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AI時代こそ演劇をやろう!!

沖縄で俳優として活動しています。
前髪がくせ毛でぴょんと跳ねている、いっちーこと伊藤駿一です。

普段は大学の医学部に通いつつ、演技の稽古に励む傍ら、「カンヌ国際映画祭主演男優賞」を目標にし、「演劇は世界を平和にする」という信念のもと、自らの表現と人生を豊かにしてくれそうなことは何でも試すようにしています。このnoteでは、そんな日々の試行錯誤のプロセスで見つけた学びや気づきを、できるだけ正直な言葉で綴っていきます。


AI時代こそ演劇をやろう!

AIが賢くなればなるほど、僕たちは演劇をやるべきだと思っている。

逆じゃないかと感じる人もいると思います。AIが何でもこなせる時代に、なんで演劇なんだと。

でも、だからこそなんです。

便利さが消えた先に何が残るか

ここ数年で、AIは本当に急速に発達しました。文章を書いてもらえる、コードを書いてもらえる、画像も動画も音楽も作ってもらえる。もちろん便利だし、僕も毎日のように使っています。

でも、あることが起きています。

「これ、自分がやらなくてもよくなったな」という感覚が増えてきた。できることが増えたはずなのに、なぜか自分が何者なのかわからなくなる、みたいな感覚です。

これはたぶん、僕だけじゃないと思います。

AIが発達するほど、逆説的に「人間らしさ」に価値が移っていく。自分らしさ、表現力、他者との豊かな関係、自分を抑圧せずに解放した状態で幸せに生きられるかどうか。そういうところに、どんどん価値がシフトしていくんじゃないかと感じています。

そう考えたとき、演劇は最強の答えのひとつだと思いました。

将棋が教えてくれること

わかりやすい例として、将棋の話をしたいです。

AIが将棋のプロ棋士を超えたのは、もう10年以上前のことです。どう計算しても、人間はAIに勝てない。そのことは、もう誰もが知っています。

なのに、プロ将棋界は今も存在しています。棋士たちは今日も対局し、ファンはそれを熱狂的に見ています。

なぜか。人間が指しているからです。それだけです。

「AIの方が強いのに意味あるの?」という問いは、もう古い。人間が一生懸命やっていること、そのこと自体に価値があるんです。

少し前、あるPodcastでAIが声を担当していたことが発覚して炎上した、という話がありました。内容は面白かったのに。「人間だと思って聴いていた」という裏切り感が、あれだけの反応を生んだ。

どれだけAIが人間に近づいても、「人間がやっている」ということへの価値は消えない。むしろ、区別がつかなくなればなるほど、本物の人間であることへの希少性は上がっていく。

演劇じゃなくていい。でも演劇がいい。

スポーツでも音楽でも、人間らしさを磨けると思います。

でも演劇には、他のものと決定的に違う点があります。

野球には野球のルールがある。音楽には音楽の技術がある。どちらも「何かをうまくやること」に向かって矢印が向いています。

演劇は違います。「あなたがどうあるか」、それそのものが演劇になります。

ルールも技術も、もちろんあります。でも根っこは、人間そのものです。その人の存在、声、表情、息遣い、緊張、それ全部が素材になる。だから、演劇をやるということは、人間としての自分を直接磨くことに近い。

稽古場でも同じことが起きます。スポーツのチームって、何か一つの方向に向かって集まっていますよね。試合に勝とう、うまくなろう、と。演劇の稽古場は少し違って、まずその場を一緒に楽しもう、仲良くなろう、というところから始まります。人と関わること自体が目的になっている場所。

僕はもともと、それが苦手でした。

野球部でも、僕は声が出なかった

高校まで野球をやっていました。チームスポーツなので、コミュニケーションが苦手というわけでもなかったと思います。

でも、年末に部員全員で一年を振り返って、新年の抱負を発表する場がありました。そのとき、僕はいつも下を向いていました。声が小さい、声色がずっと一本調子、言いたいことはあるのに、うまく届かない感じ。

何かが足りない、という状態が長く続いていました。

演劇を始めてから、それが少しずつ変わってきました。

人前で発言するとき、緊張は今もあります。でも以前と違うのは、その緊張を「なくさなきゃいけないもの」だと思わなくなったこと。緊張しながらでも、自分らしくいられるようになってきた。声も出るようになってきた。はっきり話せるようになってきた。

演劇を始める前の自分と今を比べると、日々が楽になってきたという実感があります。まだまだなんですけれどもね。

「自分がどうあるか」を磨くことが、AI時代の最強の投資だと思う

これって、演劇をやったことのない人にも、同じことが言えると思っています。

仕事をこなせているけど、何か空っぽな感じがある。自分の意見をうまく伝えられない。人前で話すと、なんか別の自分になってしまう。そういう感覚を持っている人は、多いんじゃないかと思っています。

AIがどれだけ発達しても、「あなたがどう感じて、どう表現して、誰とどんな関係を築くか」は、あなたにしかできないことです。

演劇はその練習を、生身の人間たちとリアルタイムでやれる場所です。舞台の上でも稽古場でも、生身の人間が同じ空間で同じ時間を共有する。その熱さ、一生懸命さ、全部が本物です。それを体験することで、自分の内側にあるものが動き始める。

僕が演劇を広めていきたいのは、「演劇が好き」というだけじゃなくて、演劇が人を豊かにすると確信しているからです。それが「演劇で世界を平和にする」という、僕の北極星につながっています。カンヌへの道も、世界を変えることも、まず一人ひとりが自分らしく生きられることから始まると思っているので。

AI時代だからこそ、演劇をやろう。

読んでくださり、ありがとうございました。


最後まで読んでくれたあなたへ

カンヌへの道も、演劇で世界を平和にする仕組み作りも、気が遠くなるほど先の話です。これからも今日のような分厚い壁に、数え切れないほどぶつかるはずです。

だからこそ、あなたが最後に押してくれる「スキ」の一つひとつが、「この熱のまま、もっと遠くへ行け」と僕の背中を押す最大の原動力になります。

もしよければフォローして、この長い旅の「一番の目撃者」になってくれませんか。いつか必ず辿り着くその景色を、一緒に見たいです。


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