見出し画像

横浜駅|完成しない都市の味、終わらない駅の午後

東海道線のブレーキは、横浜に近づくにつれて長くなる気がする。
鉄の擦れる音がゆっくりと伸び、車内の人々が一斉に立ち上がる準備を始める。
ドアの上の電光掲示板には「上野東京ライン 籠原行き」と表示されていた。
籠原。どこなのだろう、と毎回思う。
横浜に住む人間の多くは、その地名を正確に地図上に置けないはずだ。私も知らない。だが、その知らない場所へ向かう列車が、いま横浜に停まっている。

巨大なホームに降り立つ。
上野東京ラインの案内表示が、北へ伸びる線路の存在を主張している。
横浜は南の街のはずなのに、ここからは北へ、さらに北へと続いていく。横浜の人は、籠原を知らない。けれど列車は知っている。

改札を抜け、相鉄口へ向かう。
迷うことはない。横浜駅は迷宮だと言われるが、日常的に使う者にとっては、身体が覚えている動線がある。
案内表示は増え続け、通路は拡張され、どこかが常に新しくなっている。
完成していると言われながら、終わった感じがしない。バルセロナのサグラダ・ファミリアと揶揄される横浜駅。完成予定が延び続ける聖堂。
横浜駅も、完成したと告げられたあとで、なお変化を続ける。

JRの空気は、全国へ開いている。
東海道線、横須賀線、湘南新宿ライン、京浜東北線。
スーツケースを引く音、ビジネスマンの早足、観光客のざわめき。
音が重なり合い、ややうるさい。
発車メロディが鳴り、アナウンスが被さる。都市の中心にいるという感覚が、耳から入ってくる。

相鉄口に近づくにつれて、空気が変わる。
相模鉄道。
相鉄のくせに、と言ってしまえば語弊があるかもしれない。けれど、どこかローカルの私鉄という印象が長くあったのは事実だ。
横浜から海老名へ、湘南台へ。
神奈川の内側を走る鉄道。
最近は都心直通を果たし、ネイビーブルーの車体が街に定着しつつある。
沿線の住民は、きっと少し誇りを持っている。
相鉄のくせに、という言葉の裏に、実は羨望の色が混ざっていることを、彼らは知っているかもしれない。

相鉄口の空気は、JRよりも一段落ち着いている。
全国ではなく、神奈川。
遠方ではなく、生活圏。
改札の向こうに広がるのは、出張でも観光でもなく、帰宅の匂いだ。

横浜市営地下鉄の入口も視界に入る。
横浜市交通局が運営するブルーライン。
横浜の水色が目立つが、正直なところ、あまり横浜らしさを感じない。
ブランドを磨き上げる余裕があるわけでもないだろう。
税金で支えられる公共交通機関の慎ましさが、そのまま空気ににじんでいる。JRの全国感、相鉄の地元感、市営地下鉄の行政感。
それぞれが同じ駅に集まりながら、微妙に異なる温度を持っている。

相鉄口から外に出て、新しくできたイオンの方へ歩く。
帷子川が見える。
昔ほどドブ臭くはない。整備され、水の色もいくぶん澄んだ。
それでも、独特の匂いがある。
川底に沈んだ時間の匂いだ。
かつて、このあたりには飲み屋の小屋が並んでいた。薄暗い灯りと、酔客の笑い声。
いまは道になっている。治安は良くなったのだろう。だが、そんなに悪い奴らがいたわけでもないはずだ。
街が整えられるたびに、曖昧な記憶が削られていく。

川沿いの風は、晴れた午後の光を含んでいる。
横浜といえば港、みなとみらい、山下公園。
けれど横浜駅周辺には、それらしい横浜が見当たらない。
高層ビルと商業施設と、行き交う人の波。海は見えない。

立ち食いそばの鈴一の前を通る。
出汁の匂いが立ち上る。醤油の懐かしい香り。
そこへ、すぐ隣からたい焼きの甘い香りが流れ込んでくる。
だしのいい匂い。
甘い匂い。
人の声。
注文のやり取り。
音が重なり、少しうるさい。だが嫌ではない。横浜駅の中で、もっとも地に足のついた場所の一つだと思う。

郵便局の隣のスターバックスコーヒーを覗く。
案の定、満席だ。平日の午後三時。
ノートパソコンを広げた人、買い物帰りの女性、打ち合わせらしき二人組。席は空いていない。
地下へ降りる。
ドトールに入ることにする。

ドトールの空気は、スターバックスとは違う。
外回りのサラリーマンが、ネクタイを緩めてコーヒーを飲んでいる。
シニアの男性が新聞を広げている。
大学生らしき若者が、イヤホンをつけて画面を見つめている。
誰も特別ではない。
横浜駅のど真ん中にありながら、ここは均質だ。

ホットコーヒーを受け取り、席に座る。
いつもの味がする。
特別な焙煎でも、希少な豆でもない。だが、この味は安定している。
横浜駅は変わり続ける。
通路が広がり、店が入れ替わり、路線が増え、案内表示が更新される。完成したと言われても、終わった感じがしない。
けれど、このコーヒーは変わらない。

JRの空気、相鉄の空気、市営地下鉄の空気。
それぞれが重なり合いながら、横浜駅という巨大な器を満たしている。
ここは、海を見せない横浜だ。
観光の象徴を持たない横浜だ。だが、毎日何十万人もの人生が通過する場所でもある。

ドトールの中は、やや騒がしい。
カップの触れ合う音。
レジの電子音。
人の話し声が、低く混ざり合う。
うるさいと言えばうるさい。それが都市の午後だ。

コーヒーを一口飲む。
完成しない駅で、完成された味を飲む。
横浜駅は、未完成であることをやめない。
だからこそ、ここは終わらない。

帷子川の匂い、鈴一の出汁、たい焼きの甘さ、ネイビーブルーの相鉄、籠原行きの表示。
横浜らしさが見当たらないと言いながら、私はいくつもの断片を拾っている。

横浜駅は、横浜そのものではない。
だが横浜の入口であり、出口であり、通過点であり、待ち合わせ場所であり、帰宅の通路である。

ドトールのカップが空になる頃、午後は少し傾いている。
終わらない駅の午後は、まだ続いている。


いいなと思ったら応援しよう!