見出し画像

【後編】「知」を世界に放つ、 スタートアップ -研究と事業の化学反応で既知を越える。社会への「カタパルト」-

大学の「知」=研究を社会に届ける手法として、注目が集まるスタートアップ。
大学の独創的な研究と社会・市場の視点が出会うとき、その景色は劇的に変化すると担当するイノベーションプロデューサーは語ります。
前編に続き、後編では、研究者の「思い」に寄り添い、京都大学発スタートアップ創出を支援する現場をお伝えます。
※本記事は、成長戦略本部広報誌『IAC Newsletter vol.04』(2026年7月発行)の巻頭特集をnote向けに掲載したものです。


PROFILE|プロフィール
小笠原大知 OGASAWARA Daichi
京都大学成長戦略本部エコシステム構築領域・イノベーションプロデュー
サー。三菱商事株式会社に入社後、グローバルビジネスの最前線を経験し、
2025 年から京都大学に出向。


グローバルビジネスを知る伴走者

―― まず、担当と経歴について教えてください。
小笠原: 私は、京都大学発の研究成果からイノベーションを創出すべく、起業による社会実装をハンズオンで支援しています。具体的には、成長戦略本部のエコシステム構築領域において学内GAPファンド「京都大学・三菱商事 Startup Catapult」(以下、SC)プログラムの運営に携わるなど、先生方の近くで活動しています。
大学時代は、血液中のタンパク質を分析して病気の診断を行うプロテインチップに関する研究をしていました。当時、私自身、スタートアップを起こしてはどうかというお話もいただいたのですが、さまざまな業界と接点を持ちながら、「科学技術を日本の競争力にしたい」との思いがあり、三菱商事に入社しました。入社後は、石油化学製品のトレーディングに従事し、イギリス、ドイツへ駐在、直近では環境素材の事業開発などに携わってきました。2025年に経営企画部全社戦略開発室から京都大学に出向して現在に至っています。

死の谷を飛び越える「射出装置」

―― グローバルな実務経験をお持ちなのですね。担当しているSCとはどのようなものでしょうか?
小笠原: ひとことで言えば、京都大学の知を社会課題解決の力に変え、世界へ解き放つ「スタートアップ孵化・射出装置」です。
研究成果が社会で使われる製品やサービスになるまでには、開発や実証、顧客開拓など多くの壁があります。これは俗に「死の谷」と言われますが、SCはスタートアップ創出時に直面する、その谷を越えるための寄付支援プログラムです。「Catapult(カタパルト)」の名の通り、研究成果を社会へと一気に「飛ばす」ものですが、その支援内容は資金面に留まりません。

―― その特徴や独自性は何でしょうか?
小笠原:研究者の「思い」にとことん寄り添う支援体制だと思います。具体的には、①事業化アイデア(社会課題認識・ビジネスプラニング)、②実用性検証(潜在顧客ヒアリング・概念実証)、③チームアップ(創業メンバー組成)、④会社設立準備(手続き・資金調達)とさまざまなフェーズにおいて伴走していき、学外の研究者や海外を含めた民間企業との連携を図ることもあります。
まず先生方に、価値観や研究背景から技術シーズの強みまで、じっくりお話をうかがい、共同研究やライセンスアウトではなく、「起業」が社会実装の選択肢として適切かの検討から始まります。その上で、想定顧客やビジネスモデル、事業戦略の「壁打ち」を行います。ただ、その結果、やはり純粋な研究の継続や他の社会実装が良いと先生方が判断した際には、成長戦略本部(IAC)の他領域や総合研究推進本部に橋渡しするなど、柔軟に対応しています。
また、一案件につき主担当と副担当として、バックグラウンドの異なる 2 名がつく体制をとっています。これにより、客観性や別視点により発展を遂げる可能性を担保しています。世界的にはベンチャーキャピタル(VC)が投資判断をする際、技術だけではなく「国際的なビジネス展開をできるメンバーがそろっているかどうか」、つまり「チーム」を見ます。そのため、チームアップ、経営人材の確保が重要な要素になります。京都大学には京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)などのグループ会社があり、事業化アイデアから資金面までシームレスな支援体制が整っていることも、大きな特徴だと思います。

研究×産業が見せる新たな世界

―― 産業界や市場からの視点と、大学の研究からの視点。それらの違いが、相乗効果の源泉となっていると感じることはありますか?
小笠原:大いにあります。実社会・市場では社会課題と事業機会の見極めをアンテナ高く研ぎ澄ましていますが、そのソリューションは知っていることの範疇を超えることはなかなかありません。その点、研究の現場には想像もできない着眼点やスケールで独創的な発想が生まれており、現実が歪むような未来観を垣間見ることがあります。
一方で、先生方から、おもしろい研究成果が出たのだけれど社会実装に向けた解像度が上がらないという相談を受けることもあり、こちらから事業化の提案をした結果、「それは想像できなかった」と驚かれることも多く、研究と事業の相乗効果を実感しています。
当初は「技術そのものの新規性」に集中していた意識が、議論を重ねるなかで「誰の、どの課題を、どの順番で解くのか」という視点へ大きく変化していく。研究者が自らの技術の価値を「研究成果」ではなく、「社会や産業構造の変化を生み出す手段」として再定義し、その言葉や視座が変わっていくことに、支援者として強い手応えや可能性を感じます。
 
 
―― 印象に残っているプロジェクトなどはありますか?
小笠原:例えば、宇宙の天体観測用に開発されたガンマ 線の可視化技術が、天体ではなく地上の廃炉処理やがん 治療の画像化などにつながった例は、外部の視点が入る ことで技術の提供価値がダイナミックに転換したケース だと思います。 その他にも、最初の面談で技術の優位性をうかがいな がら、一枚のビジネスモデルを描いて「このモデルに乗せられますか?」と提示した際、先生が長い沈黙の後に「確かにこれなら事業化できますね」とうなずいて始まったプロジェクトがあります。その後は展示会、膨大な書籍の読み込みなどを通じて、実際の産業でどのような導入障壁があり、誰と連携すれば大きなインパクトをもたらせるか検討し、技術の提供価値や事業の方向性を再定義していきました。概念実証の設計や知財戦略まで構想を立体的に磨き、世界的な民間企業を巻き込み実行する過程はエキサイティングです。
また、創業メンバーの組成に際し、世界的なメーカーに勤めた経験のある人材を複数名獲得し、プロトタイプ作成に入っている別のプロジェクトもあります。研究代表者と米シリコンバレーを訪問し、潜在顧客や VC とも意見交換しました。スケール化に向けホテルロビーで熱のこもった作戦協議を繰り返し、なんとか光明が見えました。その後に皆で交わした乾杯は最高の思い出です(笑)。

圧倒的な基礎研究を、世界に誇る産業へ

――最後に、今後の展望とメッセージをお願いします。
小笠原:
大それたことは言えないですが、私は今も、キャリアの原点である「科学技術を日本の力にしたい」という一心で、スタートアップの創出支援に従事しています。そして、現在の SC を通じてその手応えを感じています。
多くのノーベル賞受賞研究に代表されるように、京都大学の基礎研究には圧倒的な卓越性や独創性があり、世界市場を前提に事業をつくり込むことで、同じシーズでもまったく違う世界観へ発展します。
さらに学内・学学・産学官連携を加速し、世界に誇れる「産業」を創出したい。京都大学であればそれを連続的に実現するエコシステム構築ができると信じています。

大学の知を社会・未来へとつなぐ、エコシステム構築領域とオペレーション・マネジメント・オフィスベンチャー創出支援担当、京都iCAPのメンバー

▼前編はこちらから
【前編】「知の循環」を起動する、自律型エコシステムへの挑戦


RELATED LINKS|関連リンク

▼成長戦略本部(IAC)では一緒に働くメンバーを募集しています
京都大学成長戦略本部(IAC)採用情報
▼この記事が掲載された広報誌(PDF)はこちら
広報誌『IAC Newsletter vol.04』