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創戯旅団 生存の記録-SM奇譚 第13夜-羅針盤の人

ある専門サイトの社長について

最初にその人の声を聞いたとき、私はまだ地図を持っていなかった。地図というのは、道順のことではない。自分がいま、どんな海の上にいて、どの潮に押され、どの暗礁を避けねばならないのかを知るための、目には見えない図面のことである。商売を始めたばかりの頃の私は、その図面を持たないまま、見よう見まねで舵を握っていた。船のかたちはあった。燃料も、いくらかの覚悟もあった。だが、どこへ向かうべきか、その海域の流儀すらよく分かっていなかった。

電話は、そんな頃にかかってきた。いま思えば、よくある営業電話だったのだろう。業界の専門サイトの掲載案内。掲載すればこういう導線ができ、こういう客層が流れ、認知が上がり、店の色も出せる。だが当時の私は、情報サイトというものの価値すら十分に理解していなかった。掲載枠というのは、雑誌の片隅を買うようなものだと思っていたし、そこで何が変わるのか、うまく想像もつかなかった。だから私は丁寧に断った。いまは新規の掲載は考えていません、と。電話口の向こうの男は、妙に押しつけがましくはなかった。あっさり引き下がったように記憶している。それが、最初だった。

その後、一年も経たないうちに、私は自分の無知を少しだけ知ることになる。店を回していくうちに、こちらの業界にはこちらの導線があり、こちらの言葉があり、こちらの流儀があるのだと分かってきた。一般の風俗情報とは別に、もっと狭く、もっと濃く、客と店と働く女たちを結びつける専門の入口がある。私は遅ればせながら、その入口の重要さに気づき始めた。そこで、いくつかの専門サイトに連絡を取った。広告代理店の営業が来るところもあれば、版元の人間が自ら来るところもあった。その差が、思いのほか大きかった。片方は整っていた。説明もわかりやすく、資料もよくできていた。だが、どこかで、他業種にも転用できる営業の形を見せられている感じがした。もう片方は違った。そこにはその業界だけを長く見続けてきた人間の熱があった。机の上の数字だけではなく、現場の湿度を知っている人間の言葉だった。私は結局、その熱を選んだ。そのときの選択は、後から振り返っても間違っていなかったと思う。広告を選んだつもりが、気がつけば、人生の折り返しに立ってから出会うには遅すぎるくらいの恩人を選んでいたのだから。

その人は、私にとって教師というより、羅針盤に近かった。師匠と二人で店を回していた時期、私たちは派遣型の店というものに、どうにも上手く馴染めずにいた。店舗型で長くやってきた人間ほど、別の形の商売に戸惑う。成功体験があるからだ。人は失敗より成功に縛られる。こうすれば客はつく、こうすれば回る、こうすれば女は残る。そう信じてきた型が、別の業態では途端に足枷になる。私たちはまさにその最中にいて、慣れた剣を持ったまま別の競技場に立たされているようなものだった。その人は、その混乱をよく理解していた。たとえば、お店はこう見せた方がいい、と言った。たとえば、この世界の客はこういう順番で安心し、こういう言葉に反応し、こういう配置で店を覚える、と教えてくれた。表立って大仰なことを言うわけではない。むしろ口調は穏やかだった。だが、ひとつひとつの助言が、こちらの苦戦している箇所に、まるで薄刃のナイフみたいにすっと入ってくる。派手さはないのに、効いている。気づけば戦略の骨組みそのものが、その人の言葉を基にして組み替えられていた。

最初に大きかったのは、店の見せ方だった。専門サイトへの掲載だけでは終わらなかった。店の顔になるホームページを、オリジナルで整えてくれた。いまあるものを少し良くするのではなく、その店が何を名乗り、どんな空気をまとっている場所なのかを、外から分かるように作り変えてくれたのである。女の写真も、文章の配置も、色の置き方も、どれひとつとして偶然ではなかった。さらに、別ブランドの方に別系統のコースを加えるヒントを与えられ、撮影のためのカメラマンまで紹介された。店の宣材写真が増えるというのは、単に枚数が増えるだけではない。見せられる人格が増えるということだ。客はそこから店の想像をする。想像の幅が増えれば、来る理由も増える。いま思うと、あの頃、近場の同業と差別化できたのは大きかった。ほんの少し先に立てたのは、こちらが特別に頭が良かったからではなく、その人がこの狭い業界の潮目を、私たちよりもずっと前から見ていたからだろう。一般の風俗ばかりを扱う広告屋が持ってくる意見は、決して無駄ではない。だが、こちらの業界の分岐で本当に要るのは、似た店を百軒見てきた人間の感覚だ。どこで客が離れ、どこで店が色を失い、どこで女が育ち、どこで営業が空転するか。その人は、その核心に近いところで話をしてくれた。

第一期、私たちが近場の同業と競り合っていた頃、私はしばしば、背後に静かな援軍がいるような感覚を持っていた。前線に立つのはあくまでこちらだ。判断し、金を入れ、女と話し、客に頭を下げ、腹を括るのは現場の人間でしかない。だが、現場の人間は視野が狭くなる。日銭の揺れ、トラブルの火消し、内部の摩耗、そういうものに気を取られて、遠くの潮の変化が見えなくなる。そのときに、少し高い場所から海図を示してくれる人間がいるというのは、想像以上に大きい。

第二期に入っても、その関係は続いた。スマホ版の整備、別ブランドのリニューアル、パソコン版とモバイル版を切り分けた導線の設計。ひとつ店が大きく変わるたびに、その人は要所要所で手を貸してくれた。彼はよく、自分のサイトは女王様のための場所だと言っていた。別の専門サイトは別の系統に強い、と。冗談めかして言っていたが、たしかに、うちの店が次第に女王様の比率を高め、店そのものの輪郭をそちらへ寄せていったのには、あの場所の色が多少なりとも影響していたのだろう。人は、どこから客が流れ込んでくるかによって、店のかたちまで変えていく。

そうやって、店は少しずつ進化していった。だが、進化という言葉には、いつもあとから痛みがついてくる。世界が変わったのである。コロナという、誰にとっても予定外の長い夜が来た。街の空気が鈍くなり、人が移動を恐れ、店という店が、「続ける」こと自体を選択として考え直さなければならなくなった。こちらも苦しかった。苦しいという言葉では追いつかないほど、いろいろなものがじわじわと削られた。売上だけではない。店の士気も、客の習慣も、働く女の心も、みな少しずつ形を変えていった。その頃、私は精神的にもずいぶん助けられていたと思う。何か派手に慰められたわけではない。むしろ逆だ。大丈夫ですよ、と無責任に励ますのではなく、サイト運営の側も大変なのだと淡々と話してくれる。その現実味が、かえってこちらを落ち着かせた。苦しいのは自分たちだけではない。業界全体が、目に見えない波に揉まれているのだという実感は、不思議と孤独を薄める。コロナの終盤から、アフターコロナの最初の年にかけて、本厚木の周辺は妙な熱に浮かされていた。新店が次々に立ち上がった。だが、あれは活況というより、別の場所で減った売上の穴を埋めるための増殖に近かったのだろう。ひとつ立ち上がり、数か月で閉じる。別の名前が看板を掲げ、気づけば別の土地へ移っている。安さを売りにした店も、専門性を掲げた店も、結局は短い命で消えていった。三か月、二か月、半年。年末に閉じる店まであった。年の瀬に店を畳むというのは、よほどのことだ。私はそれを横目で見ながら、妙な敗北感のない勝ち残りを味わっていた。

皆が自滅していく中で、自分の店だけが残っている。それは勝利ではない。ただ、まだこちらが倒れていないというだけのことだ。しかも、そちらの判断が利口なのも分かっていた。見切って撤退するほうが、事業としては正しい場面もある。もし私がもっとドライで、もっとビジネスライクで、もっと損切りに長けた人間なら、とっくに別の仕事に移っていたかもしれない。だが私は、そういう人間ではなかった。往生際が悪い。強情だ。妙なところで優しい。いったん「これだ」と思えば、全ツッパに近いところまで行ってしまう。逃げることを戦略と理解しながら、逃げる自分をどこかで恥じてしまう。そういう古臭い気質が抜けない。たぶん、格好をつけているのだろう。最後まで戦う、という言葉の響きに酔う種類の愚かさを、私は確かに持っている。

その人は、そんな私を見て、もう十分キャストさんに尽くしたでしょう、と言ったことがある。やわらかい調子だったが、あれは半分、叱責だったのかもしれない。あるいは、肩を下ろしてもいいと言ってくれていたのかもしれない。だが、私の中ではもう、二年前には腹が決まっていた。最後まで粘って、限界が来たらそのとき離脱する。返り血を浴びる側ではなく、自分が失血していく側になることも、ある程度は覚悟していた。商売というのは、そこまで思いつめてやるものではないのかもしれない。もっと賢く、もっと軽やかに、潮目を見て去ればいいのだろう。だが、そうできない人間もいる。できないからこそ、まだここにいる。

第三期に入ってから、私は一度、大きく店を切り直すことを決めた。指名を取れない者とは距離を置き、進化するための前準備を、目立たないところで少しずつやり直し始めた。派手な再出発ではない。むしろ、壊れた骨を見えないところで繋ぎ直すような地味な作業だった。戦略を練り、配置を考え、いらないものを減らし、足りないものを探す。表から見れば何も起こっていないようでも、中でしかできない準備がある。その最中に、私は入院することになった。病院という場所は、商売人から時間を奪う代わりに、考えることだけは許してくる。白い天井、決められた時刻、消灯の静けさ。店にいれば次から次へと目の前のことに追われるが、病室では逆に、まだ起きていない未来のことばかり考えるようになる。退院したら、どこでギアを上げるか。どの順番で人を増やすか。何を捨て、何を押し出すか。秘策と呼べるほどのものではない。せいぜい十個考えて、一つ当たれば御の字だろう。だが、人は切羽詰まると、策を練ることでしか自分を保てないことがある。

そんな時期にも、その人とは連絡を取り合っていた。サイト運営もまた大変だと聞く。紙の時代と違い、いまは客も店も、働く女たちも、発信の仕方を変えてしまった。誰もが自分で声を持ち、誰もが小さな看板を立てられる。そういう時代に専門サイトを続けるのは、たぶん昔よりも骨の折れる仕事だろう。それでもなお、その場所が求められていることを、私は知っている。読者にとっても、店にとっても、働く側にとっても、そういう専門の場は、ただの入口ではない。業界が業界であるための記憶装置のようなものだ。

私は退院を待っている。待ちながら、次の準備をしている。回復は順調だ。少なくとも、まだ秘策などという子どもじみた言葉を口にできるくらいには、体も心も戻ってきている。退院したら、もう一度ギアを上げるつもりでいる。キャストも増やせるだけ増やしたい。店のあり方そのものを、今までとは少し違うものに組み替えたい。そこまで進んだとき、またその人のサイトに戻る流れになるだろう。掲載を復活させる、という事務的な表現の裏には、もっと個人的な感情がある。戦列に戻ることを、あの人にきちんと見せたいのである。まだ終わっていない、と。まだこちらは海から上がっていない、と。

師匠とは違う。友人とも少し違う。取引先という言葉は、もっと違う。こういう人を何と呼べばいいのか、私はときどき迷う。恩人、という言葉がいちばん近いのかもしれない。だが恩人というのは、どこか人生の後ろ側から振り返って使う響きがある。まだ道半ばにいるこちらとしては、少し早い気もする。けれど少なくとも、その人がいなければ、厚木エレガンスという店の歩き方は、今とはかなり違っていただろう。店だけではない。私自身の、踏みとどまり方や、負け方の選び方まで、多少は影響を受けている気がする。人は、助けられたことを、たいてい数字や成果で数えたがる。何件客が増えた、どれだけ売上が伸びた、どの局面でどんな利益があった。もちろん、それも事実だ。だが、本当に大きい助けというのは、もっと曖昧な場所に残る。迷ったときに思い出す一言。倒れかけたときに、自分の判断を完全には見失わずに済んだこと。間違えながらでも、まだ前へ行けるとどこかで思えたこと。そういうものが、あとになって一番深く効いてくる。

夜、病室の窓から外を見ることがある。街の明かりは遠く、どの店がまだ開いていて、どの看板が消えてしまったのか、ここからでは分からない。ただ、暗い空の下にもまだそれぞれの営業があり、それぞれの諦めと執着があり、それぞれの分岐が進行しているのだろうと思う。店を続けることは、しばしば敗北に似ている。格好よく勝つことより、みっともなく残ることのほうが多い。けれど、そのみっともなさの中にしか見えない景色もある。あのとき、営業電話を断った私には、それが分からなかった。電話口の向こうの男が、単なる営業ではなく、この先の海図を少しだけ見せてくれる人だとは知りようもなかった。

人との出会いは、たいていその瞬間には意味を持たない。意味はあとから来る。あとから来て、あの分岐だったのかと知る。もし、あのとき別のサイトを選んでいたら。もし、その人の熱量より、営業資料の整い方を選んでいたら。もし、専門の海を知らないまま、店舗型の成功体験だけを武器に戦い続けていたら。厚木エレガンスは、もっと早く、別のかたちで終わっていたかもしれない。私はいまでも、その人に対して「頑張ってください」と言うのが少し気恥ずかしい。自分自身が病院のベッドにいて、戦列から一時的に外れている身で、何を偉そうにと思うからだ。だが、それでも思う。どうか身体をいたわりながら、これからも続けてほしい、と。求められている場所というのは、消えたあとでしかその重さが分からない。そういう場所が、まだここにあるうちに、こちらももう一度立ち上がらなければならない。退院したら、また忙しくなるだろう。新しい女が来て、古い問題がぶり返し、予想の外から面倒事が降ってくる。秘策の九つは外れ、一つが当たるかどうかも分からない。それでも私は、もう一度やるつもりでいる。たぶん、その愚かさまで含めて、これが私の生き方なのだ。

最初にその人の声を聞いたとき、私は地図を持っていなかった。いまも、完璧な海図を手に入れたわけではない。潮は変わるし、船は傷むし、乗っている人間も年を取る。だが少なくとも、どちらの方角に灯があるかだけは、以前より分かるようになった。それで十分なのかもしれない。商売も人生も、結局は、真昼の正しさより、夜の灯りのほうが役に立つことが多いのだから。私が戦列に戻るとき、その灯りがまだ向こうに点いていることを願っている。そして、そのときはまた、昔のように、あるいは昔とは少し違うかたちで、よろしくお願いしますと頭を下げるのだろう。あのとき断った一本の営業電話が、こんなに長い航海の目印になるとは、当時の私は、まるで知らなかったのである。


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