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足りない欠片 エピソード0最初の日    第1話 さすらいのサスケ 

  • エピソード0 最初の日    第1話 さすらいのサスケ



この家の匂いに安心する、だけど。
外の匂いで帰りたくなる。
窓ガラスに残った白い拭き筋を僕は舌先で舐めた。
また少し白い筋が出来る。
いつまでやっても終わりがない。
どうしても透明にならない窓ガラスに向かってため息をついた。
きれいにしたはずなのに、角度を変えるとまた新しい筋が見つかる。
それは、解決したつもりで何度もぶり返す、心の小さなモヤモヤに似ている。
 

### エピソード0:最初の日


ここに来る前、僕は本当のママと兄弟猫と一緒に暮らしていた。
ある日、僕が走り回るから、ママが僕を追いかけてきて首元を咥えられた。
他の兄弟たちもいるのに。
そしたら、突然、止まっていた車がバックしてきて…… 。
僕とママの目の前で、兄弟たちが車に轢かれた。
ママは咥えていた僕をアスファルトの上に落とした。
それから、ママはおかしくなった。
僕がお腹を空かしていてもおっぱいを欲しがっても、もう元のママじゃなくなった。
それでも、ずっとママの後を追いかけてた。
しばらくして、ママは人間のところに行った。
それから、たまにご飯をくれる人間につかまって、暗い箱の中に閉じ込められた。 箱から出された時は、もうこの家にいた。
今のママが 「今日からうちの子よ」って言った。
「ママだよ」って。
だから……。
「全然違う!」「そうじゃない!」「わかってよ!」
「ママのところに帰して!」
そんな声が、まだ胸の奥に残っている。

### 第1話:さすらいのサスケ


猫の道路、いや、人んちのブロック塀を颯爽と歩く斑猫。
サスケさんはこの辺じゃボス猫と呼ばれる頼れるカッコいい野良猫だ。
ボス猫だからってちっとも威張ってない。
かといって愛想が良い訳でもない。
僕から見たら、自然体でカリスマ性がある猫の中の猫だ。
少なくとも僕はサスケさんを尊敬してる。
そんなサスケさんを崇めている人間がひとりいる。
うちのパパだ。

まだパパの工房ができたばかりのころの話だ。
自宅の隣にそれはあった。
パパは日中ずっとそこで革製品の小物を作っていた。
ある朝、入口のアルミの引き戸が少しだけ開いていた。
「あれ?鍵かけ忘れてたんだ。最近、考え事ばかりしてるからなぁ。気をつけなきゃな」
独り言を呟くと、座面がくるくる回る事務用の椅子に腰掛けて、座ったまま回りながら工房の中を見まわした。
六畳ちょっとの小さな工房には別に盗まれそうなものは置いてない。置いてあるものといえば業務用のミシンや専用の道具、お客さんから預かったバッグや財布を保管するためのロッカー。
ただ、開業したばかりでここにはまだ何にも入ってなかった。ただの空っぽのロッカー。
大事なものといえば、タンナー工場から仕入れてきた切り出し前の広いレザー。
高さの異なる木製の革ハンガーには数種類のレザーがかけられているが、一枚でも結構な重量でそう簡単に持ち出せる代物ではない。
開業する前までは色々な準備に追われてゆっくり椅子に座る暇さえなかったが、いざ全ての準備が整った時「やっと終わったー」と声に出してしまった。
工房を建てるのを手伝ってくれていた工事の人達から「今からですよ!」って笑われた。
が、しかし、開業したら仕事回すよって言ってた仲間も全然、音沙汰なくなったし、腕を見込んでくれていたクライアントさんもこんな住宅街にひっそりと建てた工房までは足を運んでくれなかった。
「重たい空気を物理的に変えよう!」
北と東に二箇所ある工房の窓を開け放った。
工房の北側も東側もブロック塀に囲まれていて、窓を開けたからといって眺めは全然良くない。ただ北側の家は庭木や花を植えた小さな庭がある。
「借景、借景」
と、庭木の下の木漏れ日に照らされて丸くなって寝ている斑猫がいる。
そのすぐ傍で雀が何かを啄(ついば)んでいた。
「おぉ!ここは日光東照宮だったか!」
一歩下がり、その斑猫に二礼二拍手した。
すると、寝ていた斑猫が目を覚ますや否や、目の前のブロック塀に軽やかに飛び乗り、目を見て鳴いた。
暫く顔を合わせていたが、斑猫は隣の庭に飛び降りるともう姿が見えなくなった。
これはきっと神様からのお告げだ!
その日の午後、それまで勤めていた工房にお茶菓子をもって挨拶に行ったら、なんなく二、三ヶ月分の仕事を回してもらった。
ありがたや。ありがたや。
 
それからはたまに北側窓を開けてみては斑猫を探すようになった。
斑猫は顔が見えると、塀に飛び乗ってくるので、いつでもおやつをあげられるように猫の餌を工房に常備した。
「この前はありがたいお告げをいただきまして、心より感謝申し上げます。
心ばかりの品ですが、感謝のしるしにお納めください」
などと言って、干し蒲鉾や煮干しをお皿に入れて人んちの塀の上に置いた。
首輪もしていないし、言ったら悪いが薄汚れている。
どうみたってよその飼い猫じゃなさそうな斑猫をなんとか工房に招き入れようとしていた。
あわよくば、工房の眠り猫、いや看板猫になってもらおうとあの手この手で猫の気を引く作戦を企てたが、期待虚しく斑猫はご飯のお礼をニャアと告げるとすぐさまどっかに消えて行った。
それから毎日来たかと思えば一、二週間来なくなる。
拳をグーとパーにして、ポンと打ちつけると、笑顔でこう言った。
「そうか!あいつはさすらいの猫なんだな」
「今度あいつが来たら名前をつけてやろう」
そう言って、パパが勝手に、サスケって名付けた。

ひとやすみするサスケ


 
 
 

【次回予告】家猫になった僕が家出しちゃう話です。


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