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創戯旅団 生存の記録-SM奇譚 第9夜-砂利道の先で、店長は待っていた

人がブログを待つのには、いくつかの理由がある。暇つぶしで読む者もいる。下世話な話を期待している者もいる。昔を知っているからこそ、次に何が書かれるのか気になって仕方のない者もいる。きっと「キタキタ~!」と思ってこの回を開いた人たちは、かなりの常連か、私と同じ時期を店で過ごした女の子たちか、あるいは私のだらしない人生のどこかで隣に寝てくれた人たちなのだろう。そういう顔ぶれを頭に浮かべると、文章というのは不思議なもので、急に独り言ではなくなる。

ただ、今回の話は、人間の話であるようでいて、人間の話ではない。み~店長の話だ。み~店長といっても、もちろん本当に店長をしていたわけではない。うちの店で飼っていた猫である。けれど、あとから振り返ると、あの猫は、私よりずっと店というものを分かっていたのではないかと思う。人の機嫌の変化、疲れている者の沈黙、輪に入れないまま部屋の隅で息をひそめている者の体温、そういうものを、あの猫は、たぶん誰より先に嗅ぎ取っていた。

み~が現れたのは、第一期の終わり頃だったと思う。ギャルズスタイルの裏口である。店の裏は、表通りの薄汚れた賑わいが、急に呼吸をやめたような場所だった。舗装されていない砂利道が一本、建物の背中を縫うようにのびていて、車一台がやっと通れる程度の細さしかない。そこには、街の表側の時間からこぼれ落ちたものばかりが残っていた。傾いた掘っ立て小屋、二階建ての古いアパート、草に呑まれかけた小広場、昼間から薄暗い廃屋、継ぎ足し継ぎ足しでどうにか形だけ保っている妙な建物。どれもが古く、しかも古さに品がない。忘れられたものだけが、忘れられたまま固まっているような一角だった。

こちら側の建物だって大差はなかった。老舗のお茶屋、作業着屋、何に使っているのか分からない空きスペース、時計と眼鏡の店、仏具屋、ギャルズスタイル、生活の匂いだけはある正体不明の区画、とうに閉まった印刷屋、同じく閉まったスポーツ用品店。三階建てのつぎはぎの商店街は、厚木共同ビルという大げさな名前を持ちながら、実際には息も絶え絶えの昭和の残骸だった。相模大橋を渡ってひとつ目の信号のあたりから見える、飯山温泉何キロ、七沢温泉何キロ、と側面に書かれたあの古いビルだ、と言えば、地元の人にはすぐ通じるかもしれない。表から見ればただの古びた建物なのに、裏へ回ると、そこだけ時間が四十年遅れていた。

み~は、そんな裏口にいた。野良猫だった。けれど野良猫にありがちな猜疑心や怯えが薄く、むしろ生まれつき人と一緒にいたような顔をしていた。毛並みはそれなりに汚れていても、目だけは妙に澄んでいて、人が近づくと逃げるより先に「何?」という顔をする。ギャルズスタイルの皆が餌をやり、可愛がっていたから、すでに名前もついていた。み~。その響きは、仔猫が鳴いた声をそのまま人間の言葉にしたようで、名前というより、気配の愛称だった。

当時、ギャルズスタイルは別の店長が回していて、うちのエレガンスとは直接の関わりはなかった。だが事務所は真上にあり、同じ裏口を使って出入りしていたから、自然とみ~とも顔を合わせるようになった。最初はただ、そこにいる猫だった。けれど数日もすると、こちらの靴音を覚え、階段の音を覚え、誰がどのくらいの時間に出ていって、どのくらいの疲れを引きずって戻ってくるのかまで、知っているような動きを見せ始めた。

み~は、見送りをする猫だった。私たちが裏口から出て、砂利道を歩いていくと、するりと後ろについてきて、道の端まで一緒に来た。そこで立ち止まり、こちらが角を曲がるまで見ていた。帰ってくると、仏具屋の室外機の上や、暗い隙間のどこかで丸くなって待っていて、姿を見つけるやいなや飛び降り、また足もとへ寄ってきた。それから、まるでこちらを先導するみたいに、あるいは遅いじゃないかと叱るみたいに、砂利道を一緒に戻っていった。夜の商売をしていると、行きも帰りも、どこかで人間は消耗している。帰り道に待っているものがある、というだけで、その日の終わりの重さが少し変わる。あの猫は、そのことを本能で知っていたのかもしれない。

不思議な夜が一度あった。夜更けに車で出る用があり、裏口から出て砂利道を抜けようとした時のことだ。み~が珍しく、昼間のように見送りに来た。夜にここまでついてくるのは珍しいなと思っていると、道の端まで来たところで、み~は急に舗装された車道を横切り、無人の小さな神社へ走っていった。神社の脇にあるご神木へ、するすると登っていく。その細い体が闇の中へ吸い込まれていくのを見ていると、猫というより、何か別の小さな霊が木の中へ還っていくようにも見えた。やがて高い枝のあたりで止まり、隣の駐車場から出ていく私の車を見下ろしていた。あの時、妙な胸騒ぎがした。こいつは、私が車で出ることを知っていたのか。いつ、どこで、それを見ていたのだろう。そう考えた瞬間、急にかわいくて仕方がなくなった。猫に向かって「もうお前はうちの娘になれ」と思ってしまうのは、人間の勝手な感傷だが、それでもあの夜、たしかにそう思った。

けれど、その頃のみ~はまだ、ギャルズスタイルの皆に可愛がられている猫だった。私たちだけのものではなかった。だから私は、余計な手を伸ばすまいと思った。愛情というのは、ときどき所有欲に姿を変える。可愛いから近くに置きたい、寒そうだから中へ入れたい、こっちへ来てほしい。それを全部やってしまったら、あの猫の自由まで奪うことになる気がした。

転機は唐突だった。第二期に入って一年ほど経った頃、店の功労者でもあるKさんが、み~を抱いて事務所へ入ってきた。「連れて来ちゃったよ」その一言と一緒に、冬の外気が少し、部屋の中へ流れ込んだ。み~はKさんの腕の中で少しも暴れず、むしろ得意そうな顔をしていた。床へ下ろすと、まず部屋をひとまわりして匂いを確かめ、それから一番人の集まる場所へ来て、当たり前みたいに腰を落ち着けた。ああ、こいつは最初からここへ入るつもりだったのかもしれない、と、その時思った。

その日、み~は事務所の中で嬉しそうにくつろいでいた。誰かの膝に頭を擦りつけ、また別の誰かの足もとへ行き、眠くなれば部屋の真ん中で堂々と丸くなる。冬の朝、店先で寒さに震えている姿や、雨の日に濡れた背中を小さくしている姿を何度も見てきた私には、その光景が妙に眩しかった。もう外にいなくていい。そう思った。
ギャルズスタイルの皆が寂しがるだろうから、最初のうちは昼間だけ遊びに行かせた。朝になると、み~は私を起こしに来た。肉球のついた前足で布団のあたりを探り、時には顔の近くで声を出した。遊びに行きたいのだ。腹が減れば、私が外から戻るタイミングを見計らって一緒についてきたし、そうでない時でも自力でドアの前まで戻ってきて、大きな声で開けろと訴えた。猫というより、妙に要領のいい同居人だった。

やがて、外へ出すと寿命が縮むと教えられ、み~は完全な家猫になった。それからの事務所には、ひとつ柔らかな核ができた。朝は私のそばでぐうたらと寝ている。仕事が始まる気配を察すると、伸びをして起き、まず玲子さんやKさんの出勤を迎えに行く。輪に入りそびれている女の子がいれば、その足もとへ寄っていく。誰かがソファで眠っていれば、その隣で当たり前のように丸くなる。皆が話している時には、ちょうど真ん中あたりで幸福そうに目を閉じる。部屋の空気の偏りを、あの猫はよく知っていた。人間が二つに割れそうになっている時、妙に静かな人がいる時、疲労が表に出ずに沈んでいる時、み~はそこへ行った。私は半ば冗談で言った。「み~、お前が店長な」皆が笑った。だが笑いながら、誰も完全には否定していなかった。あの猫には、人間よりも人間の面倒を見るところがあった。

そうして、み~は「み~店長」になった。昔はピンサロの呼び込みをしていたようなものだし、その後はSMクラブの店長になったのだから、猫としてはずいぶん出世したものである。私たちはそんなことを言って笑っていた。笑いながら、自分たちの疲れを、あの猫の毛の柔らかさに少しずつ預けていた。

だが、幸せなものには、たいてい終わりの予兆がある。それは最初、ほんの小さな違和感だった。猫好きのAさんが、ある日、み~の顔が変だと言って連れてきた。最初、私はそんなことないでしょうと受け流した。猫の顔は日によって見え方が変わるし、寝起きとそうでない時とで印象だって違う。けれど、よく見るとたしかに左右の輪郭が違っていた。頬から鼻にかけての線が、片側だけ崩れている。光の加減では済まない膨らみがあった。胸の中に、ひやりとしたものが走った。嫌な予感は、言葉になる前から身体が知る。私はすぐに本厚木の動物病院へ連れていった。

診察室の白い光の下で、み~は怒っていた。なぜこんなところへ連れてきたのだと、目を細くし、身体を強ばらせていた。医者は患部を見て、ほとんど迷わずに言った。十中八九、癌でしょう。紹介状を書くので、藤沢の大学病院でCTを撮ってください。その瞬間、部屋の白さが少し濁って見えた。十中八九。その曖昧なのに逃げ場のない言い方が、かえって残酷だった。

大学病院の予約は二週間後だった。その二週間のあいだに、み~の顔は少しずつ変わっていった。腫れはわずかに大きくなり、目の位置までずれているように見えた日もある。けれど本人は、そんなものに負けるかという顔で、相変わらず皆のそばへ行き、眠り、甘え、時には私の足に身体を押しつけてきた。その温かさに触れるたび、私は妙な罪悪感に襲われた。身体の中で何かが進行しているのに、こちらは何も止められない。人間でも動物でも、それがいちばんつらい。苦しみを引き受けてやれないまま、そばにいることしかできない。

大学病院へ行った日は、朝八時から夜七時過ぎまで丸一日かかった。待合室には、同じように不安を抱えた人間たちが座っていた。キャリーケースの中から聞こえる犬や猫の声は、人間の病院にはない種類の痛ましさを持っている。理由も分からないまま連れてこられ、知らない匂いと知らない手に囲まれ、それでも生きものとして耐えている。み~は怒っていた。どこに連れて行く気よ、とでも言いたげに、時折強い声で鳴いた。その声を聞くたび、私は心のどこかで謝っていた。だが謝っても、結果は変わらない。

診断は最悪だった。悪性の癌細胞が鼻の横で急激に増殖し、鼻の骨を溶かし、眼球も裏側から押されていた。放射線治療で小さくなる可能性はあるが、み~の場合、効果が出るかどうかは分からない。鼻の骨がすでにないので、たとえ腫瘍が縮んでも状況が良くなるとは限らず、その過程で体力がもつかも不明。説明を聞いているあいだ、私は何度もうなずいた。うなずくしかなかった。理解したかったのではなく、聞いていますという形だけでも保っていないと、その場で何かが崩れそうだった。

病院を出た時には、もう外は夜だった。冬の空気は乾いていて、駐車場の灯りだけがやけに白かった。み~は疲れたのか、帰りの車では静かだった。あの小さな身体のどこに、こんな理不尽を引き受ける場所があるのだろうと思った。その頃、お店もまた、別の癌に侵されているような状態だった。内部は軋み、先行きは悪く、私自身の糖尿病の具合も思わしくない。右へ舵を切っても左へ切っても、どちらも地獄へ続いているような時期というのが、人間にはある。猫の具合が悪く、店も苦しく、自分の身体までまともではない。三重苦という言葉は軽く聞こえるが、実際にその只中にいると、息の仕方まで分からなくなる。

それでも、やれることはやるしかなかった。み~には飲み薬と目薬が出た。どちらも嫌がった。抱えれば暴れ、口を開けさせれば全身で拒み、目薬を差そうとすれば顔を振った。私は毎回、切なくなった。嫌だと抵抗する力があることが、まだ生きたいという意志のように見えたからだ。徐々に体力は落ちていき、やがて両目もほとんど見えない様子になった。私は年内にも別れが来るかもしれないと覚悟していた。だが、み~はしぶとかった。あの猫は、最後の最後まで、自分で生きる時間を決めるつもりだったのだと思う。

年が明けた。Kさんの初出勤は、一月四日頃だったはずだ。その日のみ~は、前日まで私の足もとで静かにしていたのとは違い、ファンヒーターの前で両手両足を投げ出していた。身体の芯から熱が抜けていくような姿だった。呼吸は浅く、心臓の鼓動も、もう風前の灯火に近かった。私は見て見ぬふりをするように、けれど視線だけは何度も向けた。認めてしまえば、その瞬間から本当に終わりが始まる気がした。

Kさんが来て、優しく撫でながら「み~、頑張って」と言った。その声に、み~はかすかに反応した。やっと来てくれたか、と安心したようにも見えた。昼の二時過ぎだったと思う。Kさんが、ねえ、み~死んじゃったよ、と少し冗談めかして言った。すると、み~は上半身だけをむくりと起こし、そんな勝手に殺さんといて、という顔をした。皆、少しだけ笑った。笑えてしまったことが、余計につらかった。まだこんなふうに返せるのか。まだここにいるのか。そう思った三十分後には、死後硬直が始まっていた。命というものは、本当に、ほんの僅かな隙間でこちら側から向こう側へ移ってしまう。

Kさんがタオルを敷き、段ボールを棺にしてくれた。私は花を買いに走った。戻ると、部屋の空気は昼間の仕事場のものではなくなっていた。そこにいたのは、猫好きのKさんと、花と、段ボールの中の小さな身体と、どうしていいか分からない人間たちの沈黙だった。Kさんは、その日の出勤中ずっと棺のそばにいた。何度も猫を見送ってきた人特有の、変に取り乱さない静けさがあった。私はその夜、棺の横で寝た。夢にみ~が出てこないだろうかと思った。だが、その夜にかぎって夢は来なかった。ただ、少し前に見た夢のことは忘れられない。み~が私に、今までありがとう、と言う夢だった。ありがとう、と言われた瞬間に目が覚め、見ると、み~は私の横ですやすや眠っていた。願望が夢になったのだと思った。だが、いまでは、あれはあの猫なりの挨拶だったのかもしれないと思っている。

翌日、み~は七沢のペット霊園で火葬された。白い煙が上がっていくのを見ながら、私は泣くというより、ひとつの季節が完全に終わったのだと感じていた。野良として二年、家猫として六年、合わせて八年。短いようでいて、あの猫にはずいぶん濃い時間だったと思う。小さな位牌を作り、いまは私の両親の位牌の横に置いてある。家族ではない、と言い切るには近すぎた。家族だ、と言い切るには、猫は最後まで人間の外側にも属していた。その曖昧さが、かえって本物の情だった気がする。

不思議なことに、いま私は七沢の病院でリハビリをしている。片足を失い、体重も八十八キロから五十三キロまで落ちた。鏡に映る自分は、昔の自分とはまるで別人だ。けれど私は、最近では部活にでも参加しているような気分でリハビリをしている。あまり深刻ぶっても仕方がないところまで行くと、人間は妙に前向きになるらしい。み~が寂しがりだったから、近くで頑張れと呼んだのかな、と思う時がある。そう考えると少し可笑しい。そして少しだけ、救われる。

猫が一匹死んだだけだ、と言う人もいるだろう。その通りだ。世の中にはもっと大きな喪失がいくらでもある。けれど人生というものは、そういう「だけ」でできている。仕事終わりに待っていてくれたこと。砂利道の端まで見送ってくれたこと。誰かが輪から外れていると、そっとその隣へ行ったこと。寒い朝に、布団のそばへ起こしに来たこと。そういう小さな反復が、気づかないうちに日々の骨組みになっていた。骨組みは、失われて初めて見える。

いまでも裏口へ出るたび、私は一瞬だけ、あの砂利道の先を見る。仏具屋の室外機の上。神社の木の枝。暗い路地の角。どこにも、み~はいない。それでも視線だけが先に探してしまう。迎えに来てくれるものがいた場所は、身体のほうが覚えているのだ。

み~店長。ずいぶんな肩書きである。だが、あの猫には似合っていた。人間が忘れかけたものを、猫の形で思い出させる存在というのが、たしかにいる。待つこと。寄り添うこと。空気を読むこと。誰かが戻ってくると信じていること。その全部を、あの猫は、人間より自然にやっていた。

野良として二年。家猫として六年。合わせて八年。ありがとう、と最後に言うべきなのは本当はこちらのほうなのに、私はいまだに、あの夢の中で先に礼を言われた感覚から抜けられない。だから今でも、心のどこかで、あの猫をそう呼ぶ。店長、と。

そして時々、疲れて帰る夜のどこかで思う。もし人生に裏口というものがあるなら、きっとそこは表より少し古くて、少し寒くて、砂利が鳴って、神社の木が黒く立っていて、その先に、小さな影が待っているのだろう。遅かったじゃないか、とも言わず、ただこちらを見上げる。そのまなざしの柔らかさに、人は救われる。あの猫はもういない。けれど、待っていてくれるものが一度でもいた人生は、完全には荒れ果てない。私はそう信じている。


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