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テディベアと劣等感と私|ネガティブ革命・感想

窓の外には、梅雨の合間のまぶしい青空と、青々と茂り始めた街路樹の緑が広がっている。六月の少し湿気を含んだ風が、カフェのドアが開くたびにすうっと店内を通り抜けていく。

お気に入りの席で、お皿の上のスコーンと、温かいアールグレイの紅茶を前にくつろいでいる小さなテディベア。
その向かいの席に、私は「お邪魔します」と声をかけて腰を下ろした。

「初めまして、モコ。文筆家の茨木と申します。ゆうこさんの本で知って会いに来ました」

「そうなんだ、ありがとう!」

名刺を受け取ったモコは小さな頭をこくりと傾げ、嬉々として短い手を振った。

私もカップに紅茶を注ぎ、上品に立ち上る湯気とアールグレイの華やかな香りをひとくち楽しむ。温かい液体が喉を通り抜けた瞬間、胸の内でとどまっていたスイッチがカチリと入った。

カップをソーサーに戻し、私はまっすぐモコを見据える。

「ところで、あなたの思うコンプレックスの定義って?」

「え……?」

ティーカップを持ち上げようとしたモコの手が、ピタッと止まる。つぶらなボタンの目が泳いでいた。しかし私は、いつもの調子で嬉々として質問攻めを開始した。

「まず話を進めるうえで言葉を定義させるのは大事だと思うんです。
『コンプレックスは使い方次第』なら、まずは行動させて、変容を促すこと。だからるりちゃんをいきなり婚活パーティに連れて行ったのは名案だと思いました」

「う、うん。ありがとう……」

私の勢いに圧倒され、モコは紅茶の湯気の向こうで一生懸命に頷く。

「あと、『語れるくらいの好きじゃなくてもいい』っていうセリフも印象に残りました。だいたい人って自分をよく見せようとか、語るのにちゃんとしたものを求めがちだから、そういう固定観念を外してあげるのは大事なことだと思います。
それにね、コンプレックスの定義って、他者と比較して劣等感を抱くことって思っていましたが、心理学では違うんですよね。感情の複合体っていう意味で、ユングの――」

「あー、えーっと……」

モコは短い手をバタバタさせて、私の言葉を止めようとする。ふかふかの耳がきゅっとすぼまっていて、困り果てている。私は手元の紅茶が冷めていくのにも気付かず、言葉を続けた。

「さらに言えば、この本が提示している『比較を強みに変えるプロセス』って、自分の過去を再編集する作業そのものですよね?
劣等感をただ否定するんじゃなくて、システムとして稼働させる。単純に”他者と比較するな””あなたはそのままでいい”と言われるよりも、誠実な取り組みだと思います」

ただならぬ熱量をぶつけられたモコは目をパチパチさせていたが、やがて小さく息を吐いた。そして、諭すような優しい瞳で私を見つめた。

「……そんなふうに考えるのが、あなたは好きなんだね」

図星を突かれた私は、少し苦笑しながら手元のティーカップをもう一度引き寄せる。紅茶はぬるくなっていた。

「……そうですね。ただ、理屈を抜きにしても、この本に出てくる『比べたことと感情を分けるワーク』は本当に興味深かったんです。比べた事実を書いて、そこにどんな感情が隠れているかを探りながら、気づいたことを書いていく。
あの三段階のステップを踏むことで、徐々に冷静さを取り戻していく気がしたんです。よく世間では『人は違うんだから比べるものじゃない』って綺麗に言うけれど、それが心から分かってれば比較なんかそもそもしません」

「そうだよね」

モコは私の言葉に、今度は深く共感するように静かに頷いた。

「でも誰だって隣の芝生は青いし、私なんて小学校から私立に通っていたから、周りはサラブレッドばかり。そんな環境に囲まれて、それこそ他者と比較ばかりの人生だったんです」

ふっと肩の力を抜いて、自分の「背景」を告白した私に、モコはいつもの優しい目を向けた。

「だから、彩菜さんはそんなに一生懸命なんだね。比べるの、苦しかった?」

モコのまっすぐな全肯定が、私の胸の奥にじんわりと染み渡っていく。急に気恥ずかしくなった私は椅子に深くもたれた。

「……そうですね、苦しかったです」
「だからこの本が気になったんだね」
「えぇ」

ごまかすようにアールグレイの紅茶を一口飲んだ。 モコはそんな私を見て、うふふ、と嬉しそうに笑っている。

「彩菜さんもスコーン、一緒に食べる?」
「はい。実は大好物で」
「よかった!好きな味を頼んでよ」

紅茶を注ぎなおすと、湯気が二人の間に立ち上る。キッチンからスコーンの甘い香りが届いていた。

▶︎『ネガティブ革命』の感想として書かせていただきました。
モコを質問攻めにして、小難しい言葉で困惑させる妄想が楽しかったです(笑)

ゆうこさんとXスペースで対談します!
6月8日(月) 12時〜13時

ぜひご参加ください。

▶︎ 全裸編集室(noteコミュニティ)
「ちゃんとした大人」を降りるための、心の脱衣所。

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