⑳ サラブレッドは女性よりも魅力的?~日高本線(1986年8月)
タイトルは当時の手記の中から拾った。ちなみに1986年8月17日時点の、18歳当時の考え方である。このあとで考えが変わるかも……
当時の手記を転記していて、日高本線についてどう書かれているのか気になっていたが、思ったよりも記述が少なかった。牧場と海という風光明媚な車窓で知られていた日高本線であるが、単調な旅だったようだ。もっとちゃんと書いていれば良かったと思うが、ほとんどの区間が廃線となってしまった現在、どうしようもない。

前の章
野宿なのに寝過ごし
「しまった! 寝坊した」
朝起きた時、陽はすでに登っていた。時刻は6時をまわっていた。

5時06分発の始発に乗るために、わざわざ様似駅まで来たのに……。ホームには列車が停まっている。慌ててホームへ向かうと、6時8分発の列車があった。一日に7本だけの列車本数なのに、始発から1時間後に列車があるのはラッキーだ。
しかし、これに乗っても、その日のうちに胆振線と瀬棚線に乗るという計画は成り立たない。どうしても乗り継げない。
かといって、8時32分まで待って3番列車に乗ったのでは、ヒッチハイクした意味がなくなってしまう。
一番列車の5時6分発なら、途中から急行「えりも1号」になるので、時間短縮の面でも便利だったのに……。悔しいが、どうしようもない。
サラブレッドを眺めながら
とりあえず、6時08分発の苫小牧行きに乗る。
私を乗せた鈍行列車は、キハ40を先頭に急行型のキハ56を連結した2両編成だった。私は新しく気持ちのいいキハ40に乗る。急行型の車両よりも、新車の普通列車用の車両の方が居心地がいい。
日高本線は、日高山脈のふもとの平野に敷かれた、海沿いを走る鉄道である。全長146.5キロという長さは本線らしい貫禄があるが、実態はローカル線をただ長く延ばしただけであり、いつ廃止されてもおかしくない路線である。
霧の中を走ることで知られる路線だが、今日はよく晴れている。朝日がぽかぽかして気持ちいい。
車内は満員というわけではないが、乗っている方だと思う。

沿線はサラブレッドの産地で、至るところに馬がいる。どこを見ても牧場があり、放牧された馬の姿が目に入る。ここで飼われているのは競走馬、つまりサラブレッドだ。どの馬もスマートでかっこいい。
北海道といえば農耕馬を思い出す。重心が低く、不格好な姿を思い浮かべてしまうが、この沿線には、そんな馬は一頭もいない。どの馬も、今にもたてがみをなびかせて疾走しそうな、美しく、そしてたくましい姿をしている。
ときどき列車は山の中へ入るが、ほとんどの区間で、左側には青い海が広がっている。私は山側の席に座っているが、通路越しの窓に映る、海を背景にしたサラブレッドの姿もなかなか素敵だ。

馬の美しさは、はっきり言って、並の人間の女性よりも魅力的だと思う(女性を敵に回すような表現で申し訳ない。そう書いてあるのだから……)。
競馬も、お金を稼ぐことより、サラブレッドの美しさに惹かれて人気があるのではないだろうか。

春立を出て峠を越えると、海岸には多少のガスが発生していた。しかし、ほんのわずかである。霧の中を走るというイメージとは、随分違う。
7時44分、沿線最大の町、静内に到着。
駅周辺には家々が見え、活気がある。襟裳岬へ向かう国鉄バスの中には、この静内始発もある。
様似のほうが襟裳岬に近く、しかも静内~様似間は日高本線と並走しているにもかかわらずだ。
日高本線の時刻表を見ると、列車と並行してバスが記載されている。そしてバスの方が多い。バスの方が便利なのだろうか、理由がわからないが、民間の会社と競争しているのであればわかるが、同じ国鉄である。

7時53分、新冠に到着する。サラブレッドといえば、真っ先に思い浮かぶ街である。ここがサラブレッドの生産地の中心なのだ。

新冠を出ると、ガスも晴れ、雲一つない快晴となった。左に海を眺めながら走る。沿線は比較的開けており、牧場が多いが、駅付近には家もある。
道内のローカル線にしては明るい感じだが、これは晴れているためであろう。
高原の駅という感じの富川駅に到着。この近くには、ハイセイコウ(Wikipediaによると、1970年代の日本で社会現象と呼ばれるほどの人気を集めた国民的アイドルホース)が育った牧場がある。
乗り遅れた客を待ってあげるローカル線
右側には日高山脈がそびえているはずだが、山をあまり感じられず、草原を行くような景色のまま潮見に着く。

8時55分、鵡川に到着。富内線からやってきた4936Dを連結し、9時9分に出発。ここからの景色は、富内線のときに紹介したものとほぼ同じだが、今日は右側の席なので、前回とは反対側の車窓を楽しめる。
この先、鵡川から苫小牧にかけての区間は濃霧が発生しやすく、視界が30メートルほどになり、速度も時速30㎞まで落とすことが多いらしい。列車の遅れも覚悟していたが、今日はよく晴れている。
しかし、進行方向はわずかに白くかすんでいる。さすが、霧で有名なエリアだけのことはある。
車窓には一面の大原野が広がっているが、その遥か先に苫小牧の大工業地帯がかすかに見える。妙な景色だ。前回も書いたが、この景色は私は大好きである。
原野の中にぽつんと浜田浦駅がある。一日の利用客が1人と、本に書かれている。まるで大草原の中の小さな家のようだ。列車は停まり、そして何事もなかったかのように発車した。すると、はるか向こうの草むらの中を、2人の若い男女が慌てたように走ってくる。
運転士も気づいて、列車は再び停まった。2人を待って、乗せて、何事もなかったように再出発した。
本当に、ローカル線っていいなぁ……。
原野の向こうにぼんやり見えていたコンビナートが、次第に近づいてくる。
列車は終点の苫小牧に向け、最後の疾走を見せた。

この列車の苫小牧着は9時43分だ。1分前に特急「北斗4号」が出発する。
この特急列車に乗り、長万部から瀬棚までヒッチハイクをすれば、当初の予定どおり瀬棚線と胆振線に乗ることができる。
瀬棚線が無理でも、胆振線なら乗ることができる。
特急「北斗4号」が、たった1分遅れてくれさえすればいい。
私を乗せた836Dは、定刻どおり苫小牧駅のホームに滑り込んだ。
幸運なことに、特急「北斗4号」が同じホームの向こう側に停まっている。
列車が止まる寸前、特急はドアを閉めた。
そして、こちらの列車がドアを開けると、80系独特のエンジン音を響かせて発車していった。
ダメだったか。さて、どうしようか。
予定を変更して道北に向かおう
とりあえず札幌へ向かおう。ちょうど急行「ちとせ」が来るというので、それに乗ることにした。
列車の中で今日のスケジュールを考えるつもりだ。
急行「ちとせ」は、キハ56と27による4両編成。
冷房のない、北海道の標準ともいえる老朽ディーゼルカーである。
ただ、トイレがタンク式なので、疾走する列車の窓を開けても安心なことだけが救いだろう。
そのボックスシートに座り、今日の予定を考えた。
この列車の札幌到着は11時06分。わずか4分後に発車する11時10分発の急行「天北」に接続できることに気がついた。
ひとまず道北へ行き、オホーツク沿いに東へ抜け、道東を観光してこよう。
次の章
いいなと思ったら応援しよう!
話にお付き合い頂いてありがとうございます。
いただいたチップは、旅の振興や歴史的建造物の保存のための寄付などに活用させていただきます。