ジュース飲ませてくださいな。/雁木発祥の街を歩く。
前回はこちら↓
阿賀野川を渡ってしばらく歩くと両脇に民家や商店が連なるようになる。会津街道の主要な宿場町、津川の中心市街に入った。
ところどころ途切れながらも小さなアーケードのような雁木が続く。江戸時代の初めに整備されたという雁木が、建物の建て替えがありながらも存続しているのは、実際に便利だからというのもあるのだろう。津川は雁木造の発祥の地と言われている。
雁木のほかにも、古めかしい煉瓦造りの壁があったり(豪商の家の跡らしい)、昭和を感じさせるレトロな商店がある。古いものがところどころただ残ってしまっただけという雰囲気に、どこか心が安らぐのを感じる。


メインストリートから路地を入ったところにある、津川の街の観光案内所と体験施設とカフェを兼ねた「津川町狐の嫁入り屋敷」を訪問してみるが、

休館日だった。
「今日木曜日なので、休みのところもありますよね」
「しょうがないねー」
ひらいちゃんと顔を見合わせたとき、なにか違和感がある。
「あれ? はーちゃんは?」
「どこ行っちゃったんでしょうね」
たかやまさんがいなかった。きょろきょろ見回しても、いない。建物の後ろや横の道路も見てみるが、いない。これは電話したほうがいいのか、という考えが頭をよぎったとき、
「はーちゃーん!」
ひらいさんの声がする。ひらいちゃんは狐の嫁入り屋敷の庭の端に立って、川のほうに向かって両手を振っていた。わたしも見下ろすと常浪川の河川敷にたかやまさんは立っていた。
「もう、どこ行ってるんですかー」
「あっ」
わたしと目が合ったたかやまさんが驚いたような声を出したのが小さく聞こえた。いつも眠そうにしている目を見開いているように見える。
「そっち行きますね!」
わたしはそう言ってひらいちゃんと狐の嫁入り屋敷の敷地を出て、階段を下りて川沿いの道に出る。たかやまさんも河川敷から上がってきていた。
「探しましたよー」
「うん…。私も探してた。うん?」
たかやまさんは釈然としないという表情。どうしたんだろう。
「さーさちゃん、飲みもの持ってる?」
たかやまさんが静かに言った。わたしはリュックサックからペットボトルの麦茶を取り出す。
「ちがう、今さっきあげたやつ。ジュース飲みたいって言ったから、あげたやつ」
「そんなのもらってないですけど」
「…そっか。そうだよね。じゃああのさーさちゃんはだれだったんだろう。『ジュース飲ませてくださいな』って言ったさーさちゃん」
たかやまさんがそうつぶやいて、まぶたを閉じる。ひらいちゃんが口に手を当てた。3人で顔を見合わせる。川面から湿り気を帯びた生温かい風が吹いてきて、わたしたちの顔をぬるりとなでていく。
「唐突にホラー回が来るアニメとかわたし好きですけど、これはさすがに安直じゃないですか?」
「はあ。さーさちゃんは騙せないか。こういうときだけメンタル強い」
「さりげなく口撃しないでください」
「えっ? どういうこと?」
まだ不安げな声のひらいちゃんに、たかやまさんがくくくと笑う。
「全部うそ。狐と言えば、で3秒くらいで思いついた即席ドッキリ」
「…あーもう、怖かった! はーちゃん怖いって!」
ひらいちゃんはそう言って顔を引きつらせながら笑う。
「ごめんね」
「いいよ。でもほんとに怖かったー。お話作るの上手だね?」
たかやまさんとひらいちゃんが笑い合う。


「この餃子みたいなのはなにを表してるんでしょうねえ」
狐の嫁入り屋敷の庭に戻って、一息つく。庭には地元の方が制作した狐の嫁入り行列をイメージした動物たちの彫刻があるが、先頭によくわからないオブジェクトがある。

「私は片面だけぎゅってしてあるアップルパイかピロシキに見える」
たかやまさんは空腹らしい。
「餃子にしてもアップルパイにしてもちょっと失敗してるね」
「ね。おうちで作った餃子食べたい。餃子パーティーする?」
「いいね、やりたいねー」
たかやまさんとひらいちゃんがへへへと笑い合う。
「でも、これは本当は麒麟山を表してる。嫁入り行列も最後は麒麟山に行って終わるから」
「へー。よく知ってるねー」
ぼんやりした顔で淡々と言うたかやまさんに、ひらいちゃんが感心した。
「あの、どうしてたかやまさんがそんなこと知ってるんですか?」
自分が出そうとした声よりさらにひんやりした声が出た。瞬間的に生じた静寂の中に蝉の声だけが響く。
「あれ? なんで、だろ…」
たかやまさんがそう言って呆然とする。ひらいちゃんからツッコミが来るかと思って顔を見ると、怯えていた。
「ねえ、さっきの嘘だったんじゃないの? もう怖い話おわったんだよね!?」
ひらいちゃんの声が微妙にヒステリックに震えている。
「わー大丈夫、大丈夫。予習してあっただけ。大丈夫!」
たかやまさんが珍しく早口でフォローした。なんだかんだ言って、ひらいちゃんには最低限の気遣いがあるらしい。
「すみません。でもひらいちゃんって騙しがいありますね」
「さーさちゃんまでそっち行かないでよー。声が無駄に迫真なんだよー」
ひらいちゃんがそう言って笑った。情緒が忙しそうである。

会津街道を東へ進む。城下町らしく、クランクが2回ある。この街はただの宿場町ではないのだ。

「車はけっこう走ってますね」
「お店も普通にやってる」
「でも歩いてるのは…、わたしたちだけですね?」
「やめろー!」とひらいちゃんが言って、わたしたちは笑った。くせになりそう。

小さな川を渡って原町の交差点を左に曲がると、国道459号という大きな数字の国道になる。地元の酒造会社の前を通ると常浪川を渡る城山橋に至る。
橋の上は心地よい風が吹いている。時刻は16時をまわるもまだ気温は30度近くあって湿度も高いが、川の上は涼しい。しばらく立ち止まって風に吹かれてしまう。

「ここに日高屋があればいいのにね。市ケ谷の日高屋がここにボンッて」
川面を眺めながら、たかやまさんが言った。たかやまさんは空腹になると食べものとか飲食店の話が増える。
「ホテル着いたらすぐごはん食べに行こうね」
ひらいちゃんも同じ認識らしい。
「うん。今食べたい」
「もうちょっと我慢だねー」
ひらいちゃんが優しく言った。たかやまさんの友だちはたかやまさん相手になると、みんなお母さんみたいな態度になるのがおもしろい。
「どうして市ケ谷の日高屋なんですか?」
「浮いてるから。こういう川の上にあの日高屋があったらすごくいいと思う」
そういえばそうだった。市ケ谷にある日高屋はちょっと変な立地なのだ。
「浮いてるって? お店が浮いてるの?」
「市ケ谷の日高屋はお濠の上にあるんですよ」
「人工地盤の上にプレハブみたいなのが建ってる」
人工地盤みたいな言葉が日常会話に出てくるのがたかやまさんである。
「それって、京都の川床みたいな?」
ひらいちゃんからずいぶん優雅な例えが返ってきた。
「それ! あれは東京版川床って言ってもいい!」
たかやまさんが勢いよく言う。
「わー、当たった!」
「でもあんなのを川床って言ったら京都の人に怒られちゃう気が…」
たしかに川床と同じような構造ではあるが、あれは川床ではない。
「怒られたら『川床で食べる甘酸っぱい天津飯はおいしいなあ!』って言って対抗するよ!」
たかやまさんが言う。となりでひらいちゃんがぽかんとしている。
「えっとね、関東の天津飯は甘酢あんがかかってて甘酸っぱくて、関西の天津飯は醤油味のあんがかかっててしょっぱい。つまりさらにけんか売るジョークを言ったってこと」
「わー。全部教えてくれたー」
「自分で言った冗談を自分で解説…」
わたしがそう言いかけるとたかやまさんがわたしを無表情で見つめたので、黙ることにした。
「よーし、それじゃ気合い入れていきますか!」
わたしは閉所恐怖ぎみである。最初からここを通らなくてはいけないことはわかっていたが、やはり多少は緊張する。
「ちょっと怖いね?」
ひらいちゃんはそう言いながらもにこにこしている。
「私は好き。だいたい涼しいし」
たかやまさんがうれしそうに言う。
「トンネルなんて自分の足で歩いたことないよー」
ひらいちゃんが楽しそうに言ってくれたので、少し気が楽になった。

(続きます)
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