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⑯ 携帯電話も入らない温泉宿~幌加温泉(2025年5月)

タウシュベツ川橋梁の見学は、ツアーに参加するのが最も容易である。林道の鍵を借りて個人で訪れることもできるが、競争率が高いと聞く。また、ガイドセンターによるツアーは、早朝・午前・午後・夕方の4回実施されている。私はユースホステルの主催するツアーに参加したため、これとは別の時間帯である。

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なぜ人はここにに集まるのだろうか

今朝の目覚めはいつになく良かった。昨夜はスマホを見ることなく眠りについた。見ないようにしようと思えば案外できるものである。これからは、寝る前にはスマホを見ないようにしよう。

朝食の時間、昨日の夕食で同じテーブルだった「鉄子」さんが、早朝ツアーを終えて帰ってきた。写真を見せてもらうと、水鏡に映ったアーチ橋がまるでポスターのように美しかった。彼女は、今日の午後のツアーにも参加するという。ちなみに、クラブツーリズムの団体も訪れており、現地はかなり賑やかだったそうだ。

桜が満開だった

この話を聞いて、私の心は少し萎えはじめていた。まさか、これほど多くの人がここを訪れるとは思っていなかった。インスタなどで、絵はがきのようなきれいな写真を見て、それを撮りたくて集まってくるのだろうか。

同じテーブルに座ったもう一人の女性も、今日の午前中はガイドセンターのツアーに、午後はユースホステルのツアーに参加するという。ちなみに、彼女は昨日もここを訪れていた。いや、それどころか、何年にもわたってこの場所を訪れ続けているとのことだ。例年との比較を教えてくれた。

皆の期待とは裏腹に、冷めてゆく自分。それでも、せっかく行くのなら、きれいな写真を撮りたい。昨日、ユースのミーティングで見せてもらったその日のツアーの写真は、まるでポスターのようだった。

携帯も入らない秘湯とは


さて、ツアーまで時間があるので、ガイドセンターを訪れて電動アシスト付き自転車を借りる。これで幌加温泉まで行こう。山道を自転車で走っていると、無数のワゴン車が次々と追い越していった。ツアー客だと思われる。

自転車はネットでも予約可能

士幌線は1978年(昭和53年)、士幌から十勝三股までがバス代行となり、そのまま1987年(昭和62年)に廃線を迎えた。この約20kmの区間は、深い峠道が続き、周囲には集落もない。冬には雪が深く積もる地域であり、林業に従事する人々が去った後は、自然に還っていったのも頷ける。

この区間では、遺構の撤去が進まず、多くの橋梁が現役当時の姿のまま残っている。東鹿越の旅人は、真冬にラッセルしながら、ひとりでこの約20kmを歩いたというが、改めて凄い人だと思う。

幌加温泉は国道から林道に入る

自転車は、幌加駅跡を過ぎて林道へと入った。この道を本当に進んでよいのか、不安を抱きながら山道をぐいぐいと登っていくと、やがて廃墟のような建物が現れた。一番奥にある建物が、幌加温泉・鹿の谷である。

現役なのはこの鹿の谷だけ

「混浴」と書かれた紙が貼られている。補足情報として、水着の着用は禁止、タオルを巻いての入浴も禁止と書かれている。女性にとっては、ハードな条件だ。過去に何か事件があったらしく、スマホやカメラの持ち込みも禁止されている。おそらく、いわゆる「ワニ」が現れたのだろう。

雰囲気は本当に秘湯だった。しかし、今どき、車があればどこにだって行けるので、到達難易度はそれほど高くないが、Wi-Fiはもちろん、携帯電話も通じないというのが凄い。

入浴料は安くはないけど、
この場所で営業しているのは仕方ない

脱衣場を出ると、ナトリューム泉、鉄鋼泉、カルシウム泉と3つの浴槽があり、外に出ると石畳を歩いて露天風呂に到達した。谷の中の温泉で、かけ流しの温泉は本当に気持ちよかった。天気は晴れ、風は適度に冷たく、至極のときを過ごせた。

ここの厳しいルールには理解できる点もあるが、一般的な女性にとってはハードルが高いだろう。せめて、別浴の時間帯を設けてくれれば、もっと多くの人が楽しめるのではないだろうか。

昔は賑やかだったのかな

この温泉宿には素泊まりで宿泊することもできる。ただし、寝具持参の素泊まりで4000円。これを高いとみるか、安いとみるか……。秘湯の1軒宿であることには変わりない。携帯電話も使えない場所で、数日過ごすことは、デジタルデトックスには最適かもしれない。

のんびりしたかったが、次の予定もあるので、この宿を出た。周囲の廃墟は、かつてここに他にも温泉宿があったことを物語っている。ユースホステルもあり、1986年に士幌線代替バスに乗ったとき、幌加で下車したホステラーがいたことを覚えてる。

鹿が我が物顔で歩き回っている

廃墟の周りには、鹿の群れがいた。北海道で鹿は珍しくないが、堂々と群れを作って道路を闊歩している様子は、30年前には見られなかったように思う。しかも、奴らは人を恐れない。2023年にタウシュベツ川橋梁の展望台付近で遭遇したときには、頭を下げて突撃体勢で威嚇された。仕方なく、道を譲ったことがあった。

森の中の静かな廃駅跡は今


次は幌加駅跡に向かった。この駅は代替バス時代には、使われなくなった駅舎が森に飲み込まれるように放置されていた。しかし現在は、駅舎こそないものの、ホームや線路がきれいに整備され、森の中で、まるでメルヘンの世界のように存在している……はずだった。

第五音更川橋梁

幌加駅近くにある除雪ステーションには無数のワゴン車が止まっていた。そして、観光客の団体がこの駅にやってきていた。2023年の11月に来たときは、粉雪が舞う中、誰も現れず、幻想的な風景を独り占めできたが、まるで別の場所のようだ。

それでも、団体が去ると、少しの間だけ、静けさが戻って来た。ここでひとりの時間を過ごそうとしたが、また次の観光客がやってきた。この場所ってこんなにメジャーだったのだろうか。

多くの人が訪れていた

そろそろガイドセンターに戻ろう。残雪をかぶった大雪山をバックに、晴れた空のもと自転車を走らせるのは、本当に気持ちいい。結構な速度で山道を下り、温泉街に戻って来た。

残雪と新緑

温泉街の入口の糠平神社に立ち寄る。私は旅に出たら可能な限り神社に立ち寄り、挨拶をする。ここは誰も訪れない小さな神社だった。ちょうと桜が満開で、神秘的ななにかを感じた。

糠平神社

自転車を戻す前に糠平駅の跡に建つ、上士幌鉄道記念館に立ち寄った。士幌線の資料が多く展示されている場所で、今でも士幌線がいかに愛されているのかよくわかった。他の廃線となった路線に比べて幸せなことだと思う。

色々な記念品がいっぱい
ホームを残しておいて欲しかった

自転車を戻してユースホステルに戻った。いよいよタウシュベツ川橋梁に向かう時間になった。真っ青な空と、水鏡を期待してたが、なぜか雲がわいてきて、強い風が吹いて来た。そう、私は雨男である。

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