きりん橋を渡る。/方丈記byかもち。
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磐越西線の津川駅で下車したわたしたち。たかやまさんが駅舎内に貼られた街歩きイベントのポスターを凝視している。

たかやまさん
「私、キャップとかキャスケットかぶってる女の人、ちょっと怖い」
ささづかまとめ
「なにかあったんですか?」
たかやまさん
「特別なことはなかったけど。ちゃんと言うと、コミュニケーション取りづらい人がかぶってることが多い気がして苦手」
ひらいちゃん
「じゃあはーちゃんが今かぶってるそれは?」
たかやまさん
「これはスワローズの神聖なるお帽子」
たかやまさんはスワローズのロゴが入ったオフホワイトのキャップをかぶっている。まぎれもなくキャップである。
ひらいちゃん
「お帽子ね。じゃあ私がかぶってるのは?」
たかやまさん
「え? キャスケットじゃないの…?」
ひらいちゃん
「おーい。私のもお帽子って言ってよー」
たかやまさん
「あと、女3人で街歩きってそんなしないと思う」
ささづかまとめ
「わたしたちはこれからするんですけどね」
たかやまさん
「あ、そっか」
ひらいちゃん
「なんなんだねきみはー!」
ひらいちゃんがツッコんで、たかやまさんとひらいちゃんは弾けるように笑った。わたしも思わず笑って駅舎を出て、広い駅前広場を歩く。
「ここはどっち行くんだっけ?」
駅前を横切る県道を左右にきょろきょろ眺めてひらいちゃんが言った。左に行けば目的地の鹿瀬(かのせ)へまっすぐ行けるが、途中に集落もなくあまりに味気ないルートだ。せっかくなので津川の街を見ていこう。したがって進むべき道は右である。

ささづかまとめ
「右ですね」
ひらいちゃん
「右、なんだ?」
ひらいちゃんはそう言いながらたかやまさんを見遣る。わたしもさすがに2択の道を間違えたことはそんなにない。
たかやまさん
「さーさちゃんを信じろ」
ひらいちゃん
「さっきと言ってることちがうってー」
そう言ってまた笑い合っているふたりの後をついていきながら、駅前にそびえ立つ大きな地図を眺める。

津川はかつて会津と越後を結ぶ街道の宿場町だった。その街道は磐越西線とは異なるルートで、新発田から山間に分け入っていき、赤谷(あかたに)や綱木(つなぎ)といった集落を経て、峠越えをして津川駅の背後にある山を下りてくる(その道は地図の現在地のマークの左にうねうねと描かれている)。阿賀野川を渡って津川の街に入り、再び峠越えを繰り返して坂下(ばんげ)に出て会津盆地を進んで若松に至る、というのがだいたいの行程だった。
また、阿賀野川を行き来する舟運は津川から下流では盛んだったが、ここから上流は難所続きで細々としたものだったという。したがって、津川には湊が設けられ、水上輸送と陸上輸送の結節点として繁栄した。わたしたちが乗ってきた列車も津川止まりで折り返していったが、昔の舟運も津川止まり、津川始発が多かったのだ。
そんな歴史ある街を歩くため、阿賀野川を渡る。その橋の名前は、

たかやまさん
「きりん橋」
ひらいちゃん
「かわいいなあ」
ささづかまとめ
「動物園にありそうですよね」
たかやまさん
「そっちじゃなくて、パーマかかってるほうのきりんだと思う」
ひらいちゃん
「パーマ?」
たかやまさん
「伝説上のほうのきりん。おめでたいほうのきりん。空中に浮いてるほうのきりん。漢字で書くほうのきりん。缶ビールに描いてあるほうのきりん。中野に本社があるほうのきりん。スワローズのスポンサーのほうのきりん。売り子さんの服が黄色いほ」
ひらいちゃん
「どうしたどうした、もうわかったよ。いきなり止まらないの怖いよ」
ひらいちゃんが口を挟んでたかやまさんを止めた。たかやまさんはすぅぅぅっと深呼吸。
ささづかまとめ
「後半はビールの会社のことでしたね」
たかやまさん
「そっちのきりんだと思う。ジラフじゃないほうのきりん。首長いのに骨の数は人と同じやつじゃないほうのきりん。すっごい高血圧じゃないほうのきりん」
ひらいちゃん・ささづかまとめ
「……」
たかやまさん
「もうないよ?」
ひらいちゃん
「トリビアどこまで続くのかなーって思って待っちゃった」
ささづかまとめ
「動物のほうが出ないんですね」
たかやまさんは動物大好きなので意外である。
たかやまさん
「普通のキリンに詳しくない。ナショジオの動画はたまに観るけど。キリンのしばき合い」
ひらいちゃん
「あ、それ知ってる。観たことあるー!」
ささづかまとめ
「しばき合い…?」
(↑この動画のことらしいです。まさかそのままタイトルだったとは)
たかやまさん
「動物のオス同士が命がけでメスを取り合ってるのを観るの、好き。死んじゃうのは嫌だけど、キリンのしばき合いはせいぜい内臓にダメージとか脳震盪くらいで収まるから、観てられる」
ひらいちゃん
「収まってるって言うのかな?」
たかやまさん
「あのすごいけんかの後にオスから選ばれるメスってすごく満たされそう。自分を巡って本気で戦ってくれて、必ず勝ったほうの強いオスがパートナーになる。今の人間社会から失われたエクスタシーがあるよね」
たかやまさんは動物を単純にかわいいものとか怖いものとして見ていない。いっしょに動物園に行くと社会的な生き物として見ているのがわかる。たかやまさんにとって動物と人間は同列なのだ。
ささづかまとめ
「はあ。そういうのわたしはよくわかりません」
わたしは別に自分を巡って男の人が争っていてもうれしくない。どちらかと言えば不愉快なほうである。
ひらいちゃん
「あー、殺伐とした世界に憧れてるってこと?」
たかやまさん
「ふたりとも健全すぎ。いっつも心の中がじゅくじゅくしてるちーちゃんならこういうの絶対わかってくれるのに」
わたしからみるといちがやさんはきわめてさっぱりした性格なのだが、たかやまさんにはじゅくじゅくして見えるらしい。
ささづかまとめ
「なんか、ほんのり悪口言ってません?」
たかやまさん
「ちがう。だいぶ悪口。でも褒めてる」
ひらいちゃん
「褒めてるねー」

たかやまさん
「ゆく河の流れは絶えずして」
きりん橋を渡っている途中でたかやまさんが立ち止まって、欄干から川を見下ろした。
ささづかまとめ
「いきなり『方丈記』ですね」
ひらいちゃん
「なんだっけそれ。古典のやつ?」
たかやまさん
「うん。昔の日本の名作エッセイ3選のうちのひとつ」
ささづかまとめ
「まとめ記事のタイトルみたいに言いますね」
たかやまさん
「『方丈記』の中身を一言で言うと、距離感はかるのむずいよねって感じ。でも、そんなに俯瞰して見てたら全部つまんないに決まってるよ、って私はかもちに言いたい」
ひらいちゃん
「かもち」
ささづかまとめ
「そんな内容なんですか」
たかやまさん
「うん。かもちはツイッターのタイムライン眺めて、勝手に憂鬱になっちゃう人だから」
ひらいちゃん
「あー(笑)、だめだよね。関係ないやつずっと見てるのはねー」
たかやまさん
「ところでさーさちゃん。私たちこんなにゆっくりしてて平気?」
ささづかまとめ
「大丈夫ですよ、時間はあります」
ひらいちゃん
「そもそもはーちゃんが立ち止まったんでしょー」
たかやまさん
「はっ、そうだった」
ひらいちゃん
「どれくらい歩くって言ってたっけ」
ささづかまとめ
「6kmないくらいです。ゆっくり歩いて1時間半くらいですね」
たかやまさん
「大丈夫。あの山の下をトンネルでくぐって川渡って駅に行くだけ。けっこう遠い」
たかやまさんが川の上流に鎮座する山を指さして言った。この橋の名前の由来になっている麒麟山(きりんざん)だ。たしかにもこもこしていて、麒麟みたいだと言われればそうかもしれない。津川の街から鹿瀬の集落に行く道路は、麒麟山をトンネルで容赦なく貫いている。
ひらいちゃん
「大丈夫。からの、けっこう遠い」
たかやまさん
「難解だよね」
ひらいちゃん
「はーさまがおっしゃったんですよー?」
ささづかまとめ
「でもたしかに、早めに進んでおいたほうが無難かもしれませんね」
ひらいちゃん
「ねー。もっとほかに見るものあるかもしれないし」
たかやまさん
「ん」

きりん橋を渡って対岸の交差点に着いた。
ひらいちゃん
「ここはどっち? まっすぐじゃないよね?」
まっすぐ行くとバイパス道路の長いトンネルである。津川の街は、
ささづかまとめ
「左ですね」
ひらいちゃん
「よーし、左だー!」
ひらいちゃんが大きな声を出した。
たかやまさん
「あ、信じた」
ひらいちゃん
「信じろって言われたら、信じるさ!」
ひらいちゃんが胸に手を当てておおげさに答える。テンション高く乗りきっていくつもりらしい。
ささづかまとめ
「ありがとうございます。でもその感じ、逆に不安になるような…」
ひらいちゃん
「自信持っていこー! さーさちゃんの方向感覚ぅー! いえい!」
そう言ってひらいちゃんは交差点を左に向かって歩き出す。
たかやまさん
「らいち、すごい信じてるよ。よかったね」
たかやまさんがわたしにふんわりと笑いかけた。いいのかなあ。次回、今度こそちゃんと津川の街を歩く。
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