セミAT化に殺されたアイルトン・セナ-精神のマネキンシステム
『神技』の終焉:あなたの仕事の『個性』も、いつかシステムに否定される
https://www.youtube.com/watch?v=PxFui25saIs&t=18s
アイルトン・セナという伝説的なドライバーがかつていた。
彼は天才的なドライビングで何度もF1チャンピオンを取った。セナ足と呼ばれる独特の人間トラクションコントロールも有名だ。
動画はこの動画は1991年のF1鈴鹿、アイルトン・セナのオンボード映像。マシンはマクラーレンMP4/6。
当時、フェラーリはセミATを採用していたが殆どのチームはHパターンのマニュアルシフトで戦っていた。
パワステなしでHパターンシフトを操ってモンスターマシンを乗りこなす。
このシフトダウンの音、まるで咆哮だ。この年のエンジンはV12である。
セナは1991年、マニュアルシフトのマシンを使っての最後のチャンピョンとなった。
1992年からはセナもセミATのマシンに乗り、神技的なシフトワークが普遍的なものになってしまった。
個性がタイムに繋がった時代。それはシフトワークにおいても個性が出た。チームメイトのゲルハルト・ベルガーはHパターンの利点である飛ばしシフト(5→3速など)を多用し、機械的な負担を強いた上でセナより速い予選タイムを鈴鹿で出した。
これは綺麗に走ることが、速さとイコールではないという証明である。
他にはミケーレ・アルボレート、ネルソン・ピケという選手は、レース後にミッションをOHしても全く傷んでいない程に丁寧であったという。
そのような個性を奪ってしまったのがセミATである。
F1の世界ではHパターンからIパターン(シーケンシャル)の段階を踏まずにいきなりセミATになった。他のカテゴリのレースだと1994年頃からシーケンシャルに移行している。
1992年から個を押し殺し、システムを使いこなすただの人間になった。いやなることを強いられたのだ。スポンサーに。
翌1993年からはマクラーレンがホンダエンジンを失ったのも大きかった。彼は神技的なシフトテクニックとホンダエンジンの両方を失ったのだ。
彼はこの時に精神のマネキンシステムを導入したのかもしれない。個を奪われて、尚走らないといけないのだ。そこには肉体は無い。
こんなマシンでモナコを何度も優勝。人間を超えた人間である。
映像はロータス98Tでセナもドライブしていた。
パワーバンドに入れれば空転してトラクションが無くなる。その前にどんどんシフトアップ。狂気を遥かに通り越している。これをこの狭いコクピットで行うのだ。個性が出て当然である。
1993年でマクラーレンを離れ、1994年からはウィリアムズに移籍した。勝つために。
しかし、このシーズンは激化するハイテク競争にストップが掛かる。ドライブするFW16はハイテク前提の設計である。そこからハイテクだけ取り除けば、それは自殺の為のマシンでしかない。
1994年サンマリノGPは金曜日ルーベンス・バリチェロが大クラッシュ、土曜日はローランド・ラッチェンバーガーが事故死。日曜日はアイルトン・セナの死である。
もし、チャンピオンを取った1991年に引退出来ていればと考えてしまう。
セナレーシングを設立してレース活動や、他のカテゴリに移行も出来たはずだ。しかし、スポンサーも大きいが彼自身がモータースポーツの頂点から降りられなかった、降りたくなかったのかもしれない。
彼はどのタイミングで引退を考えていたのだろうか?もう一度チャンピォンを取って有終の美を飾りたかったのだろうか。誰にも分からない。
技術の波に対して彼はただ恐竜だった。
F1からしばらくして、世界ラリー選手権でもシーケンシャル化やセミAT化の流れになった。そこでセナのように争っていたと思われる人間がコリン・マクレー。
彼はスバルで長いキャリアを積みました。当時のライバルは勿論三菱。三菱ランサーエボリューションは早々にシーケンシャルやセミAT技術を投入し勝利を目指した。グループA時代からです。
マクレーはWRカー規定(1997年)以降もしばらくドグミッションの6速Hパターンを使い続けた。これは彼のドライビンススタイルがHパターンに最適でシーケンシャルやセミATのメリットが少なかったという意味でもあります。
マクレーはとにかくアグレッシブなドライビングで優勝かクラッシュリタイアかみたいな両極端なドライバーで人気だった。マクラッシュというあだ名がついているほどだ。
彼はそんな豪快なドライビングとは裏腹にシフトワークは極めて正確でシフトミスをほぼしない。オンボードでシフトミスは見たことがない。
そしてスピンが多く、そのリカバリーに飛ばしシフトでシフトダウン出来るHパターンの方が理にかなっていた。
マクレーは技術の時代と戦いながらも、自らの個性を生かして戦い続けた稀有な存在と言える。
そう、彼らは別のプロセスから技術の波と戦っていた。
