⑮ 幻想的……そんな言葉では語れない〜深名線【朱鞠内から名寄】(1986年8月)
noteで、いろいろな旅人の記事を読んでいると、「羨ましいなぁ……」と思うことが多い。
でも、深名線に乗って、この車窓を感じられたことは、胸を張って言える素敵な体験だったと思う。
一言で言えば、幻想的。
けれど、そんな安易な言葉では語りたくない。
あの風景の中で感じたことは……言葉でなんて説明できない。生涯忘れないだろうなぁ……。

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朱鞠内の街
普通、終点といえば、それなりに家があったり町らしい風景があるものだが、この朱鞠内は家などほとんどなく、頼りない駅であった。
とりあえず雨がやむまで駅で過ごそう。
朱鞠内発の次の列車は16時21分までない。その間に朱鞠内湖へ行こうと思っていたのだが、この雨があがるまで無理だ……。
とりあえず昼飯だ。駅付近唯一の「何でも屋」とでも言うべき店でパンを買った。
「深名線以外の交通手段はあるのですか?」と、店番をしていた若い人に尋ねた。
「ありません」
「じゃあ、廃止されたらどうするんですか?」
「バスだろうね」
「廃止に反対しないんですか? なくなっても困りませんか?」
「なくなったら困るね」

(バス待合室になっている)
店番の人は、なくなったら困ると言っていたが、まったく切迫感がなかった。
車があるので問題ないのかと思ってしまう。
しかし、道路は雪が降ると車は走れない。
「なくなったら困るね」と言ったのは、冬のことだろう。
朱鞠内湖の湖畔でたそがれる
雨があがった。朱鞠内湖への行き方を教えてもらい、店を出る。湖に近いのは朱鞠内の隣の湖畔という乗降場だが、充分歩ける距離である。
湖畔乗降場まで歩き、線路を踏切で渡る。レールは驚くほど細く、そして凸凹している。よくこんなレールの上を、あの重たい列車が走るものだと思う。

レールの太さや重さは、列車の本数や速度によって決まるという。一日に3本、速度もせいぜい時速60キロほどの鉄道では、最も軽い規格のレールを使っているのだろう。
バラストは薄く、枕木もかなり古く、朽ちかけているものもある。レールは枕木に犬くぎで打ち付けられている。
保線員は犬くぎが浮かないよう、枕木一つにつき4本の犬くぎをツルハシで叩き続けなければならない。深名線は全長121kmもあり、その作業は大変な労力を要するのだろう。
乗降場を過ぎて湖へ向かう道路を歩く。やがてダムが見え、その向こうに湖があるのが分かる。これが、訪問を楽しみにしていた朱鞠内湖である。

「人造湖だからといって、馬鹿にしてはいけない。周囲は原生林に囲まれ、湖の周り100kmには13の島が浮かび、神秘的な雰囲気をたたえている」と、本には書いてあった。
「静かなブーム」とはいうが、深名線からここへ来たのは、一家族3人と独り旅が2人、あわせて5人だけだった。
全員、自分たち以外のことには関心がないようで、挨拶もなく、誰も口をきかない。
私もこの旅では、誰にも邪魔されず、初めて独りきりの旅を心から楽しんでいる。

もしかしたら、これから先、ずっと誰ともしゃべらないかもしれない。そんなことを考えていた。
展望台に上ってみると、車で乗りつけてくるアベック(昭和の言い方……)が多くて、なんだか面白くない。
私は、湖畔の崖の上から、石を蹴っ飛ばして、時間を潰す。遠くから観光船の案内が聞こえてくる。もう駅に戻ろう……。
16時21分発の最終列車
湖畔乗降場から深川行きに乗れば、列車で朱鞠内へ戻ることもできるが、荷物を駅に置いたままだったので心配になり、列車より早く歩いて戻ることにした。片道およそ3km、往復で6km弱。北海道では何でもない距離だ。
駅には老人たちが集まってきて、列車を待っている。私は名寄行き945Dを待つ。
先ほど私が乗ってきたキハ22は、この駅で3時間22分も休み、926Dとして深川へ戻っていく。
それはいいのだが、このあいだエンジンを止めなかった。夏は、アイドリングなど必要ないと思う。
軽油の無駄遣いである。国鉄の赤字を少しでも減らしたいのなら、こうしたところから見直すべきだろう(古いディーゼルエンジンは始動が悪いという話は、あとで聞いた)。
名寄発の944Dが16時6分に着き、16時9分発の深川行き926Dに接続する。

唯一の好接続ということで、鉄道ファンたちが大勢乗り換え、深川へ向かっていった。彼らは列車に乗るだけで、湖を見なくても満足なのだろうか……。
折り返し名寄行きの945Dは新車のキハ40で、先ほどまでのオンボロディーゼルカーと比べると車内は比較にならないほど綺麗だった。しかし、乗客はわずかで、少しの老人と、この駅で折り返すオバサンの鉄道ファン4人組だけだった。
16時21分出発。これが最終列車である。
湖畔で、あの一家と数人の乗客が乗ってくる。湖畔の次は蕗ノ台に停まる。雨煙別、白樺とともに、冬季には駅を閉鎖して冬眠する駅のひとつだ。原生林の中にぽつんとある無人駅で、周囲では山菜狩りをする人が乗降するにすぎない。
冬眠すれば、雪かきもせずに済むし、乗客がいないのだから誰も困らない。しかし、なんだか寂しい話ではないか。

白樺の原生林の中を列車が走り、やがて白樺に到着する。付近が白樺の原生林であることから、この駅名が付けられたらしいが、駅名の付け方が安易にすぎる。しかも、駅名に対して地名が不足している。
それにしても、もの凄い白樺の数だ。森の中を走っているため、日光が遮られ、車内は薄暗くなる。
このようなところに、何のために鉄道を敷いたのだろう。誰が利用するのだろう。人の気配が全く無いのだ。
言葉では説明できない感動
後部運転台を通して真後ろを見ると、まさに森のトンネルだ。ローカル線とはいえ、下り坂では速度がぐんと上がる。駅間距離も長く、まるで止まることを忘れたかのように快走する。私は窓を全開にして、風をいっぱいに浴びながら、流れ去る車窓の木々を眺めていた。

駅間距離15キロ……。内地では考えられない長さだ。快走する列車の車窓から眺める景色は、これまで見てきたどんな風景とも違っていた。西日を浴び、木々がオレンジ色に輝いている。その光の中を、列車は突っ走る。そして、流れ去る木々の向こうには、大草原が広がることもあった。
木々の間に、まるでパラパラ漫画のように垣間見える大草原や、オレンジ色に染まった朱鞠内湖のきらめきは、言葉にできない……。
「幻想的」という言葉で安易に片付けたくはない。私はまさに全身で景色を感じ、風を感じ、時を忘れ、ただ唖然と、ぽかんと見つめるしかなかった。
ここは本当に日本なのだろうか。
これは現実の光景なのだろうか。
……でも夜は通りたくない。
地図で見ても、このあたりには道路がない。そのため、この景色を見るには深名線に乗るしかない。人の姿も全くなく、広がるのは原生林だけである。一体何のために走っているのかさっぱりわからない。
しかし、この路線があるからこそ、このような感動を味わうことができるのだ。

列車が平地に降りてきて、手塩弥生付近で一瞬ぱっと視界が開け、家が数軒見えてくる。エンディングも近い。そして、西名寄に着けば、感動の旅もおしまい。家が見えてくる……。下界に降りてきたのだと感じる。
名寄駅は大きな駅で、名寄本線と宗谷本線が合流している。しかし、深名線はそのたくさんある線路の中から、草に埋もれかけた線路を選び、大きな駅の一番端、まるで差別されているかのような0番線に到着した。17時22分、最終列車の到着である。

列車が名寄駅に着いてから、私はしばらく動けなかった。余韻に浸っていたかったのだ。まるで一本の名画を見終えたかのような気分……こんな感覚は、これまでに一度も味わったことがなかった。
最終列車が夕方の4時に出て、5時過ぎに終点に着く。こんなダイヤでは誰も乗れないだろうと思ったが、そう……乗る人なんていないのだ。
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