氷河期世代AD、テレビの片隅で。#5「激ヤバ業界人と顔面凶器の優しいディレクター」
特に先輩ADとディレクターは怖かった。
常に誰かが怒られていた。
「死ね」「殺すぞ」が、もはや
「おはよう」「こんにちは」みたいな
挨拶のようだった。
僕は、
他のADより怒られることが多かった。
でも今思うと、
たぶん僕も生意気だった。
「それ調べる必要あります?」
「なんでそれやるんですか?」
「こっち優先した方が効率良くないですか?」
みたいなことを、
普通に言っていた。
ADの仕事は多い。
だから僕なりに、
優先順位を考えていたのだと思う。
でも当時のテレビ業界は、
効率より上下関係の世界だった。
そりゃ怒られる。
深夜の編集所には、
いつもタバコの煙が漂っていた。
灰皿が飛ぶこともあった。
今なら完全にニュースになる。
ある日、
僕がテロップ入れで字を間違えた。
するとディレクターが、
五千円札を渡してきた。
「これで広辞苑、買ってこい」
怒られながら、
僕は本屋へと向かった。
「広辞苑、分厚いなぁ……」
と思いながら、買った。
編集所へ戻ると、
ディレクターはその広辞苑で僕の頭をゴン!と叩いた。
2cmくらい背が縮んだ。たぶん。
「ちゃんと考えろボケ!」
ゴン!とするためだけに辞書を買わせた。
さすがディレクター!となぜか感心してしまった。
そして広辞苑は僕に
プレゼントしてくれた。
まあ、他にも
僕には怒られる理由もあった。
僕は昔から、
簡単なことが苦手だった。
字が絶望的に汚い。
本当に汚い。
子どもの頃から何度練習しても上手くならなかった。
だから芸人さんのロケ進行表を作る時、
僕は手書きではなく、
パソコンで作った。
すると怒られた。
「進行表は手書きで作るって決まってんだよ」
なので手書きで作った。
すると今度は、
「読めねぇよ」
と怒られた。
もちろん僕が悪い。
字だけじゃない。
テレビのリモコン操作も覚えられない。
何回も通った道も覚えられない。
自分で書いたメモなのに、
後から見ると何が書いてあるのか分からない。
昔からそんな感じだった。
でも一方で、
作文を書くのは好きだった。
物語を考えるのも好きだった。
くだらない企画を考えるのも好きだった。
人には向き不向きがあるというけど、
僕の場合はかなり極端だった気がする。
ただ、
当時のディレクターたちには、
そんな事情は関係ない。
字が読めなければ怒る。
仕事が遅ければ怒る。
質問しても怒る。
質問しなくても怒る。
つまり、
結局怒られるのである。
こんなこともあった。
ディレクターから、
サブウェイを買ってこいと言われた。
20人分。
しかも、
全員オーダーが違う。
「パンはハニーオーツ」
「ピクルス抜き」
「野菜多め」
「ソースはバジル」
知らんがな、である。
サブウェイという食べ物は、
なぜあんなに注文工程が多いのか。
たぶんAD育成用に作られている。
20人分を抱えて戻ると、
ディレクターは鬼の形相だった。
「遅い!」
餓死寸前みたいな勢いで怒っていた。
あの頃は、
そんなことでキレる人がたくさんいた。
別の日には、
ディレクターが路上駐車していた車に、
駐禁を貼られたことがあった。
すると普通に言われた。
「お前、警察行ってこい」
僕は何の疑問もなく、
警察署へ向かった。
若い警察官に、
「ここサインしてください」
と言われ、
普通にサインした。
僕の免許の点数が引かれた。
今思うと、
完全に意味が分からない。
でも当時は、
「まあADってそんなもんか」
と思っていた。
若いというのは怖い。
オフライン部屋という、
編集前に尺を出すための部屋があった。
マンションの一室みたいな場所だ。
ある夜中、
テープを搬入するためそこへ行くと、
露出の多い若い女性が部屋から出てきた。
どうやら、
デリヘルを呼んでいたらしい。
部屋にシャワーもないのに、
大丈夫なんかなと思った。
ディレクターはソファで寝ていたので、
僕はテープだけ置いて帰った。
すると次の日、
ものすごく怒られた。
「なんで起こさねえんだよ!」
知らんがな、である。
あの頃のテレビ業界には、
そういう変な熱みたいなものがあった。
とにかく毎日怒られていた。
「学生気分が抜けてねえんだよ!」
「チャラチャラすんな!」
何をしても怒られた。
そんなある日。
僕が初めて付いたディレクター、
桜井さんが声を掛けてくれた。
「最近テンション低くない?」
桜井さんは、
顔だけ見ると鬼瓦みたいな人だった。
顔面凶器とも言える。
でも心は広かった。
僕が、
「学生気分だってよく怒られるんです…」
と言うと、
桜井さんは笑いながら言った。
「別に学生気分でええやん」
そして、
タバコを吸いながら続けた。
「それがお前らしいんやから。このままでええよ」
少し救われた気がした。
桜井さんは、
スノーボードが大好きだった。
だから僕と気が合ったのかもしれない。
この人は、
このあと僕の人生に、
かなり大きな影響を与えることになる。
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#6 「黒い弁当泥棒と基本ガン無視の初VTR」
編集所で寝泊まりしながら迎えた、初めてのVTR制作。
周りには酷評された"結転承起"の構成を、
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