣き虫の愚図だけど、よくわかんねえ行動力と覚悟を秘めていて、自分のそういうところだけはかなり強く信じている。

お前5年後その2バンドのボーカリスト自力で札幌まで呼んでるよ!ってこの時の自分に言ったら生きる生きる生きる~~~♡♡♡♡ってなるんじゃねえかなと思ったりした、単純でしょ
観に来てくれていた母から終演後に「あなたがこの音楽に支えられて来たんだなあって思いながら聴いていたらその音に感動してはらはら涙が出たよ」とLINEが来ていた。そーだよ母さん、あたしはこういう音楽と共にここまできたよ。
だけどその音楽をどういうふうに受け取ってどういうふうにエンジンをかけて走り出すかは全部あたしの勝手だった、ずっと音楽に生かしてもらってきたような気がしていたけど、あたしを生かしてきたのはあたし自身だった。音を、言葉を、ごくごく飲み込んで、腹いっぱいになって\パパパパッパッパー/ってレベルアップして、強くなった自分が自分をここまで生かしてくれた。
あの記事を書いた22歳の自分へ、誰かに助けて欲しかったんだよな、わかるよ、でもおめーのこと助けられんのはおめーだけだよ!その代わりそれが出来るくらいおめーを強くしてくれる愛しい煌めきたちが、増えたり減ったりしながら、だけど消えずにずっと傍に在るよ。
呪いには無理に勝とうとしなくていいんじゃないかな。とりあえずは呪われたままでもいいよ。それは、いつかでいい。でもいつか叶うといいよな。
あ、企画の打ち上げで、世界一大好きな歌声のひとが、「35歳をすぎたあたりから人生が別の角度で楽しくなった」って言ってた!どうなんだろね。確かめたいね。30歳になったけれど、ごめんね、思ったよりまだわかんないことばっかりだから、似たようなことを繰り返しながら少しずつ答え合わせしていこう。
とりあえずは生きてりゃまたこういう夜を作れるんじゃねえかなって思うよ。寿命決めんのはもーやめた。
続きを進む恐怖の途中
続きがくれる勇気にも出会う
じゃあまたね。
