氷河期世代AD、テレビの片隅で。#18「逆・年齢詐称の経歴書を持って、伝説の制作会社へ」
僕は29歳。
仕事は、なかった。
でも時間だけは、山ほどあった。
なので僕は、ひたすらテレビを見ていた。
朝までバラエティ番組を見て、
昼に寝る。
起きたらまたテレビを見る。
かなり不健康だった。
でも、無職なので仕方ない。
TSUTAYAへ行って、
昔の番組も借りた。
お笑い番組。
ドキュメンタリー。
深夜番組。
情報番組。
とにかくいろいろ見た。
実家に置いてあった「元気が出るテレビ」の
ビデオテープまで送ってもらった。
子どもの頃、夢中になって見ていた番組だった。
なんでエンペラー吉田は
面白いのか。
どうして笑ってしまうのか。
暇だったので、ずっと考えていた。
AD時代、僕は芸人さんの番組を多くやっていた。
だから、どこか勘違いしていたのだと思う。
芸人さんが面白いから、
番組も面白くなる。
でも、本当は違った。
世の中には、いろんな“面白い”がある。
情報が面白い。
知識が面白い。
感動が面白い。
空気が面白い。
編集のテンポ。
ナレーション。
BGM。
間。
構成。
同じ映像でも、切り方ひとつで全然違って見える。
テレビって、こんなに細かく作られていたのかと思った。
たぶん僕は、それまで、
“テレビが好きな人”
ではあったけど、
“テレビを作れる人”
ではなかったのだと思う。
特にナレーションは、
全然ダメだった。
芸人さんがメインの番組は
芸人さんが面白くしてくれる。
でも、芸人さんがいない番組は、
ディレクター自身が面白くしなければいけない。
当たり前のことを、29歳無職になって初めて理解していた。
かなり遅い。
でも暇だったので、ずっと研究した。
ノートにメモしたりもした。
「この間が面白い」
「このナレーション、なんで気持ちいいんだろう」
「このテロップ、なんか笑ってしまう」
そんなことばかり考えていた。
たぶん人生で、一番テレビを見ていた時期だったと思う。
そんな中、以前一緒に仕事をした
制作会社のプロデューサーの言葉を思い出していた。
「20代のフリーのディレクターって、使いづらいんだよね」
その時は、よく分からなかった。
でも今なら分かる。
制作会社には、30代でもADをやっている人がいる。
そこへ、どこの誰かも分からない20代のフリーが、
「ディレクターです!」
と来ても、仕事なんて振りづらい。
しかも僕は、実力もなかった。
だから僕は、ある作戦を思いついた。
経歴書を盛ろう。
かなり最低である。
人気番組でディレクターをやっていたことにした。
さらに年齢も盛った。
普通、芸能人は若くサバを読む。
でも僕は逆だった。
29歳なのに、31歳にした。
言わば、逆、年齢詐称。。。
もし僕が市長なら辞任に追い込まれるかもしれない。
そして、盛りに盛った経歴書を
制作会社へ送りまくった。
30社くらいは送ったと思う。
シーーーーーン。
まったく返事が来ない。
やっぱダメかと思っていた頃。
電話が来た。
「一度、会社来れますか?」
それは、「元気が出るテレビ」を作っていた制作会社だった。
子どもの頃、テレビの前で笑っていた番組。
僕が憧れていた世界だった。
そして僕は、
“盛り盛りの経歴書”
を持って、その制作会社へ向かった。
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#19 「ヤンキーと富士山に登って、初めてディレクターになれた日」
小学生の作文に書いた夢は「テレビディレクター」。
29歳になってようやく、
その夢に少しだけ近づけた気がしました。
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『氷河期世代AD、テレビの片隅で。全話まとめ』
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