見出し画像

氷河期世代AD、テレビの片隅で。#23「2011年3月11日」

2011年3月11日。

あの日、僕は大阪でロケをしていた。

タクシー移動中だった。

運転手さんが、

「東北で大きい地震らしい」

と言った。

最初は、

いつもの地震ニュースくらいに思っていた。

でも様子がおかしかった。

新大阪駅へ着くと、

駅は大混雑だった。

新幹線は止まっていた。

携帯を見ると、

ニュース速報がずっと流れている。

東北。

津波。

大地震。

でも、まだ現実感はなかった。

その日は東京へ戻れなかった。

ホテルも全部満室だった。

ようやく空いていたのが、

滋賀のラブホテルだった。

男1人でラブホテル。

かなり変な状況だった。

でも、泊まれるだけマシだった。

部屋でテレビをつけた。

そこで初めて、

津波の映像を見た。

黒い波が、

街を飲み込んでいく。

車が流される。

家が流される。

あまりにも現実感がなかった。

映画みたいだった。

でも、

僕の実家は東北だった。

急に怖くなった。

実家へ電話した。

つながらない。

実家の電話。

父の携帯。

母の携帯。

弟。

妹。

全部つながらない。

何回かけてもダメだった。

僕は一睡もできなかった。

次の日、

ようやく東京へ戻れた。

でも、まだ連絡は取れなかった。

テレビでは、

被害がどんどん大きくなっていた。

見れば見るほど、不安になった。

数日後。

ようやく親から電話が来た。

両親も、

妹も無事だった。

本当に安心した。

でも弟は、

海のすぐ近くに住んでいた。

サーフィンが趣味で、

海の近くのアパートに住んでいたのだ。

アパートは、

津波でそのまま流されたらしい。

でも弟は、

仕事で家にいなかった。

本当にギリギリだった。

もし休みの日だったらと思うと、

今でも少し怖い。

でも、

あの日以来、

連絡が取れなくなってしまった友達もいる。

今も、

行方不明のままだ。

震災当時は、

当然、僕のやっていた番組の放送も休止になった。

街の空気も、

なんだか止まっていた。

でも少しずつ、

日常は戻っていった。

たぶん、

戻るしかなかったのだと思う。

でも僕の中では、

あの日を境に、

“普通の日常”

が、

急に壊れることがあるんだと、

はじめて本気で知った気がした。

#氷河期世代  #創作大賞2026  #お仕事小説部門
#実話


👉 続きはこちら

#24  「祖父母から両親、そして僕へと人生は繋がっていく」

人生は、自分一人で歩いてきたようで、
本当はずっと誰かの人生の続きなのかもしれない。
そんなことを考えた一話です。
👉 第24話はこちら


📚 シリーズを最初から読む方はこちら

『氷河期世代AD、テレビの片隅で。全話まとめ』

▼第1話〜最新話まで一覧はこちら


いいなと思ったら応援しよう!