三島由紀夫と2つのマネキン〜マネキンシステム第二部〜


三島由紀夫とマネキンシステム

まず申し上げておきたいのは、私は三島の文学に対しては興味がありません。
彼の痛々しいまでの母性への渇望、見ていられないなと思ったのよ。私の考える自給自足の母性の哲学で救えないか考え抜いた、IFの物語。


三島由紀夫は2体のマネキンを所有していた。
知性のマネキン、筋肉のマネキン。

偽りの仮面でみんな生きている。これはイラストとか文章とかどこでも見かける。でもこのマネキンシステムはオリジナルだよ、多分。
仮面はマネキンという他の肉体モドキが存在していない。
従来のペルソナ概念は肉体に仮面だった。マネキンは独立した肉体のような妖怪だ。

三島は筋肉と知性の2つのマネキンを捨てなければいけなかった。
マネキンだけが肥大する。それに本体は耐えられるのか。
他者からの評価でマネキンが一人歩きする。その暴走も止めないといけない。
マネキンが一人歩きとは、マネキンを本体だと認識しているファンからの虚構を受けて自発的に動き出してしまう暴走だ。本体はほったらかしなのだ。
イイねや再生数やコメント数というガソリンはマネキンのみに注がれる。
本体(肉体)は常に飢餓状態なのである。 飢餓状態の本体はマネキンから禁断のガソリンを分けてもらう。もう本体はマネキンとなる。すり替わるのだ。

三島さんが美輪明宏さんと出会っていなければ、筋肉のマネキンは存在しなかった。罪な男(女)だよ。でもね、美輪明宏さんが悪いわけじゃない。
三島さんにとって美輪明宏さんは母親であり交際相手であり『母性』の象徴だった。その人に『あら、たくさん肩パット使われているのね?」と言われたら行動するしかない。

自殺したのはマネキンの三島さんだった。
暴走したのだ。マネキンが。それを止める体力が本体に残っていなかった。
だから本体となる肉体は生き続けているのだ。
今でも三島さんはみなさんの心の中で生き続けている。それが唯一の救いであろうか。このシステムの。


死後、どれだけの知識人が考えても辿り着けなかった本当の三島の救い、そして生き続けるために何が必要だったのか。

いくら600ページの大作を書いて三島を分かったつもりの作家も、この領域には決して到達できない。それは三島自身を全く無視しているからだ。作品から本人を分析しようなど、不可能なのだ


次回は私と三島由紀夫との【IF対談】の物語を用意しています。
1970年に私がタイムスリップした設定の小説を書き上げました。自信作です。

【第三弾・IF対談】では、物語の導入を公開します。

  • 飢餓状態の本体を救う「自給自足の母性の哲学」とは何か?

  • マネキンシステムを完全に破壊し、本体を永続的に生き続けさせるための、最後の禁断のガソリンとは?


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