【Log.1-02】因習村の生贄に選ばれたのだが 〜相手が変人先輩(男)な件〜
☠️〈 怪奇同好会へようこそ 〉☠️
~変人先輩と巻き込まれ俺の、受難な日々~
BLラブコメ×オカルト / 6話完結
儀式は終わったはずだった。だが、カバンに入っていた血塗れのナイフと、身に覚えのない記憶が俺を追い詰める。
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第2章:記憶にない流血
異変は、わかりやすく「顔」に出た。
儀式の夜から三日が過ぎた月曜日。 登校してきた真白先輩の顔色は、死人のように青白かった。
いや、もともと色白な人だが、今はなんとなく土気色というか、生気がない。目の下には、少女漫画の美形キャラには許されないレベルの濃いクマができている。
「……先輩、大丈夫ですか? なんかやつれてません?」
「ん? ああ、問題ない。少々、論文の執筆が忙しくてな……」
昼休み。
いつものように屋上でサボっている先輩に声をかけると、彼は力なく笑った。
その動作の端々に、妙なぎこちなさがある。座る時にお腹を庇ったり、腕を上げる時に眉をひそめたり。 まるで、見えない怪我を負っているような動きだ。
「病院行ったほうがいいんじゃないですか? ほら、あの洞窟、カビとか凄かったし」
「心配性だな、悠斗は。俺は健康そのものだ。それより、今日の放課後の活動だが――」
先輩が話題を変えようとした、その時だった。
俺は自分のカバンから次の授業の教科書を取り出そうとして、指先に「ぬるり」とした感触を覚えた。
(……え?)
教科書の背表紙ではない。もっと冷たくて、硬質な。
恐る恐るカバンの中を覗き込む。
そこには、俺の見覚えのない「果物ナイフ」が入っていた。
それも、刃の部分に赤黒い何かがへばりついている。
錆(サビ)? いや、違う。この鉄臭い匂い。これは、血だ。
「ッ!?」
俺は悲鳴を飲み込み、慌ててカバンを閉じた。
心臓が早鐘を打つ。
なんで?
俺はこんなもの持っていない。
家から持ってきた覚えもない。
じゃあ、いつ入れた? ……わからない。
昨日の夜、自分が何をしていたか、記憶が曖昧だ。
冷や汗が背中を伝う。ふと顔を上げると、真白先輩がじっと俺を見ていた。 いつもの軽薄な笑みではない。探るような、それでいて何かを耐えるような、痛ましい瞳で。
「……悠斗。どうした? 顔色が悪いぞ」
その言葉は、そっくりそのまま先輩に返したい言葉だった。
放課後。俺は部活動の時間になるのを待ち構えて、真白先輩を理科準備室へと連れ込んだ。 ここなら鍵がかかるし、誰も来ない。
「おいおい、そんなに乱暴に引っ張るなよ。俺との密室イベントを所望とは、悠斗も隅に置けないな」
「軽口叩いてる場合じゃないですよ!」
俺は先輩をパイプ椅子に座らせると、単刀直入に切り出した。
「先輩、怪我してますよね?」
「……何の話だ」
「とぼけないでください。さっき歩いてる時も足引きずってたし、今だって右腕、庇ってるじゃないですか」
俺は先輩の右腕に手を伸ばした。 先輩は反射的に身を引こうとしたが、俺のほうが早かった。制服の袖を強引に捲り上げる。
「ッ……!」
そこにあった光景に、俺は息を呑んだ。 綺麗な腕に、痛々しい包帯が何重にも巻かれている。その隙間から、新しい血が滲んでいた。 ただの擦り傷じゃない。鋭利な刃物で切りつけられたような傷だ。
「これ……どうしたんですか」
「……料理中に失敗しただけだ」
「嘘つかないでください! 料理でこんな場所、怪我するわけないでしょ!」
俺の脳裏に、カバンに入っていた「血のついたナイフ」がフラッシュバックする。 手が震え始めた。認めたくない想像が、頭の中で形になっていく。
「俺のカバンに、ナイフが入ってたんです。血がついたやつが」
「…………」
「俺、最近……夜の記憶がないんです。朝起きると、体がひどく疲れてて、手に泥がついてたりする。……先輩」
俺は先輩の胸ぐらを掴んだ。
掴んだ手から伝わる先輩の体温は、ひどく低い。
「俺が、やったんですか?」
部屋の空気が凍りついたようだった。
真白先輩はしばらく黙っていたが、やがて諦めたように長く息を吐いた。
眼鏡を外し、疲れた瞳で俺を見つめる。
「……掟(おきて)を、覚えているか」
「え?」
「『洞窟で起こったことは、一切他言してはならない』。これは、ただの精神論じゃない。呪いの安全装置なんだ」
先輩は俺の手を優しく解き、自分の手で包み込んだ。
その手は傷だらけだったが、力強かった。
「お前の中に、『何か』がいる。そいつは俺を狙っているが、お前の意識があるうちは出てこれない。そして、お前がそのことを自覚してパニックになれば、心の隙間が広がって、そいつは完全にお前を乗っ取るだろう」
だから言えなかった、と先輩は言った。
俺が「自分が先輩を傷つけている」と知れば、俺の心が壊れてしまうから。
この人は、毎晩俺(の中の化け物)に襲われ、切り刻まれながら、それでも俺を守るために黙って耐えていたのか。
「馬鹿じゃないんですか……! 何カッコつけてるんですか! 殺されるかもしれないんですよ!?」
「お前に殺されるなら、それもまた一興……と言いたいところだが」
先輩は痛む体を押して立ち上がり、いつものニヒルな笑みを浮かべようとして――失敗した。 体がぐらりと傾く。
「先輩!」
俺は慌ててその体を支えた。
ずしりと重い。
耳元で、先輩の荒い呼吸が聞こえる。限界だったんだ。
「……悠斗。俺から離れろ。日が落ちる」
「は?」
「もうすぐ夜だ。……『そいつ』が来るぞ」
窓の外を見ると、空が茜色に染まり始めていた。 その赤さが、視界いっぱいに広がっていく。
俺の意識が、急激に遠のいていく。
ドクン。
心臓が大きく跳ねた。
俺の腕の中で、先輩が目を見開いて俺を見ている。
違う、俺を見ているんじゃない。 俺の背後にいる、あるいは俺の中からこちらを覗いている「誰か」を見ているんだ。
「……ああ、お目覚めか」
先輩が苦しげに呟く。
俺の口が、俺の意思とは関係なく勝手に動いた。
『――ミツケタ。マタ、アイニキテクレタノネ』
視界が暗転する直前。
俺は自分の手が、先輩の首へと伸びていくのを見た。
(続く)
