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半獣人は箱庭の学園で耳を隠す#2 【創作大賞2024】

 半獣人というのは、人間側にも、獣側にもなれない中途半端な存在で、どちらからも忌み嫌われる存在だ。特に歪な見た目が不気味だと疎まれる。
 半獣人はどちらの特性も中途半端に出てしまう。わたしの場合は、左だけ羊の耳だし、尻尾はあまりにも短いし、足の蹄が人間の肌と同じ色をしている。わたしが生まれた山の上の羊の集落ではよく顔をしかめられていた。群れのなかでいつもひとり。見ることも触れられることも呼ばれることもなかった。どうして母はわたしを生んだんだろう。死んでしまったから、もう聞くことはできない。
 人間のところに行けば、自分にも居場所があるかもしれない。春の雪解けで勢いの増した川をボートで下って、わたしは人間の国へ向かった。でも、あのまま羊の集落で死んだほうがマシだったかもしれない。人間たちに追いたてられ、石を投げられ、罵声を浴びせられても、わたしに帰る場所はなかった。蹄はブーツで、尻尾はスカートで、左耳は髪で隠して、何とか人間たちに紛れて、怯えながら暮らしていた。
 そんなわたしが、まさか人間と獣人と一緒に共同生活をしなきゃいけないなんて。しかも、逃げられないと教師を名乗る精霊のサイリは言っていた。
 鏡の中のわたしが無表情で虚ろな瞳をして見返してくる。ぱたと揺れる左の羊耳が鬱陶しい。

「……リボン、探さないと」

 いつまでも自分の髪を手で握っていたら不審に思われるかもしれない。この部屋のどこかに髪を結ぶリボンないだろうか。なければ、何か布を引き裂かないといけないかもしれない。
 薄暗い部屋の明かりをつけようと、わたしは手を伸ばしてドレッサーの横にあるルームランプの紐に手を伸ばした。
 かちっと明かりを点けると室内の様子がよくわかる。花柄の壁紙に青空と同じ色のカーテン、木目のタイル。目の前にあるドレッサー以外に、テーブルと椅子、衣装箪笥に天蓋つきの大きなベッドがある。ベッドの上には服が置いてあった。立ち上がって近づいてみると、服の上に一枚の紙が置いてある。『学園生活ではこちらの制服を着用して活動してください』と記されている。
 制服を手にとってみると、驚くほど滑らかな手触りで触り心地がよいものだった。羊の集落で生産していた羊毛からの高級糸と同じか、それ以上かもしれない。冬の透ける空のような色合いに染められた生地のスカートとジャケット。胸元に結ぶリボンは滲む夕焼けのようなやさしい赤だった。
 このリボンを細く裂いて、髪を結んでもいいかもしれない。……でも、制服の一部を破るようなことは悪目立ちしてしまうかもしれない。

「……これから、どうしようかな」

 力が抜けて、またドレッサー前の椅子に座った。教師だと名乗った精霊のサイリは、この学園から逃げられないと言っていた。じゃあ、いつまで。精霊が満足するまで、わたしはここで正体を隠して、人間や獣人たちと過ごさないといけないの。人間たちは明らかに獣人という存在を憎んでいるようだったし、獣人たちは人間を見下している。どちらでもあってどちらでもないわたしは、どちらからも迫害されてしまうだろう。最悪、殺されてしまう。どうしろっていうんだろう。
 急にむなしくなってしまって、立ち上がる元気もなかった。今日はいろいろなことがありすぎて、ひどくくたびれてしまった。何もしたくない。ぎゅっとまぶたを下ろしたときだった。
 こんこんとノックのような音が聞こえた。
 目を見開いて、音の鳴ったほうを見る。玄関じゃない。閉めきられたカーテンの向こう、窓のほうからだ。風の音だろうか。……それとも、誰か来た? 誰が? 女を侍らせたいというようなことを言っていた獅子? わたしが半獣だと勘づいたリオン?
 気のせいでありますようにと思いながら窓のほうをじっと見つめていると、またこんこんとノック音がした。誰か、いる。
 怖くなって身をすくめたわたしのひじが、ドレッサーにぶつかった。上に備えられていたベルが転がって、りぃんりぃんと高い音を鳴らす。さぁっと血の気を引かせながら転がるベルを止めるけれど、もう鳴ってしまった。窓の向こうの存在にも聞かれてしまった――

『はぁい。お呼びですか、お嬢さん』

 今から死んでしまうのではないかと思っていたわたしの緊張が、突然部屋に響いた気の抜けた声を聞いた瞬間に抜けていった。ちょっと舌たらずな幼いような声。でも、その姿は見えない。代わりに、部屋の中央でふわふわと浮かんでいる仔羊サイズの小さなマントが現れていた。

「えっと、精霊?」

 緊張してからからに渇いた喉でわたしがおそるおそる尋ねると、目に見えないマントの持ち主がうふふと楽しげに笑う。

『あたし、妖精のスピリットです。精霊の方々ほど高位ではないので、かしこまらないでくださいな。さて、御用は何でしょう、お嬢さん?』
「ご用?」
『そうなのです。……あれ、御用があるからベルを鳴らしたんじゃないんですか?』
「えっと、ベルってこれのこと?」

 わたしの手の中にベルはあるけど、恐怖から一転してゆるんだ空気になったことに追いつけなくて、いまいち事態が呑み込めなかった。混乱しているわたしに、妖精のスピリットが制服の上に置かれていたメッセージの紙を持ち上げて、ひっくり返した。

『こちらに、「お困りの際は呼び出しベルを鳴らしていただくと、妖精スピリットがお助けいたします」と書いているでしょ。だから、助けにきたのです』
「ああ、そうだったの……」

 わたしの手の中にあった呼び出しベルをドレッサーの上に戻した。いろいろとわたしが困っていたことは事実だった。
 先ほどから静かな窓のほうを見て、少し声を潜めてスピリットに尋ねる。

「窓をノックしていたのは、あなた?」
『いいえ、あたしはベルで呼ばれたから来たのです。どなたかノックしてたのですか?』
「そうみたい。……あの、もしもわたしが襲われるようなことがあったら、守ってもらえることってできるの?」
『もちろんです! いたずら好きの妖精の仕業だったら、きちんと叱ってあげましょう!』

 姿は見えないけれど、スピリットの声は気合い十分だった。どこまで本当に守ってもらえるのかはわからないけど、ちょっとだけ勇気づけられる。人間でも、獣人でもない存在だから、いてくれるだけで落ち着く気がする。
 わたしは意を決して立ち上がって、カーテンが閉じられている窓に近づいた。そして、勢いよくパッとカーテンを開け放つ。

「誰も、いない?」

 過剰に怯えていたわたしの気のせいだったのか。それとも、スピリットの声を聞いて、諦めて帰ったのか。窓の向こうには影も形もなかった。警戒をしながらも、窓を開けて外に顔を出してみる。日が落ちて暗い庭には何の姿も、気配もない。

「なんだ……」

 ほっとして窓を閉めようとしたところで、窓の縁のところに花が置いてあることに気づいた。ふわふわと白くて丸い花弁を幾つも咲かせている。手にとってみると、ふわっと爽やかな匂いが花に届いた。
 わたしの後ろでスピリットが声を上げる。

『あら、森に咲いているホワイトセージの花なのです。どこかの妖精が、挨拶代わりに置いていったのかなぁ』
「そう、なんだ」

 ひどく驚かされたけど、これが妖精なりの挨拶なのなら悪い気はしなかった。ホワイトセージの香りは、落ち着かなかったわたしの気持ちをやさしく宥めてくれる。
 もう一度だけ目を凝らして庭を見たけど、やっぱり誰もいない。わたしは首を引っ込めて、窓とカーテンをもう一度閉めた。会えたら、お礼が言いたかったんだけど。

「大丈夫だったみたい。騒いでしまってごめんなさい」
『まったく大丈夫ですよ、お嬢さん。もっといろいろ言いつけてくださいな。ほかに何か御用はありませんか?』
「えっと、じゃあわたしの髪を結ぶためのリボンが欲しいんだけど……」
『かしこまりました! さ、どれにしたいですか?』

 わたしの要望を聞いたスピリットは、どこから出したのか何種類もの色とデザインのリボンを宙へとずらっと並べる。これは良いとか、素敵とか、お似合いとか次々と紹介してくれるけど、たくさんのものから一つを選んだことがないわたしはひたすら目が回る。とりあえず、髪のリボンの問題も解決したみたいだった。
 そんなわたしの安心を壊すように、大きな鐘の音が響いてきた。食事の時間だ。また、行かないといけない、わたしを殺すかもしれない人たちの中に。

「……どうしても行かなきゃいけないのかな?」
『時間は厳守ですよ、お嬢さん! サイリ様は時間に厳しい方ですから!』

 ぽつりと呟いたわたしに、リボンの紹介をしていたスピリットが注意してくる。身の回りの世話はしてくれるけど、味方というわけでないみたい。それは当然か。
 ごくんとつばを飲み込むと、スピリットが大変と慌てた声を出した。

『動物はお腹が空くとつばが出ると聞きました。そんなにお腹空いてたのですね……。急いで制服に着替えましょう!』
「別にお腹が空いているわけじゃ……」

 ないとは言えない。わたしはいつもお腹が空いていた。最後の記憶では、朝に一杯の水を呑んだきりだ。夜に乾燥パンをふやかして食べようと思っていた。……生きるためには、やっぱり食事をしなくちゃいけない。外に出ないといけない。

『今日は皆さんのためのご馳走を用意していますからね!』
「うん……」

 どうか今日がわたしの最後の日でありませんようにと、心の中で祈った。

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